狂信的な宗教家と腕黒巨躯の狼犬人
一方、雇われ兵の銀狼犬がアイシャ率いる騎兵隊に混ざり込んで、残敵掃討に向かっている頃……
初手で釣り出された共和国軍の左翼、盲信的な月神教徒から構成された聖戦旅団は王国側の三領軍による槍兵隊を突破できず、いつの間にか窮地に立たされていた。
その理由を挙げるならば、緩やかに突出してきた領軍騎兵隊の後方に槍兵や弓兵たちが隠れ、密かに迎撃の機を窺っていたことが大きい。
定石に従って機動性が高い騎兵を騎兵で制するため、意気揚々と突撃していったガザリ師麾下の旅団騎兵隊は大外に躱され、露となった相性最悪の彼らに今も苦戦を強いられている。
「何故だッ、 兵数は此方が圧倒的に多いのだぞ!?」
苛立たしさを隠せずに指揮官が喚き散らすものの、隊列を組んで襲い来る三領軍の槍兵に正面から打ち勝つなど、練度の高い精鋭騎兵でも早々には不可能だ。
本来なら旅団騎兵隊を後退させつつ後続の他兵科に支援してもらい、一度態勢を立て直すべきなのだが、繰り出される槍撃や曲射される弓矢で人馬が混乱させられて容易ではない。
追いついた聖戦旅団の混成部隊にしても統制が取れていない馬群を大廻りする必要があり、遅ればせながら側面攻撃を仕掛けて一矢報いたところで、今度は乱れた左翼と中央を分断するように王国軍本隊が斬り込んでくる始末。
「もう退きましょう、ガザリ師」
「ぐぬうぅ、儂に生き恥を晒せと言うのかッ」
「中央と分断された状態では危険ですッ、それに……」
気まずそうな側近教徒の騎兵が言葉を濁し、少し前に総指揮を執るアルファズ将軍の訃報が魔法の風に乗り、共和国軍の本陣付近から流れてきた事に言及する。
もしそれが本当なら、勢いに乗じた王国軍本隊は中央の部隊を喰い散らかし、やがて左翼を担う聖戦旅団にも襲い掛かってくる筈だ。
「ここらが潮時です」
「「御聖断をッ!!」」
真剣な表情で撤退を進言する側近信徒に気圧され、暫し考えるような仕草を取ったガザリ師が徐に表情を緩める。
それを見た周囲の者たちは “また、碌でもない事を言い出すのか” という呆れと共に耳を傾けた。
「この窮状は全て不甲斐ないアルファズのせいだッ、所詮は傭兵上がりに過ぎんな。口惜しいが無駄に被害を出す訳にはいかん、此処は退くぞッ」
「御意に…… 皆の者ッ、外側に抜けて離脱するぞ!」
「「撤収ッ、撤収だ!!」」
喧騒の中で響いた大声が復唱されていき…… 聖戦旅団に属する各隊の攻勢が弱まった直後、最前線で暴れていた黒髪の大男が率いる領軍槍兵隊が間隙を突く。
「正念場だぞッ、お前ら!」
「「「うぉおおおぉッ!!」」」
余勢を駆る数十名の槍兵が猛攻を仕掛け、多少の負傷など厭わずに血路を開いていく最中、人化状態のバスターも片刃の大剣を右肩に担いで敵中へ飛び込んだ。
勢いのまま渾身の力で袈裟に振り抜かれた闘気を纏う刃が煌き、右斜めにいた旅団所属の敵騎兵を鉄鎧ごと切り伏せる。
「うぁ……ッ、うぅ…………」
「ふッ」
さらに大剣の柄から左掌を離しつつも半歩踏み込み、横振りした拳で左側にいる敵騎の馬面を叩いた。
その拳には “衝撃増加” の淡い魔力光が籠められており、程よく脳を揺さぶられた馬がぐらりと倒れていき、手綱を握っていた騎兵は前のめりに落馬する。
「うあぁッ!?」
「まぁ、喰らっとけよ」
叫び声を上げて覆いかぶさってくる相手の顎先目掛け、素早く左足を退かせて半身となっていたバスターが腕の筋肉を瞬間的に膨らませ、軸足に重心を移動させながら腰の捻りも加えた左アッパーカットを放った。
「うがッ、あぁ……」
利き腕ではないと謂えども、鋼の賢者著『剛力粉砕』を愛読する幼馴染から直伝された拳打は相応の威力があるため、綺麗に当たった敵騎兵は意識を手放して頽れる。
「くッ、この野郎!!」
「うぉ!?」
唐突に馬体を割り込ませてきた後詰めの旅団騎兵が咆え、鋭く力強い槍撃を繰り出すも…… 即応したバスターは紙一重の後方跳躍で躱して、麾下の槍兵たちに紛れ込んだ。
僅かばかりの安全を確保した上で、アイシャに任された中隊長の役目も果たそうと周囲を見渡せば、その過程でコボルト由来の優れた聴覚が怒鳴り散らすような声音を拾う。
「くそッ、我らに弓引く背教者どもが近くまで来ているではないか、もっと早く退避できんのか!」
「申し訳ありません、背後にも王国軍の部隊が取り付きまして……」
「御託は良いッ、さっさと蹴散らして来い!!」
怒り心頭で横柄な態度を晒す肥満体の指揮官に苛立ったバスターが低く唸り、手にしていた片刃の大剣を地面に突き立て、補助兵装として剣帯に吊り下げてある長剣の柄を握り込んだ。
戦闘狂的な側面がある狼犬人の心中では “戦士たる者、斯くあるべき” との固定観念があり、それに照らし合わせると戦場で武器すら抜かず、ただ口を動かしているだけの存在など論外でしかない。
未だに忙しなく側近信徒を罵っている相手に向け、筋力強化した腕で振りかぶった長剣に斜めの回転を加えて投擲する。
正直なところ、当たるも八卦当たらぬも八卦といった運任せの一撃は因果応報と言うべきか、日頃から異教徒の首を刎ねる事に勤しんでいた狂信的な宗教家の首元に直撃した。
「ぐぇッ!? い、痛いぃいい! な、何で…… げぼッ」
「ガザリ師ッ!!」
半ばまで刃が刺さった首を押さえた状態で馬上からずり落ち、ガザリ師と呼ばれていた指揮官が泥に塗れて息絶えていく。
それを皮切りにして、退避行動を取っていた聖戦旅団の指揮系統は乱れ、多くの人員を討ち取られつつも四方に逃散していった。
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