火計を試みる銀狼犬 “物資は消毒だ~!!”
「む、無理だ、もう押さえ切れない」
「でもよぉ、敵前逃亡は重罪だぞ」
「だったら殺るしかな… ぐぅッ!?」
弱腰な残存兵達の一人が鉄剣を正眼に構え直したところへ、横振りされた大剣の平打ちが叩き込まれ、防ごうとした得物を弾き飛ばして顔面に直撃する。
敢え無く昏倒する弱卒を一瞥してから、大剣を鈍器の如く扱う腕黒巨躯の人狼犬は斜めに踏み入り、戦いの場で棒立ちとなった慮外者の下顎に剣柄から離した左手で掬い上げるような拳打を喰らわせた。
「ぐがッ、うぅ…ぁ……」
「ヴァアルファオウ、ルォアオォウゥ (殺る気が無いなら、引っ込んどけよ)」
頭蓋越しに脳を揺さぶられた迂闊な兵士が倒れた時点で、好戦的なバスター以外も敵勢の掃討を済ませており、呻き声が重なる広場の東側で健在なのは俺達だけになったが…… 誤射の恐れが低減した故か、西側と南側の物見櫓から複数の弓矢が飛んでくる。
距離があるので早々に命中せずとも、念のため各自が二段又は三段に積まれた軍需物資の傍に身を寄せると、今度は南側から接近してくる一個小隊分ほどの足音が微かに聞こえてきた。
「ヴァルオア、ウォグルヴァアウォオン (時間は稼ぐ、火計の準備を進めてくれ)」
「クゥ、ワォアン (ん、わかったわ)」
「「グルゥアオゥ! (任せてください!)」」
小気味良く応じた聖槍使いのランサーや人狼達の返事を聞き流して、広場の大部分を占める木箱や大袋などを迂回してきた増援の警備小隊と向き合い、移動性を重視した縦列で突撃してくる様相に思わず失笑した。
先頭から後尾まで一網打尽にするため、新手の把握に伴い滾らせていた魔力を開放し、眼前に構えた両掌から再度の “嵐撃” を撃ち放つ!
「ヴォルファルアッ、グルァアオオ!! (唸れ征嵐ッ、喰らい尽くせ!!)」
「「ぐおぉおおッ!?」」
「「「うおぁああぁあッ!!」」」
幾つもの小風刃を含んだ颶風が瞬時に奔り抜け、直線上に居並ぶ兵士達を切り刻んで戦闘不能にしつつも、派手に吹き散らかした。
やがて一陣の嵐が去った後、大勢の負傷した兵士が石畳に転がり、悲痛な声の合唱を響かせる惨状が生まれた事で、“背に腹は代えられない” と謂えども多少の申し訳なさを感じてしまう。
(明らかに偽善だな、馬鹿らしいが……)
身近にいる大切な誰かを護りたいとか、その延長線上にあるかもしれない戦争などでも、敵対者を殺傷する事に全くの無頓着ではいられない。
“感傷に囚われたら死ぬが、淡々と殺すだけの悪鬼羅刹や獣になるのも違うだろ?” と、前世の初陣で初めて敵兵を切り捨てた折、親父代わりの傭兵団長殿が勝利を祝う席で嘯いていたのを思い出した。
「…… ワゥ、ガォグ ヴァルァアオウゥ (…… まぁ、図らずも獣になったがな)
浅薄な諧謔で逸れた意識を切り替え、不穏な動きを見せる敵方の負傷兵がいないか、俯瞰的に周囲を見渡して警戒する。
ついでに仲間たちの様子も窺えば持参したオリーブ油を撒き終えていたので、一緒に積み上げられた軍需物資の陰から距離を取った。
それにより、再び物見櫓に陣取った警備隊の弓兵が精度の低い遠距離射撃をしてくる中で、着火役の妹狐が両掌の上に呪力混じりの焔を浮かべる。
「クァ ガルォアオウゥ、クォン? (もう燃やして良いよね、兄ちゃん?)」
「ワフ、グォン (あぁ、頼む)」
「ワゥ、グルゥ ウルアァオン (では、私もご一緒しましょう)」
どうやら火属性も扱えるらしい白狼の魔術師アゼルが言葉を添え、魔力が籠められた片腕を真っ直ぐ前に伸ばす。
その左掌から炸裂焔弾が撃ち出され、妹が放った二つの狐火よりも効率よく、食用油が染みた木箱や大袋を燃焼させた。
「ウ~、ワウァ クオウゥ…… (う~、微妙な敗北感が……)」
「ガゥッ、ヴァルアオウゥ (ははっ、本職ですからね)」
お株を奪われた妹狐がむくれたものの炎は順調に燃え広がり、生じた黒煙が物見櫓からの視界を閉ざして夜空に立ち昇っていく。
「ぐッ、あいつら、火を… ッう、着けやがった」
「け、消さないと、痛ッ、肋骨が… うぅ」
先程の戦闘で落命せずとも負傷して、石畳で横たわっていた警備隊の者達が俄かに動き出そうとする一方……
熊ならぬ人狼相手に死んだ振りを貫き、比較的軽傷なのに狸寝入りしている敵魔導士やその他連中に呆れながらも、出番が廻ってきた俺は仕上げに取り掛かる。
未だに広場の北側から喧騒が聞こえてくるあたり、赤狼の戦士長アイマンが指揮する別動隊は苦戦中のようなので、可及的速やかに火計を成功させるため属性魔法で適量の風を吹かせた。
勢い余って炎を消さない様に注意して空気を供給すると同時に、作為的な強風で西側の方角へ煽って徐々に延焼させる。
「アゥ、ワファ クルウォ? (あれ、なんか良い匂い?)」
「うぁ… 兵糧が、うぅ、燃えていく」
「やってくれたな、人外どもッ」
「ぐッ、これじゃ、戦が…ッう、できねぇぞ」
穀物類が焼ける香りに刺激されて尻尾を振り出した妹はさておき、負傷で地に伏した兵士が言うべき台詞じゃないだろうと、愚直なまでの勤勉さに内心で溜息を吐いた。
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