降誕祭 in イーステリア領内コボルトの森
クリスマス用のショートストーリーです(*º▿º*)
丁度、人の皮を被った銀毛の狼犬人や子狐姿の妹、その悪友たる黒髪の大男に擬態した幼馴染が東方からの復路で船酔いしていた頃、イーステリアの森林では不測の事態が起こっていた。
まだ秋も半ばであるのに辺り一面は雪景色、ぶるりと蒼い毛並みの巨躯を震わせ、犬人族の斧使いアックスが白い吐息を零す。
「ワゥ~、クァルゥ、ヴァルアゥ? (あぅ~、寒いよぅ、帰っていい?)」
「あうぉおん、ぐおる うぁあおおぅ (ダメですよ、降誕祭に支障が出ます)」
いつもの如く隣に寄り添いながら、きゅっと拳を握り締めた巫女リスティが言及したのは森人族の祭祀であり、当然の帰結として聖堂教会が定めているものとは趣が異なる。
祝う対象は神に遣わされた人間の救世主では無く、小麦肌を持つ黒曜の種族や、青白い肌を持つ青銅の種族などエルフ全ての神祖だ。
原初の存在こと森の女神アーティは豊穣を司るため、降誕を讃える日が一般的な収穫祭と被るのは必然なのだろう。
去年の同時期に親睦を深める目的もあり、件の祭祀へ協力したコボルトたちは “美味しい物を食べられる” と憶えていたので、今年も積極的に手伝っていたりする。
ともあれ、森人族の立場だと世界樹の前で感謝を捧げ、集めてきた自然の恵みを頂く神聖な儀式なのだが…… 季節柄も無く、北の山脈から降りてきた魔獣スノーブリンクの大群により、局地的な寒冷化が集落を含む一帯で生じていた。
「ウォオウゥ ヴィルオァウゥ、グァルヴォオン
(いるだけで雪を降らせるとか、迷惑な奴らだぜ)」
優れた嗅覚に傾注して、氷結属性の半精霊だという獲物を探っていた長身痩躯のブレイザーが愚痴れば、彼を師と仰ぐ二歳世代の若手コボルトらも頷いて同調する。
「ワファウ グァアルオアァン!(さっさと狩っちゃいましょう!)」
「ヴォオクァウ… ジュルリ (今夜の御馳走… じゅるり)」
やや緊張感に欠けた一匹がいるものの、標的の真白い魔獣はアナグマほどの体格に過ぎず、銀狼犬を頂点とした人族の基準で脅威度Aに相当する群れの敵ではない。
それもあって、普段は集落に引き籠っている垂れ耳の犬族も駆り出されていた。
「ウゥ~、ファウアゥ ガウルァン (うぅ~、早く帰って竈作りたい)」
「グルゥ クゥオオアウゥ (僕は鉄鍋頼まれてるよぅ)」
「グルォ、ヴォルグァガウル ウォフアォオウゥ……
(お前ら、大神の眷属たる誇りを失いかけてんな……)」
呆れたナックルが大袈裟な溜息を零せば、“がぅがぅ” と不満を漏らしていたスミスたちも日頃から慕っているアックスの下へ集う。
どうやら長身痩躯と蒼色巨躯の二匹が陣頭に立って仲間を率い、それぞれにスノーブリンクの群れを強襲するつもりらしい。
「わぅ、がぅうおぉん (では、参りましょう)」
「くぅ、ぐぁおあん…… (ん、狩りの時間……)」
音頭を取る巫女の掛け声に応じて、身の丈ほどあるエルフィンボウを担いだ黒曜の狩人セリカがぼそりと呟き、一歩を踏み出したブレイザーの背中に続く。
以後、半日掛けて本能の赴くままにコボルトらは白い魔獣を追い廻し、鼻っ柱などに反撃の氷弾を喰らって赤くしながらも駆逐していった。
その際に数十匹が南側に逃げたので、猫人達のルクア村が冷え込むかもしれないが…… まぁ、優男の戦士頭や鍛冶屋の息子が何とかすると思っておこう。
こうして運動不足な垂れ耳たちや、蜜蜂の巣に気を取られたアックスが不名誉な負傷をした騒動も過ぎ去り、やがて集落では今年の降誕祭が執り行われる。
「ガウゥ、グルァ ウォファアオゥ… (結局、御頭は間に合わなかったな…)」
「ワウアァン、クォオァ クルァウゥ (残念だねぇ、料理とか美味しいのに)」
赤茶色と蒼色の体毛を淡い燐光に照らされた二匹や集落の皆が見詰める先、群長の銀狼犬が植えた世界樹は豊かな土地柄も相まって、かなりの大きさになっていた。
周囲の空間には地脈より供給される “星の生命力” を転用した光属性の結界が張られており、外部からは目視できなくなっている。
もう少し成長すれば、小規模な迷いの森も形成できるという若木の傍に派遣組のエルフたちが跪き、巫女リスティが謳う祭入の聖歌に聞き入っていた。
“聖なるかな、聖なるかな、慈悲深き森の女神”
“御身の眷族たる我ら、悠久の時を歩みて生命を育みましょう”
“願わくは森に棲まう種族が飢えぬよう、豊穣なる恵みを……”
訥々と紡がれる言霊に世界樹が呼応して、枝葉に纏わせた碧い燐光を明滅させる神聖な雰囲気に呑まれたのか、エルフ語など全然分からない犬人たちも押し黙る。
ただ、殊勝な態度も聖体拝領の名を借りた晩餐に至れば何処へやら、いそいそと焚火が起こされて、下拵えを済ませていた料理の仕上げが賑やかに進められた。
「わぅうるぉ くぁるふぉおう (アックス殿、お借りしますね)」
「ガゥッ、ウォアオォン (はッ、好きにしやがれ)」
「ウ~、クオァヴォアゥ? (え~、扱いが酷くない?)」
素っ気ない長身瘦躯の相棒にジト目を向けたまま、ひと仕事を終えたリスティに捕縛された蒼色巨躯のコボルトが引っ張られていく。
向かう場所にはこじんまりとした石組みの炉があり、敷かれた鉄板の上に白くて丸い物が並んでいた。
「くぁ、うるおぉうがぅふ、くぁう ぐるぅがおん
(昨日、一緒に取った原茸、程よく焼けていますよ)」
「ワゥ、ワフルァン (あ、何か良い感じ)」
さっきの渋っていた様子からくるりと掌を返し、世界樹の巫女と二人で炉端へ座れば、横合いから透かさずモフモフな右腕が抱え込まれる。
利き腕を押さえられたアックスは困り顔になるも、その表情を堪能した彼女は柔らかく微笑んだ。
「わふっ、くるぅ うぁるおあぅ (ふふっ、私が取り分けますね)」
短い言葉で相手の動きを牽制し、木製のトングで良い香りのする原茸、つまりはマッシュルームを挟んで木皿の上に乗せる。
綺麗に芯を抜いて裏返された半球形のかさ部分には、蒔かれた岩塩の効果で旨みを含んだ水分が染み出しており、あたかも逆さまの原茸を器にしてスープが注がれているようだ。
「きゅあおうぅ、うぉるくああおぉ (熱いですから、気を付けてください)」
「クゥ、ワォアウ…… キュア~ン♪ (ん、ありがと…… うま~♪)」
幾度かリスティが息を吹きかけ、小皿の上で程良く冷まされた逸品を咀嚼し、満面の笑顔となったアックスが舌鼓を打つ。
惜しむらくは食いしん坊であるため、何を喰っても大概は美味いと評する事であろうか…… などと、身も蓋も無いことをブレイザーは考え、恐らく収穫祭の最中であろうヴィエル村のマリルが以前に差し入れてくれた麦酒を煽る。
何故か亜麻髪の乙女に好んで化ける狐娘を思い出していたら、串焼きなど持参したセリカが隣に腰を落とした。
「…… がぅおう? (…… 食べる?)」
「ワフ、ガウゥ (あぁ、頂こう)」
徐に手渡された焼鳥は地を這う犬人だと滅多に食べられない御馳走だが、饒舌と言えない性格の彼は黙々と齧り付くのみで反応が薄い。
それが喧噪より避難してきたセリカには心地よく、コボルトらの輪に混じる同輩たちを眺めながら、自然と頬を緩めていく。
物静かな彼女とて、皆が楽しそうだと嬉しいのだろう。
(少なからず共感できるし、俺も同じ部類か)
多分、似たような表情を晒している筈だと気付いたブレイザーが苦笑し、こんな時だからこそと警戒心を強めて、鞘に納めた黒塗りの長剣を撫でる。
転ばぬ先の何とやらで数匹の見張りは立てていたのだが、それも杞憂に終わり…… 途中、興の乗った若いコボルトらが遠吠えを始めて大合唱になったりしつつ、イーステリアの聖夜は騒がしくも深まっていった。
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