戦争は政治目的を達成する手段である
「運動後の昼食は良いものだな、バスター殿」
「…… あぁ、否定はしない」
荒事を運動と称する騎士令嬢に呆れた態度で応じつつ、黒髪の大男に扮した幼馴染みが口元へ寄せられたパンを反射的に齧る。
俺やマリル(偽)も食しているそれには軽く炙った燻製ベーコンが挟まれており、日持ちの良い根野菜を使ったスープと相まって中々に美味だ。
「…… グルゥ クァアルゥ (…… そっちも良さげね)」
ちらりと視線を向けてきた大型犬にしか見えないランサーの前には、アイシャが用意してくれた減塩仕立ての燻製肉と湯がいた根野菜の乗った木皿、飲料水が入った深皿が置かれている。
通常の犬は塩分を摂ることが好ましく無かったり、葱の類が駄目だったりするので気を利かせてくれた訳だが、実は雑食のコボルトなのに彼女だけ食事内容が変わってしまうのは心苦しいところだ。
(人化形態を取れない以上、受け入れて貰うしかないか……)
などと思っていたら、幾つか用意されていた燻製ベーコン入りのパンを妹が手に取り、半分に割って片方を寄り添っていたランサーに差し出す。
「がる、がぅおう? (これ、食べる?)」
「ワォアン、グアォ (ありがとう、ダガー)」
仲睦まじくパンに齧り付く妹たちを見流して、いつの間にやら餌付けされていたバスターに視線を戻せば、今度は上機嫌なアイシャに頬擦りされていた。
やや困惑含みの表情が “何とかしてくれ” と訴え掛けてくるものの、傍から観察している分には面白いので余計な口を挟まず、黙して二人の様子を眺める。
「それにしても、聖戦旅団のガザリ師を討ったというのは朗報だぞ」
「…… 戦場には場違いな弱卒だったが、まさか名のある奴なのか?」
「ん、悪名だがな、占領されたエルクの町で聖堂教会の建物を燃やしたと聞く…… 司祭殿と信者らを閉じ込めたままでな」
他にも捕らえた王国兵が月神教徒でない場合、容赦なく斬首していると複数の密偵兵が報告した事もあり、王都のシャーディ宰相や総指揮を執るダウド将軍も気に掛けていたようだ。
それもあって、先程の戦功に上乗せする形で褒賞金も出るらしく、アイシャは少しだけ喜びを露わにする。
「これで弓兵殿たちの報酬に色も付けられるというものだ」
「多少で構わない、残りは斃れた領兵の家族や負傷した者の治療に充ててくれ」
傭兵稼業を営んでいた前世の記憶だと戦場での死傷者に対する補償など無いに等しく、喰っていけなくなった連中も其れなりに見てきた。
四半世紀過ぎたぐらいで然程の変化は望めないだろうと気を遣ったものの、アイシャは僅かに表情を曇らせてしまう。
「むぅ、報酬の上乗せにかこつけて、次の戦場も引き受けて貰おうと思ったのに…… 先に帰っても良いが、せめてバスター殿だけでも置いて行ってくれ」
「…… 俺の意思は無視なのか」
「ははッ、随分と気に入られたな、バスター」
笑いながらも騎士令嬢が言及した “次の戦場” に意識を割き、皆と言葉を交わす合間に暫時思案して、大きな枠組みでの現状をざっと省みる。
朝駆けから始まった “ナイア平原の戦い” で彼我の戦力差が大幅に縮小したのを踏まえた上で、未だに二万近い兵力を有するザガート共和国軍と比べ、かつての祖国を前身とするアルメディア王国軍の総兵力は一万五千に満たない。
だが、優位な戦況で大敗した共和国軍の士気は極端に低下しており、潰走に伴って多量の軍事物資を失った事実も鑑みれば、地の利が活かせない王国内での継戦は難しいだろう。
(此処からだと共和国の首都コンスタンティアに戻り、態勢を整えるのが定石だ)
それは王国軍を率いる歴戦の将軍ダウドも推察している筈なので、この機に乗じて侵攻を選択する可能性は十分にあった。
(アイシャの読み通り、短期の連戦になるか)
猪突猛進に見えて戦術眼は持っていると思しき騎士令嬢に内心で感心しつつ、何処まで付き合うべきかと考える。
個人的には乗り掛かった舟と言えなくも無いが、群れの仲間たちにも意見を聞いておくため、獣に転じたランサーの毛繕いなどしているマリル(偽)に身を寄せた。
「ぐぅうぉるあぅ うぁるおん。くるぁおふ?
(もう一戦して帰ろうと思う。構わないか?)」
「ん~、くぉん うぉあるぅ くるぁん (ん~、兄ちゃんがしたいなら良いよ)」
「グルゥ ガルファオゥウワゥオ…… (私は食べて寝ているだけだから……)」
投げやりな態度でジト目になった大型犬から顔をそっと背け、食後も年頃の御令嬢に纏わり付かれているため、近場の領兵たちから生暖かい視線が向けられていたバスターを見遣る。
微妙に居心地が悪そうな黒髪の幼馴染みも小声の会話が聞こえていたのか、軽く頷いて同意を示した。
「弓兵殿? どうした、男同士で見つめ合って……」
「単なる意思確認さ、継続して雇われる事についてな」
「ふふっ、次の戦場も退屈しなくて済みそうだ」
「「おぉッ!!」」
快活な笑顔を振りまいて喜ぶアイシャに触発され、幾人かの領兵が上げた歓声を聞きながら、午後の時間を賑やかに過ごしていく。
やがて日が暮れる頃には領軍司令官の護衛としてダウド将軍の大天幕に赴き、戦功が大きかった三領主を称える賛辞に加えて軍議なども立ち聞きした。
どうやら撤退した共和国軍を追って首都まで迫り、連中が置き去りにしていた攻城兵器で防壁を攻略する事になりそうだ。
(…… 折角、持参したのに木乃伊取りが何とやらだな)
流石に堅牢なコンスタンティアを陥落させるのは難しいが、安寧な場所に引き籠っている支配者層に危機感を植え付ければ、停戦交渉の場で主導権を握ることも可能だろう。
そもそも、戦争に於いて “最後の一兵卒まで殺し合う” というのは現実的で無く、政治目的の達成を以って終息するのが普通であり、全ては物事を優位に運ぶためだとも言える。
(まぁ、傭兵風情にはどうでも良い話だ)
小難しい話など避けるのが賢明だと再認識している内に軍議は締め括られ、戦場を共にしたマイラスたちと自陣でアイシャも交えて話し込んだ後、夜分を待ってから俺は仲間と一緒にデミル領軍の陣地へと向かった。
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