効率的に相手の嫌がる事をするのが戦争です
「ち、ちょっとッ、アイマン殿!」
「どうしたよ、嬢ちゃん?」
「淑女の前でいきなり脱がないでくださいッ、変態!!」
「ははッ、誰が淑女だよ、お前はまだ餓鬼じゃねえか」
仮にも隠密行動中なので器用に小声で怒った狼少女のウルドを見遣り、赤銅色の髪をした三十歳前後の屈強な戦士が揶揄う。
されども頬を朱に染めた彼女に言い返す余裕は無く、両手で顔を覆って見えない振りなどしつつ、仲間たちが上着を肌けさせていく様子を旺盛な好奇心に逆らえず指間から覗いていた。
人狼族は魔獣としての野性を色濃く残しており、雌には強い雄を見極める本能的な欲求が備わっているため、恥ずかしくとも意識が大胸筋や上腕二頭筋に吸い寄せられてしまう。
(うぁ、ハリルって結構逞しいかも、アサドも着やせしてたのね……)
値踏みするような視線に年若い者たちは落ち着かないのか、脱ぐ動きを止めてウルドへと向き直り、呆れ顔で苦笑混じりの言葉を投げる。
「そろそろ、下も脱ぎたいんだけど?」
「いつまで見てんだよ、淑女が聞いて呆れるぜ」
「はうぅ、分かったわよ……」
言うや否や、狼少女は臙脂色の外套をはためかせて半回転し、黄金色に輝く瞳で夜空に浮かぶ半月を見上げた。
彼女の背後からはゴキッ、ボキリと骨が軋むような音が幾重にも連続して鳴り響き、余計な衣服を脱ぎ去った十数匹の人狼たちが “人の容姿” さえも取り払って、尻尾を含んだ体長が2m以上の狼に次々と変貌していく。
「グゥ ガォウゥ、グルォヴァアン (もう済んだぞ、皆の準備を頼む)」
「ん、任せてください」
「待たせるつもりはありませんよ、戦士長」
他よりも強靭な体躯と赤銅色の毛並みを持つ一匹に促され、ウルドや人化したままの者たちが機敏に動き出し、駄獣鞄と専用の革製ハーネスを狼姿の仲間に手際よく取り付け出した。
奇しくも何処かの銀狼犬が垂れ耳コボルトに製作してもらった逸品と同じく、身体の両側で釣り合いをとる二個組の天秤型な辺り、その形式が四つ肢で駆ける狼には適しているのだろう。
駄獣鞄には黒鉄製のハンティングナイフや工具類、腰布などに加えて小分けされた袋が数多く入っているのだが…… 漂う独特な匂いに感覚が先鋭化している狼たちは表情を顰めた。
「ウゥ、アゥオヴォアォル (うぅ、気分が悪くなるぜ)」
「ガゥ、ガルォアオォウ…… (いや、慣れれば癖に……)」
「ヴァウアァウオォオン、ワファウ ヴォルァアン
(嗅覚が麻痺してんだろ、さっさと終わらせるぞ)」
何やら小声で “がぅがぅ” 言い出した配下を鋭い眼光で黙らせ、人狼族の戦士長たるアイマンが身体の向きを変えて駆け出せば、麾下の狼たちも我先にと低い姿勢で追随する。
居残り組のウルドたちが手短な言葉を添えて見守る中、小規模な狼の群れは草鳴りの音だけを残して闇夜に消えた。
やがて連動するように夜襲の準備を整えた王国軍も動き出し、ダウド将軍の指揮下で本隊を含む中央が第一首都門、右翼と左翼は第ニ及び第三の首都門に向けて漸進していく。
………………
………
…
勿論、それは防壁上に展開した共和国軍から丸見えであり、松明の炎に照らされながら盾を構えて迫りくる軍勢に守備隊の一部が陰鬱な表情となった。
どうやら王国側は平原の戦いで奪った攻城兵器を昼間に組み立てていたらしく、遠目に車輪駆動の破城槌や投石機なども複数確認できる。
「くそっ、遠慮なしに攻めてきやがる」
「相手の嫌がる事をするのが戦では定石だからな……」
「お前ら、駄弁ってないで警鐘を鳴らさんかッ!」
「「分かっております、上官殿!!」」
このまま嘆いても仕方ないため、直立不動の姿勢で言葉を返して、最初に愚痴を零した方の兵士が備え付けられた銅鑼まで駆け出す。
程なく首都防壁の随所から金属質な打音が深夜の街に響き、壁沿いの区画に詰めていた増援部隊が弓矢や投げ槍を片手に壁上の配置へ付き始めた。
俄かに騒がしくなる状況の下、第一首都門の付近にある兵舎で待機していたアルファズ将軍の部屋に腹心のセラムが訪れ、幾分か落ち着いた態度で一礼する。
「予想通りの敵襲です。やはり初日の夜から来ましたね」
「昼間にしっかりと兵を休息させた甲斐があったな」
元々、王国軍は数か月前の敗戦で守勢となり、先の戦いでは存亡を懸けていた手前、最初に所持していた軍需物資は少ない筈だ。
途中で共和国軍の物資を一部鹵獲しているとしても、首都まで撤退する際に王国側の都市で略奪を敢行したので、その補填で相応に消費したと推察できる。
機に乗じたとは謂えども、王国軍が包囲戦を行うために必要な物資は十分と言えない。
なればこそ過日の大勝と併せ、多少強引でも首都防壁に大きな損傷を与えて、元老院の爺どもや市民に恐怖心を植え付けたいのだろう。
「事後の停戦交渉を有利に運ぶためか…… だが、今暫く粘れば今度は私たちの勝ちだ」
「兵糧が尽きて逃げ出した奴らの背後を叩いてやりましょう。そこで点数を稼がないと、エルドラ議長とクヴァル師が煩くて敵いません」
最悪の場合は難癖を付けられ、将軍諸共に処分されてしまうと肩を竦めたセラムに対して、アルファズは引き攣った表情で笑い声を漏らす。
因みに月神教の過激派からはガザリ師を死なせた事や、大礼拝堂の完成を戦勝で飾るのが絶望的な現状もあって糾弾されていたりする。
(師に関しては勝手に先陣を切って、いつの間にか討たれていたとしか言えないんだが……)
馬鹿正直に言えたらどんなに良いかと思いつつも気苦労の多い将軍が屋外に出た瞬間、戦いの喧騒に紛れて北西より落雷のような轟音が響いてきた。
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