大規模な防壁に隙ができるのは必定
槌の鉄頭が勢いよく内門の落とし格子へ直撃し、板金補強された木材を拉げさせてメキメキと破砕音を響かせる。
乾坤一擲とはいかずとも、相応の損傷を与えた事で王国側の軍勢が湧き立ち、その様子にセラムは苛立ちを隠さず歯噛みした。
「やってくれたな! 油を使って構わんッ、あの破城槌を燃やせ!!」
「「「承知ッ!!」」」
現状の不味さを的確に理解している守備隊の共和国兵たちが機敏に動き、大鍋二個で煮込んでいた貴重な油を躊躇わず内壁から盛大にぶちまける。
その狙いは飽くまでも可動式の破城槌であり、投じられた油は火矢対策で濡らしてある獣革を取り付けた各部に降り掛かった。
結果的に操り手である王国所属の領兵たちは大火傷をせずに済んだが、頭上より弓矢も射られていたので安堵する余裕など微塵も無い。
大盾を構えた仲間に護られつつも、外壁と内壁の狭間に設けられた通路から側面攻撃を受ける前に暫時離脱するため、破城槌を引いて徐々に後退していた。
因みに飛んでくる矢の先端は軟鉄が使われており、大盾に幾つも突き刺さってぶら下がる。
「ぐぅ、重ッ!?」
「はっはーッ、落としたら死ぬぞ……」
表面が針鼠のようになっても気合で維持して、筋肉自慢の猛者たちが軽口など交えて矢雨を凌いでいると、夜に映える紅蓮の魔力光が周囲を照らした。
「「悉くを焼き尽くせッ、業火の焔!!」」
「げッ、火矢の類じゃねぇぞ!」
「おいおい、共和国側も魔術兵が前線まで出張ってんのかよ!?」
これはもう無理だと破城槌の廃棄を決めたのか、王国軍突撃隊の面々は潔く退避行動を中断して、防御姿勢のまま屈みこんで豪焔弾に備える。
直後、轟音と共に着弾箇所の木材や部品が弾け飛び、事前に掛けられた油の沁みている部分を中心に破城槌が炎上していった。
「くッ、こいつを内門に叩き込んで焼き落としてやる!」
「馬鹿がッ、退き際を間違えるな! 皆の命を危険に晒す気かよ!!」
思わず怒鳴り声を上げた古参兵に諫められ、瞬時に頭を冷やした剛毅な部隊長は気まずい表情となり、素直に詫びてから撤収命令を出す。
破壊された破城槌の繰り手を庇って負傷しながらも、外壁の守備隊に応射している王国軍前衛隊と彼らが合流した頃……
喧騒から遠く離れた北側の荒野にて、強壮な銀毛の狼犬人が腕を組んで佇み、細めた黄金色の瞳で首都防壁を睨んでいた。
雲間より漏れた月明かりで毛並みを淡く輝かせる姿に気後れして、やや畏まった態度で赤銅色の体毛を持つ人狼が話し掛ける。
「グォウァ ガゥルフォワオォウゥ…… ワォフオァアン?
(侵入後は部隊を分けようと思うが…… 分隊を任せても?)」
「グルゥウ ヴァオルォオオン?(俺みたいな余所者で良いのか?)」
「ワォオン、ガォア ヴォルガン (構わない、貴殿は大神の使徒だ)」
微妙な台詞を真顔で言い出した赤狼のアイマンに同調して、この場にいる十数匹の武装した人狼たちが首を縦に振り、いつもは澄ましているウルドまでが小さく頷いた。
彼女は既に人狼本来の姿形に戻っており、艶やかなダークブラウンの毛並みを臙脂色の外套と硬化革鎧で隠している。
奇しくも得物が黒塗りのハンティングナイフ二本のため、ちらちらと妹狐が興味あり気な視線を向ける中で組分けが行われ、此方には戦士級の人狼八匹が歩み寄ってきた。
「ワォアァオン、アヴォルグ (宜しく頼みます、銀狼卿)」
「ワフィアゥ? (何だそれは?))」
「グゥ、ヴァオォアウゥ クルァウオォウ……
(いえ、爵位をお持ちと聞きましたので……)」
明らかな事実誤認とも言い切れないため、逡巡している内に革水筒が差し出され、旧アトス時代には沿岸部で量産されていたオリーブ油の匂いが嗅覚を刺激する。
恐らくアルメディア王国軍の輜重隊が管理している兵糧を漁り、品質劣化した物を調達してきたんだろう。
「ウォファ グルァアオゥアン (こっちはバスター殿の分だ)」
「ワフ、ウォアアァオン (あぁ、もらっておこう)」
「クルァアウゥ オァルオウゥ (嬢ちゃんたちも持っておきな)」
「ウ~、クァアルゥオォファウゥ (う~、好きな匂いじゃないよぅ)」
博識な番の生物学者が言う酸化臭とやらに嫌そうな顔をした妹狐だが、同じ物を受け取ったランサーに窘められ、古い食用油が詰まった革水筒を手にして軽装鎧の腰元に麻紐で括り付けた。
一応、呪術的な要素が多分にある狐火は早々消せないものの、火攻めの効率を鑑みれば備えているに越した事はない。
(延焼に掛かる時間が違うからな、それにしても……)
再び数百年以上も大都市コンスタンティアを護り続けた堅牢な防壁を眺め、かつて栄えた古代帝国の人々に思いを馳せる。
先人たちが築いた半島西側の全域を覆う岩壁は正攻法で破られた事が無く、泰然と前方に立ち塞がっていた。
されども内戦を経て分離独立したザガート共和国の疲弊は未だ完全に癒えず、南北6.6㎞に及ぶ長大な範囲を護る余裕など無いため、王国軍が展開する区域以外に纏まった兵力は割かれていない。
「グォウアルゥ ウルォアァン (故に抜け道は幾らでもあるか)」
「ワゥ、グルォアオォ ウォオ…… (えぇ、私たちにとっては尚更……)」
「グァンオ、クルアゥウオォ (二人とも、そろそろ行くぞ)」
何気ない呟きに応えたウルドに頷いてから、赤狼に促されて仲間や分隊の人狼達を率いて歩み出す。
外堀まで移動すると各分隊より一匹ずつ白狼の魔術師が進み出て跪き、緩りと水面を凍らせ始めたので軽く肩を叩いた。
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