戦争は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!!
「既に不始末を犯した数名の者は尋問の上、投獄しておる。此方が指摘しているのは首都への侵入を許したという事実だッ、アルファズ将軍!!」
「責任の一端が軍部にある事は否定しません、全ては私の不徳の致すところです」
実際は大礼拝堂の損壊など些事に過ぎず、広場に集積していた軍需物資を失った方が己の失態だと思いながら、名指しされた当人は角を立てないよう慎重に振る舞う。
面従腹背ではあれども、低い物腰に加えて相手が非を認めた事により、一時的にクヴァル師は溜飲を下げ、室内に暫時の静けさが戻った。
「それで…… 将軍はアルメディアの連中にどう対処すべきだと?」
「現状で兵糧がどれだけ残っているのかも知りたい」
「掻き集めた兵達を飢えさせると内側から自壊するぞ」
豊富な経験がある軍部出身の古参と、内乱時に身を立てた元傭兵の議員がエルドラ議長の発言に続き、根本的な問題に言及して論題を本筋へ引き戻す。
これは早朝からの仕込みであり、戦場で連携した事もある二人とは側近の弓騎士セラムを通じて、事前の協力を取り付けていたりする。
「ザイド翁の疑念は的を射てます。情けない事に……」
言葉を濁しつつも、恐縮した態度のアルファズ将軍は数枚の羊皮紙を懐から取り出し、昨夜未明に燃やされた物資のほか、敗走の際にナイア平原で失った物資なども踏まえて残量を示した。
その数字は約二万に及ぶ共和国兵を到底維持できるものでは無いため、少なくとも食料が尽きる前に手を打つ必要がある。
「ふん、また市井の商人から安く買い叩けばよかろう」
「同感です、それしかありませんからな」
「悩むことでもありませんね」
然して問題になるまいという様子で、物流や経済を知らない月神教の過激派に属する議員らは切り捨てるものの、事はそう単純な話でもない。
やや無責任なクヴァル師の発言に眉を顰めた痩躯の議員を見逃さず、好機と見た将軍が呼び水を向ける。
「仰るように軍需物資の再調達は必須です。故に財務を司るサダト殿の意見も御聞きしたい、宜しいか?」
「えぇ、私も発言の機会が欲しいと考えていたところです」
二つ返事で応じた彼は一呼吸おき、積もり積もった不満と深刻さが混じる表情になって、一同を見渡してから語り出す。
「皆様ご存じの通り、王家が存在しない我が共和国では議会が戦費負担をしています。財源は貨幣改鋳で金銀の含有量を減らして発行した悪貨で賄いましたが、いつまでも同じ手段が使えると思わないで頂きたい」
そもそも、現在に於いて貨幣経済を成立させているのは金貨や銀貨の金属的な価値であり、等価の物品と交換する事も可能なのだ。
発行数量を増やしたいがために純度を落とした場合、実質的な価値が貨幣の設定金額を下回り、信用力が損なわれるのは避けられない。
「市井では憚らず、過去に鋳造された純度の高いものが選り好みされている状況です。ここ数年で “悪貨は良貨を駆逐する” が如く、国内には “信用力の低い貨幣” が溢れています」
その状況下で幾度も徴発権を行使して物資を買い上げた結果、調達先にされた都市部では小麦・塩などの備蓄が減少し、貨幣と生産物の均衡が崩れ始めている。
極論、お金だけ持っていても交換する物品が存在しなければ意味は無く、物不足の兆候により貨幣価値は相対的に低下して、俄かに高騰した品々が市民を苦しませていた。
「…… 猶もアルメディア王国との戦争を継続して経済的な混乱を招くと、困窮した者達が暴動を起こす事も有り得ると?」
「初春の優勢は覆され、占領地も失ってますからね。舵取りをしている常任評議会に批判の矛先が向いています」
当然、財務担当の執行官を兼ねるサダトも対象であり、寧ろ貨幣改悪に反対している立場にも拘わらず、分かり易い口撃の的にされている。
やがて世界では金銀の枯渇から不換紙幣なる “只の紙” に金額が付与され、共同幻想に支配された人々が疑いなく相争い、本来は無価値な紙切れを求める訳だが…… それまでには数百年の時間を経なければならない。
「ともあれ、安直な貨幣発行と物資徴発は自らの立場を危うくすると、評議会の皆々様には理解を願いたい」
「はッ、どいつもこいつも職責を放棄しおって、いずれ公式な場で貴様らの適格性を問わせて貰うぞ!!」
息巻いたクヴァル師の言う適格性とは、月神教聖典の解釈に従って判断した為政者達の資質であり、内乱の経緯で過激派が幅を利かせる共和国だと濫用も罷り通ってしまう。
それでも、色々と辟易していた財務の責任者は正面から言い返す。
「貴方が人気取りで貧民層にばら撒きをしたり、華美な大礼拝堂を新設したりするから、懐事情が逼迫して悪貨が出回っているのですが?」
「ぐぬぅッ、責任を転嫁するつもりか、痴れ者め!!」
「サダト殿、それは我々宗教家に対する侮辱か?」
応じた過激派の議員らが異を唱える最中、収拾がつかなくなる前にエルドラ議長が動き、態とらしく大きな咳払いをした。
「…… 無暗に論点を逸らさないでくれ、此処は王国軍への対処を論じる場だろう」
「御尤もです。ならばこそ具申致しますが…… 財政的に戦争継続が厳しく、共和国軍の士気も低迷している今、政務の要たる元老院議長の戦時権限で休戦交渉を認めて頂きたく思います」
頃合いと見たアルファズ将軍も再び口を挟み、益体も無い戦闘を終わらせるため、自身の思惑を切り出していく。
ちょいと経済的な話を盛り込んで見ました(;'∀')
流行に添ったテンプレなろう作品では無いにも拘わらず、ともすれば小難しい話も含む本作を応援してくださり、読者の皆様には頭が下がる思いです。




