場違いな呼び出しと苦労人の将軍
若干の呆れを抱いている内にも、早々消せない状態まで火勢が強まった事もあり、風魔法の気流操作を止めて自然の成り行きに任せる。
(さて、人狼族への義理は果たしたが……)
もう一押しできそうだと逡巡していると、犬系種族にしか聞こえない周波数で短音一回、長音一回の連続した音色が広場に響き渡った。
「ッ、ヴァクルオァ ガゥフ グォオン (ッ、戦士長から撤退の合図です)」
「クァアオン、アヴォルグ (退きましょう、銀狼卿)」
まだ動けそうな気概のある警備兵たちを牽制していた白狼らの声に頷き、愛槍を構えたまま増援の気配などに傾注していたランサーと視線を合わす。
「クゥ、ガルォアン、グルァ? (ん、どうかしたの、ボス?)」
「ワファウ、グルォクァルアウゥ (野暮用だ、皆を退避させてくれ)」
「ヴォ、グァオウゥ…… (また、藪から棒ね……)」
当初の目的である火計を成し遂げた以上、迅速に都市防壁を越えて離脱すべき状況なので、投げた言葉に怪訝な表情を返されてしまう。
その様子に肩を竦め、改めて分隊の指揮を預ければ、彼女は半ば諦めたような態度で苦笑した。
「ワフッ、クルァア ヴォグルファウ (はぁっ、良いけど悪巧みは程々にね)」
「ガウゥ… グルァア、クォアガルォオ (失敬な… バスター、ちょい付き合え)」
「グルァウ、ワォオオゥ? グルァ (構わんが、面白い事か? 大将)」
「ワフ、ウォア (あぁ、多分な)」
にやりと不敵に嗤い、皆と別れて腕黒巨躯の悪友と一緒に狭い路地へと飛び込む。
そうして二匹の狼犬人が姿を眩ました少し後…… 攻防が続けられていた第一首都門の内壁上にある歩廊では、伝令兵の報告を受けた共和国のアルファズ将軍が敵方に背中を向け、市街中心の広場で燃え盛る紅蓮の炎と黒煙を唖然と眺めていた。
眼前の戦闘に全神経を集中させていた彼にとって、振り向いたら冗談みたいな光景が展開されていた訳で、自失するのも無理はない。
「ッ、何で籠城戦の初日から物資の集積場が燃えてんだよ!?」
「お、落ち着いて下さい将軍!!」
「くそッ、市井に纏まった数の密偵兵が紛れてやがったのか、見つけ出して縊り殺し…… ッ、先ずは消火活動だな、取り乱して済まなかった」
図らずも旧アトス内乱に於ける傭兵だった時の荒々しさが露見して、気まずい表情で言動を取り繕う。
冷静さを取り戻した歴戦の将軍は徐に反転して眼下を睨み、ともすれば中途半端な攻撃を仕掛けているアルメディア王国軍の本隊に悪態を吐いた。
その様子に傍で控えていた側近騎士の一人がおずおずと口を開く。
「初手故の日和見だと思っていましたが……」
「あぁ、セラムが受け持つ第三首都門も含めて陽動だろう。正門裏に待機させている後詰めの部隊を広場へ急行させるべきだな」
易々と二重の防壁は抜けない上、恐らく敵方の本命は火計であるため、広場周辺の水路や付近に設置された革袋の使用を伝令兵に言付ける。
さらに中央区の風呂屋が都合の良い位置にあり、給水源に利用できる事から、その店主に協力を依頼する旨の指示も託した。
「以上だ、細部は各指揮官の裁量に委ねる」
「はッ、了解です」
略礼した相手が待機部隊の下へ向かうのを見遣り、第一首都門での戦闘にアルファズ将軍が意識を引き戻した直後、今度は元老院所属の衛兵が駆け込んでくる。
何やら嫌な予感を覚えつつも、乱れた呼吸が落ち着くのを待ち、十中八九は碌でも無い話に耳を傾けた。
「エルドラ議長が広場の騒動で説明を求めています。至急、議場の執務室まで報告に来て欲しいと……」
明らかに不要不急の用件だという自覚があるのか、遠慮がちに言葉を濁した相手に応じて、幾らかの苛立ちを呑み込んで端的に答える。
「断る、釈明は不要だろう?」
「すみません、要らぬ時間を取らせました」
「いや、貴様の立場も理解できる。余り気にするな」
「そう言って貰えると有難いです、ご武運を」
そそくさと伝令代わりに使われた衛兵が去り、いつの間にか組織のしがらみに囚われている傭兵上がりの将軍は重い溜息を出した。
過日のアトス内乱に際して、苦しく貧しい生活が良くなる事を切望し、批判と要望を掲げた民達は現状のザガート共和国を見てどう思うのかと。
(結局、政治的要因の変化だけで全てが良くなるなんて、救いようが無い馬鹿の妄想に過ぎないのかもな)
分裂前は同じ国家に属していた王国軍を迎え撃ちながら、支配者や社会的な制度が変われば痩せた土地が肥えるのか、恵みの雨は降るのかと詮無きことを心の片隅で考える。
その答えは否だ、国策として土地の改良を行うにも堆肥や労力が必要で、それに投じることが可能な人的又は資金的な資源は限られてしまう。
国家の財政状況や土地環境、周辺国との関係性など含めて様々な要因が絡んでいるため、効果は否定しないものの一要素だけで事態が劇的に好転するとは言い難い。
実際、東西に別れて弱体化した自国を省みると、内戦を煽っていた諸国の支援など早々に先細った事もあり、肝心の暮らし向きは悪化を辿っていた。
そんな事情や臣民の不満を逸らすため、アルメディア王の崩御に端を発した混乱に乗じ、再統一を目指した大規模侵攻が敢行されたのである。
「何やってんだろうな、一体……」
「ッ、どうかしましたか?」
「戯言だ、気にするな」
思わず口に出していた事に気付き、側近騎士の言葉を受け流したアルファズ将軍だが…… 胸裏では非生産的な戦争に嫌気が差し、無難な着地点を模索し始めていく。
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