ひと仕事終えて……
「ガゥアオオウゥ…… オォン (長居は無用だな…… 退くぞ)」
「ワフ、ワォアン (あぁ、分かった)」
執念深い月神教過激派や聖戦旅団と必要以上に絡む気も無いので、目的は達したとばかりに一部損壊した大礼拝堂の傍から離脱して、再び外縁部の木立に身を隠す。
程なくして二組八名の民兵らが駆け付け、屋根を崩して寄り掛かる尖塔の姿に唖然と佇んだ。
「…… 詰んだわ、全員始末されるぞ」
感情の抜け落ちた声で一人が呟き、首元へ右手を伸ばして撫でつけたのに触発されて、逡巡していた隣の男が陰鬱な表情を浮かべる。
「確かに斬首の可能性も否定できないな」
「いや待て、もし自然倒壊なら首が飛ぶのは大工たちじゃないか?」
「だが、あのクヴァル師に正論が通じるとは思えん。それに広場での襲撃と別個に考えるのも論外だし、大礼拝堂の守備を任されていた俺達の責任は免れない」
希望的観測は止めろと暗に言いつつも、黙り込んでしまった壮年の民兵には同情を禁じ得ないが、ある意味で自業自得と言えた。
事情はそれぞれに異なるとしても、都合よく捻じ曲げた信仰への共感や、損得勘定などで過激派に属すると決めたのは彼自身だ。
(まぁ、それはさておき……)
概ね此方の思惑通り、現状を把握してくれそうなのは有難い。
厳密には尖塔倒壊の理由が不明なまま襲撃者による仕業だと受け取り、徒に戦争を煽れば自分達にも累が及ぶと察してくれたら嬉しい限りだ。
日頃、勇ましい特権階級ほど安全地帯で踏ん反り返っているため、身近で大きな被害が発生すれば行動を控える者は多い。
(そんな輩の御守も傭兵時代の仕事だったな)
思わず若干の懐かしさに囚われていたら、訝しんだバスターに軽く横腹を小突かれてしまう。反射的に見遣ると首振りで視線を街路へ誘導され、“さっさと撤収しないのか” を確認された。
特に異論は無いので素直に頷き、近場の狭い路地へと飛び込んで左右の壁を交互に蹴上がる。
最後に着地した屋根上で振り向き、損壊した過激派の大礼拝堂を一瞥してから、西側の首都防壁へ走り出した。
「ウォルァウ ヴォアァアウゥ、グルァ (それにしても派手にやったな、大将)」
「ガゥッ、グルォオウ ワォオゥ? (はッ、警告としては十分だろ?)」
未だ燃え盛る広場の炎を横目に、屋外で屯する野次馬達の声を聞き流して、軽口など交えながら居住区を抜けていく。
やがて辿り着いた二重の防壁も、内側なら歩廊や防御塔へ続く階段があるため踏破はたやすく、飛び降りる際も相棒含めて風魔法の上昇気流で落下速度を殺してやれば良いだけだ。
従って侵入時よりも円滑に来た道を戻り、共和国の首都コンスタンティアから離脱を果たして原野に出たところで…… 草鳴りの音と共に子狐が顔面目掛けて強襲を仕掛けてくる。
「ワゥア~ン♪」
「ワォゥッ (よっとッ)」
複数の馴染みある気配には気づいていたので、空宙の妹を片手でキャッチし、そのまま明後日の方角へと全力でリリースした。
「キュッ!?クァア~~ン」
「ワフィオァウ…… (何やってんのよ……)」
呆れた様子で斬撃槍を担いだランサーが歩み寄るのと合わせて、草場に伏せていた人狼たちも姿を現す。
既に全員が人の皮を被っており、見知らぬ顔が多々混じっている中で、赤銅色の髪から判断してアイマンと思しき精悍な男と視線が絡んだ。
「あんまり待たせてくれるなよ」
「グゥ、ウォルアゥ (むぅ、申し訳ない)」
「大丈夫だとは思っていても、やはり心配ですからね」
ぴっと指先を突き出したウルドにも軽く詫びてから、骨格が変形する音を鳴らして銀髪の偉丈夫へ擬態していると、何やら重い溜息が聞こえてくる。
「ヴォグァル ガオァウルォオ、ヴルァア (また暫く人間の振りかよ、窮屈だぜ)」
「ふふっ、慣れると活動に必要な諸々が節約できますよ、バスター殿」
朗らかに紡がれた狼少女の言葉を省みれば、人化状態だと基礎能力が落ちる分だけ魔力の回復効率は良かったり、空腹感を然ほど感じなかったりする。
密かに得心しつつも改めて身なりを整え、やや筋肉量の落ちた体躯に応じて革鎧の調整金具を引き締めた。
少し遅れて、不満を零していた腕黒巨躯の狼犬人も濡羽髪が特徴的な大男となる傍ら、離れた場所で姿形模写の固有能力を行使していたのか、実は本人のお気に入りである村娘マリル(偽)に化けた妹狐も合流してくる。
(あの村長代理は微妙に残念な性格だが、黙っていると可愛らしいからな)
彼女が暮らすヴィエル村は新設のイーステリア領に編入される予定なので、帰国後は何かと相談する機会も多いのだろうか。
流石に領地経営の経験など無いため、面識があるフェリアス公爵に御教授を願うべきかもしれない。
「…… 何か気掛かりな事でもありましたか、銀狼殿?」
「いや、単なる皮算用の類だ」
小首を傾げたウルドの問い掛けを受け流すと、近場で傾聴していたアイマンが踵を返す。
「手抜かりが無いなら撤収しよう」
「そうだな、アイシャ嬢も待っているだろう」
「ぐッ、これ見よがしに他意を混ぜやがって……」
何やら困り顔となった無頼漢を見る限り、快活な騎士令嬢の好意は理解しているようだ。それならば野暮なことは言わなくて良いかと口を噤み、ミュリエルの件で余計な気を遣われたのは水に流して帰路へ着いた。
途中、人狼たちが原野に隠している荷物を回収した後、夜襲を終えたアルメディア王国軍が帰投した際の喧騒に乗じて、何食わぬ顔でデミル領軍を中核とした左翼に紛れ込む。
なお、屈強な老領主への報告を直接の配下である赤狼のアイマンに任せ、俺たちは騎士令嬢の座所へと向かい…… そこで今夜の強襲に関する手短な伝達を済ませ、割り当てられた天幕の寝床に潜り込んだ。
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