あんた割と良い奴だったんだな
敵方の内情も書いて無いと物語が薄っぺらくなるので、一話を使わせて頂きました!
ある程度は予測していた進言を受けて、元老院議長はひとつ溜息を吐き、右手で軽くこめかみを押さえた。
そのまま暫く逡巡して口を開こうとした間際、またもクヴァル師が横槍を入れる。
「未だ総数の上では我らが敵勢に勝る。どうして休戦の交渉など言い出せよう、革命の同志たちに顔向けできんぞ」
にやりと口端を歪めて、後方の安全圏で臣民を煽り、戦場へ送り出すだけの宗教家が得意げに嘲笑う。
「おい、待てや…… それは内乱で命を賭した元傭兵に掛ける言葉じゃねぇだろッ」
我慢ならずといった心情か、末期の陰惨な戦場を知る議員が憤り、重厚な会議机を強打して怒鳴り散らした。
俄かな緊張が議長執務室に生じるも、涼しい顔で坐していたザイード翁が既知の相手を諫める。
「ラッシド、血を流した武人しか分らぬ事も多い。些事に釣られて場を乱すな、師の意見も伺おうではないか」
老いてなお覇気を失わない退役軍人の眼光に晒され、たじろぎながらもクヴァル師は気を取り直して、宗教過激派の名に恥じない暴言を紡ぎ出す。
「ふん、悠長に籠城する兵糧が無いなら討って出れば良いのだ。犠牲を厭わず突撃すれば烏合のアルメディア王国軍など鎧袖一触!」
「それに言い方は悪いですが、短期決戦の後は兵数が減りますので、軍需物資の消費を抑えることも可能では?」
透かさず、取巻きの派閥議員が援護のために発した無責任な言葉を聞き、今度は先んじて経済基盤の弱体化に触れたサダトが苛立ちを隠せなくなった。
何やら混迷し始めそうな議論の場を掲げた片腕で制し、アルファズ将軍がクヴァル師に向き合う。
「既に発言した通り、ナイア平原に於ける倍数戦力を以っての大敗、昨夜の火計で兵士たちは及び腰になっています」
「その状況で突撃したら蹴散らされるのは共和国軍だろうな、大勢の無駄死にが出るぞ。エルドラ殿、決断を聞かせてくれ」
後進たる将軍の発言を継いだザイード翁に促され、再び沈黙していた議長が漸く重い口を開いた。
「確かに戦時下では、常任評議会の首席も兼ねる元老院議長が多様な裁量権を持つが、個人で決めるには荷が重過ぎる。先決せずに本会議で皆の総意を採りたい」
「極東の格言で “和を以って貴しとなす” とは謂えども、現状だと余りに……」
“責任感に欠けるのでは?” と愚痴を零しそうになり、自身も苦労人である将軍は言葉を飲み込む。
この場で議長が停戦交渉の判断を下した場合、事後的に議会の追認を受ける必要があり、そこで弾劾を受けてしまえば失脚は必至である。
彼も護るべき妻子を持つ以上、軽々な言動は取れないだろう。
「ふむ、やはり政治屋に戦争責任は重いか」
「そうであろう、議決を取ると言うなら否やは無い」
静かに呟いたザイード翁の胸中など露知らず、勝手な憶測で同調したクヴァル師が抑揚に頷く。
保有財産などの線引きがある制限選挙にて、被選挙人の “宗教的適格性” を吟味する手前、月神教過激派の息が掛かった元老院議員は多い。
従って恣意的に議論を誘導するような多数派工作も容易く、まだ凝りていない過激派の意向で不毛な戦闘が長引くのは明らかだ。
そうなれば死に花を散らす兵卒も増え、残された戦友や家族が悲しむ事になると、半生を軍に捧げた御老体は誰よりも理解している。
「已むを得まい。もう良いぞ、アルファズ」
「…… 本当に宜しいのですね」
「是非も無し、老い先短い命だからな」
「唆した身として最後まで付き合いますよ」
唐突に起立した将軍が壁際まで移動して窓を開け、眼下の大通りに姿を晒した直後、空気を振動させる大きな喊声が鳴り響いた。
「ッ、何だ騒がしい、貴様の差し金か?」
「すまない、状況を説明してくれ」
事態が飲み込めずに問い掛けてきたクヴァル師や、僅かに動揺をみせたエルドラ議長に向け、至極穏やかな表情でしれっと叛意が告げられる。
「実は議事堂周辺を直属の一個師団で包囲しておりまして…… あぁ、もう敬語は良いか、以後はザイード翁を最高顧問にして、共和国軍が臨時的に政を取り仕切らせてもらう」
「馬鹿なッ、正気とは思えん!」
「本気なんだな、冗談では済まないぞ……」
血迷ったかと睨みつけてくる二人を受け流し、大仰に肩を竦めれば一枚噛んでいるラシッド議員が忍び笑いを漏らした。
それに触発されたのか、他の常任評議会に席を持つ者たちも日和見など止め、アルファズ将軍へ非難の言葉を次々と投げていく。
「これは民主主義に対する挑戦だぞッ」
「共和国を内乱以前に戻すつもりか!」
「獅子身中の虫め、お前のやり方など認められる訳がなッ!?」
些か感情に任せた発言を遮るかの如く、廊下まで侵入していた斥候小隊が騒ぎ声を契機に室内へ雪崩れ込み、手にした鞘から無言で白刃を抜き放った。
「ッ、愚かだな、将軍! こんな事をして聖戦旅団が黙っていると思うのかッ!!」
「師が軍部を警戒して民兵組織を強化したのは理解しているが、御飾りじゃなく実質的に部隊を動かす指揮官らの人心が離れているのも既知だ」
それでなくとも、ナイア平原で大損害を被ったのは独自戦力の半数を投じた聖戦旅団である。
しかも、宗教家に過ぎないガザリ師の独断専行で突撃した挙句、包囲殲滅されたのは数少ない生き残りからも各所へ伝えられていた。
「現状、動かしているのは一個師団でも、此方は未明に連隊長格を緊急招集して筋は通してある」
「首都内に常駐する旅団兵だけで、我らを御せると思わんことだな」
「ぐぬうぅッ……」
軍部の優位性を覗かせたザイード翁の念押しに唸り、顔を紅潮させたクヴァル師が臍を噛む。されども現状を覆せる余地は無く、歯ぎしりの音だけが虚しく響いた。
「さて、一件落着だな。時にサダト殿、我々軍人は細かい計算が苦手なんだ、貴殿の派閥にも助力を願いたい」
「…… 小麦や豆、塩など生活に必要な物価の統制をするなら構いません、将軍殿」
さらりと示された交換条件には “何枚の貨幣でどれだけの必需品が買えるか?” を明確化して、“中長期的な生活の見通しを可能にする” 意図が籠められている。
その過程で都市部の人々に貨幣価値が再認識され、統制外の物価や経済基盤の安定に繋がるため、飢えで苦しむ貧困層を救うことにもなる筈だ。
「ははっ、あんた割と良い奴だったんだな、知らなかったぜ」
「商家出身の平民上がりなので、市井の暮らし向きが気になるだけです」
神経質な部分もある痩躯の財務執政官は破顔一笑した相手に少々眉をひそめ、照れ隠しの憎まれ口を叩いたのだった。
読んでくれる皆様に感謝です!
『続きが気になる』『応援してもいいよ』
と思ってくれたら、下載の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にお願いします!




