強襲する大神の眷属
俄かに動きを止めた腕黒巨躯の狼犬人に対して、すぐさま器用に手を動かし、群れの狩りで用いるハンドサインを送り出す。
“フタテニ ワカレテ イドウスル”
軽く頷いた幼馴染が他の人狼達に小声で伝えるのを確認してから、俺は身を低くした前傾姿勢で再び駆け始めた。
なお、首都外縁部には侵入者を食い止めるため、主要な箇所を除いて非直線的な入り組んだ街路が敷かれており、随所に四人組の共和国兵が配されているものの…… 強靭な犬系種族の脚力で建物の上を飛び渡る限り、然したる問題にならない。
(まぁ、多少迂回はするけどな)
住み慣れた森の中なら木々が風に揺られた瞬間を狙い、葉鳴りで移動音を誤魔化すことも可能だが、緑の少ない市街地では無理がある。
故に最短経路は避け、妹たちや人狼らと共に警備の合間を掻い潜って中央区画に入り、物資の集積地と化した広場に近寄っていく。
煌々と灯る篝火や物見櫓を警戒し、まだ相当の距離がある内に足を止めて伏せれば、少し離れた位置取りで追随してきたバスターたちも路地向かいの屋根上に腹這いとなった。
(間合いとしては十分か……)
光源の傍だと目が明るさに慣れて逆に暗闇を見通せない事もあり、人族には聞こえない犬笛の合図が別動隊から来るまで待機しようと思った矢先、立てていたケモ耳が微かな羽音を捉える。
どうやら此処まで無難に来れたのは幸運に併せて、夜鳥を使役する術師の同調率が低かったお陰のようだ。幾ら被支配対象が優れた夜間視力を持っていても、自在に活用できないのでは意味が無い。
「ワゥ、ガルグァウゥ ヴルオァアッ (まぁ、こればかりは相性だがなッ)」
「キャン!? (ひゃん!?)」
突如、隠密行動を放棄した俺に驚く妹狐はさておき、起き上がりながら背中のボウホルダーに収めている機械弓バロックを取り出し、流れるような動作で番えた矢を放つ。
広場に警笛が鳴り響く中、風除けの魔法を付与されて空気抵抗なく飛翔した矢が120m程先の標的を撃ち抜き、恐らくは梟であろう使い魔を墜落させた。
「「アヴォルグ!(銀狼卿!)」」
「ウゥオァアンッ、グルァア (犬笛を鳴らせッ、吶喊する)」
「ガルゥウオォグルゥオッ、グルァ!(そっちの方がらしいぜッ、大将!)」
「ワフッ、グゥガルァアォン (ふふっ、隠れ脳筋だものね)」
無遠慮な仲間の言葉に辟易しつつも、強襲による陽動でアイマンやウルドの分隊を支援する事に加え、あわよくば火計も成功させるため屋根伝いに広場へ急進する。
そこには東側担当の警備小隊が数十名ほど臨戦態勢で待ち受けており、いち早く全高12m前後の物見櫓にいた若い兵士の一人が此方に気付いた。
「ッ、敵襲… うぐぅ!?」
「アヤズッ!」
先んじて連射していた二本の矢が狙い違わず、丁度似たような高さにいた相手の腹と胸を射抜く。
「くそがッ、よくもダチを!!」
「…… フォウルァオゥ (…… 運が悪かったな)」
深い矢傷に崩れ落ちる同僚を押し除け、後ろにいた兵士が素早く番えた矢を放つも、森の猟犬たるコボルト由来の動体視力を以ってすれば脅威足りえない。
右斜め前方に回避して機械弓を仕舞い、群れの仲間や人狼達と屋根端から跳躍する傍らに豪風刃の魔法を物見櫓へ撃ち込み、重力に引かれるまま広場へ落下する。
「「馬鹿なッ、人狼だと!?」」
「おいおい、術師の法螺じゃなかったのかよ」
「狼狽えるなッ、獣など縊り殺してしまえ! 所詮は寡兵に過ぎん!!」
「ワフ、ワゥオ ガゥオルァアアゥ (あぁ、だから先手を打たせて貰う)」
にやりと口端を上げ、“兄ちゃん、悪い顏~♪” などと揶揄ってくる妹には構わず、魔法の旋風が纏わり付いた両腕を突き出した。
「ヴォルファ、ヴォアオォァンッ (唸れ征嵐、悉くを吹き飛ばせッ)」
咆哮と共に魔力を滾らせ、無数の小風刃が内包された激しい颶風を水平方向に解き放つ!
「なッ、なんだと!?」
「「「う、うぁああ――—ッ」」」
巻き込まれた兵士数名の悲鳴が掻き消される程の轟音を聞きつつも、何とか歯噛みして少しばかり両腕を動かし、展開していた警備小隊の中心を嵐撃で薙ぎ払った。
さらに間髪入れず、指揮官諸共ほぼ半数が戦闘不能になった影響で動揺する隊列右側の兵士を狙い、身内で最速の聖槍使いが肉迫していく。
「ぐッ、化物めが!!」
「クゥ、ワファ グァオォアウ……
(ん、なんか侮辱された感が……)」
反射的に突き出された鉄槍の切っ先を斬撃槍で外側に逸らした直後、穂先を素早く引かせたランサーが攻勢に転じて、鋭いカウンター気味の刺突を繰り出した。
粗悪な支給品の軽装鎧では刃先を留める事叶わず、胸元を穿たれた兵士は茫然と斃れる。再度の引き戻しで長柄の把持を緩めた彼女は手滑りさせ、短く持ち直した斬撃槍を横殴りに振り抜いた。
「ぐうッ!!」
「ガルォフッ (詰めが甘いッ)」
右斜め前方からの袈裟切りを剣身部分で弾き、割り込んできた相手の鳩尾目掛けて白刃を突き刺せば、致命傷を負った兵士は蒼白な表情で跪く。
その近場では人狼三匹と一緒に強襲を仕掛けた妹狐も短剣片手に立ち廻っており、敵手の剣戟を軽やかに躱していた。
「クァアウゥ、ワォゥッ (当たらない、よっとッ)」
「くッ、ちょこまかと鬱陶しい!!」
焦りと苛立ちで斬撃が大振りになった隙に乗じて、その伸び切った腕を飛び込んだ妹狐が左掌で押さえ、逆手に持った右掌の機械式短剣を紫電一閃させる。
喉元を切り裂かれて落命していく兵士や、奮戦する同族たちを視界の端に収めながら俺も二人倒した頃合いで、敵勢の隊列左側を相手取っていたバスターら六匹の活躍もあって彼我の戦力数は逆転した。
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