夏の夜の夢
今回の副題はシェイクスピアの作品からお借りしました。
戦争の勝敗自体は協定にて流れたものの、より良い条件で長期間の相互不可侵を結んだアルメディア王国軍の雰囲気は良好で、誰もが意気揚々と国境を越えていく。
そうして王都エディルに二日程の距離まで至った夜、虎視眈々と機会を狙っていたハーディ家の御令嬢が動いた。
聖月の断食を控え、酒保の残りなども放出された夕餉の席にて俺が胡乱な視線を投げる先、“邪魔してくれるなよ” と見返してきたアイシャは態とらしくよろけて、筋骨隆々な大男姿の狼犬人にしな垂れる。
「んぅ、少し飲み過ぎたみたいだ」
「…… 既に縄張りの内側とは謂え、気が弛んでいやがるな」
軽装鎧を除した戦闘用ドレス姿の相手にバスターは溜息して、露骨に押し当てられた布越しの胸肌を意識しまいと瞑想した。
しかし、最早猶予の無い彼女が退くかと言えば然にあらず、つれない態度の大男に臆する事無く、その可憐な唇を耳元へ寄せる。
「ふふっ、多少は隙のある方が可愛いだろう。 酒のせいで真っ直ぐ歩けなさそうだ、大天幕まで連れて行ってくれないか?」
「はぁっ…… 少し席を外すぞ、大将」
「あぁ、送られ狼に気を付けろよ」
腕黒巨躯の幼馴染は怪訝な表情を見せてから、長身の騎士令嬢に肩を貸して立ち上がり、寄り添ってザトラス領軍野営地の中心にある彼女の座所へ向かう。
「くうぉるぅ、くぉん? (良かったの、兄ちゃん?)」
「ぐるぉおおぁおぉ、うぉぁる…… (奴が決めることだ、それより……)」
「ワフィ クルゥアオ… クァルォオァアアウゥ、グルァアオォン
(何で私を見るの… 好意には気付いているけど、ボスに同意ね)」
しれっと言ってのけた大型犬姿の聖槍使いだが、言葉の途中で先端部だけ白い尻尾を不機嫌そうに跳ねさせた。
余計な指摘は藪蛇だと配慮するも、空気など読まない村娘(偽)に扮した妹狐が口を挟もうとしたので、透かさず口腔に干し肉の塊を突っ込む。
「うぅ、わふぃ!? (うぅ、何故に!?)」
「うるあぁ、うぉるあぁう (取り敢えず、それ喰っとけ)」
小声で “がぅがぅ” と言葉を交わしていた三匹の間に沈黙が降りた時点で、周囲の領兵達も憶測で物を言うのは止めており、二人が消えていった大天幕へ生暖かい視線を向けていた。
一方、外野の騒ぎなど露知らず、年若い御令嬢の寝床まで帯同したバスターはと言えば…… 寝具の傍まで歩み寄った瞬間、問答無用で不意討ちされていたりする。
何気なく踏み出した右足が差し込まれたアイシャの左足に阻害され、片足立ちとなった状態のまま軽装鎧の首前部分を右手で掴まれた上、力任せに手前側へと引き倒された。
「うおぉッ!?」
ぐらりと巨躯をふらつかせた大男が堪え切れずに半回転して、背中から簡素な組立式ベッドへと埋もれてしまう。
さらに状況を把握する暇も与えられず、柔らかくて暖かなものに圧し掛かられた。
「くくっ、ついに一本取ったぞ」
「毛ほども酔って無いじゃねぇか」
「そう言ってくれるな、連戦連敗は性に合わない。んっ……」
「むぅ、うぅ?」
金糸の髪を垂らして上から覗き込んでいた御令嬢が微笑み、憮然としていたバスターの唇を奪う。
犬人族の感覚だと四つ肢の仔ボルトが両親に食べ物を催促する仕草の一つであれども、以前に銀毛の幼馴染と赤毛の娘が集落の木陰でしているのを盗み見たことがあり、無骨な大男にも人族の愛情表現である事は察せられた。
「………… 良いか、バスター殿?」
「待て、少し考えさせろ」
熱っぽい表情をした御令嬢を浅く押し退けつつも、人の皮を被って群衆に混じり、いつしか人間的な感覚なども獲得した頭脳で熟考していく。
(惚れた相手が振り向いてくれるとは限らねぇが、他の雌に逃げるのは論外か。ただ、本気の好意を蔑ろにするのも後味が悪い)
だからと言って一部の例外を除き、可能な限り番と添い遂げる大神の眷属として浮薄な態度は取れないため、思わず低い唸り声を上げてしまう。
「ッ、済まない、困らせるつもりじゃなかったんだ」
びくりと反応したアイシャが泣きそうな顏で身を引かせた直後、大きな掌が鍛えて猶も女性らしさは失っていない小麦肌の腕を掴んだ。
常日頃の明け透けな好意に浸蝕されていたのか、咄嗟に手が動いた本人は少々戸惑いながら、想像以上に惹かれていた事実を認識する。
(ならば此方も本性を隠したくは無いんだがな……)
皆の安全を鑑みれば、この身が狼交じりの犬人だとは口外できない。
故に自然と難しい表情を浮かべ、葛藤する姿など眺めていた御令嬢が大男の片頬に右掌を添え、西方系人種の血を受け継いだ碧眼で静かに見詰めた。
「実のところ、弓兵殿の銀狼姿は見させて貰っている」
「ッ、何だと!?」
「多分、私の覚悟を確かめるのと、バスター殿の裁量では正体を明かせないと踏んだからだろう。愛されているな、良い幼馴染みじゃないか」
人族の縄張り争いが落着して王国領土に戻った際、銀毛の狼犬人から呼び出されたとの話を聞き、先回りで手を打たれていた事に不甲斐なさと若干の苛立ちが募る。
(生まれは同じなのに、いつも先にいやがる)
複雑な気持ちで腹を決めてから、アイシャの背中に右掌を廻して抱き寄せ、先ほどの行為を真似て唇を奪い返す。
「やられっぱなしは好きじゃない、この先はどうするのか教えろ」
「ふふっ、任せてくれ、知識だけは沢山あるんだ♪」
果たしてそれは褒められた事なのかと、一抹の疑問など浮かべている内にも軽装鎧を剥がれ、自らも衣服を着崩した騎士令嬢が再び圧し掛かり…… 蒸し暑い夏場の夜は過ぎていった。
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