銀狼犬、弓兵らしいところを見せる
ただ、王国軍本隊では風に乗ってきた勝鬨に幾ばくかの疑念を感じる士官も多く、その一人である大隊長がダウド将軍に視線を流した。
「この歓声は…… 独断先行したザトラスを含む三領地の手勢でしょうか?」
「そう言ってやるな、陽動自体は作戦の内だ」
“まさか、共和国軍を無視して荒野に先駆けるとは想定外だったがな” と顎髭を擦り、精悍な将軍は乾いた笑い声を漏らす。
なお、放置すれば大廻りしてきた三領軍に強襲される可能性もあり、無視できない敵左翼と中央の一部が誘い出された機に乗じて、ダウド将軍は乱れた敵勢の連接点に本隊を斬り込ませたのであるが……
「敵将のアルファズも歴戦の猛者だ、そう簡単には討たせてくれんよ」
「であれば、偽報の類ですね」
「だが、アイシャたちが敵本陣に仕掛けているのも事実、多少の信憑性を持たせる事もできるだろう。勝敗を気にする傭兵連中には効果があるんじゃないか?」
にやりと口端を吊り上げ、ここぞとばかりに攻撃の手を強める将軍の指摘通り、報酬の支払いが戦争の結果に左右される傭兵らは利に聡い。
もし負け戦と判断したなら、消極的な戦闘に切り替えて損耗を押さえつつ、いつでも逃げ出せるように準備をするのだ。伝統的に傭兵団の占める割合が高い東方諸国の軍隊では、どこぞの銀狼犬がした嫌がらせ行為は割と効果があったりする。
勿論、それは共和国軍を率いる元傭兵のアルファズ将軍も周知しており、苦虫を噛み潰したかのような表情で馬上より指揮を執っていた。
「くそッ、勝手に俺を殺しやがって! 此方もウィンド・ボイスを準備しろッ、すぐに私の健在を報せるぞ!!」
「そ、それが、風絶結界を本陣一帯に張られまして……」
「やってくれるじゃないか、アルメディアの法螺吹きどもッ」
言われてみると周囲は凪いでおり、風属性の魔法が使用できない状況にある。
もっとも、結界を維持している相手より優れた “風使い” なら打破も可能だが、困惑と怯えを覗かせた御付き魔導士の様子では無理なのだろう。
「ちッ、セラム、各大隊に向けて伝令を出せッ」
「了解です、将軍!」
二つ返事で応じた腹心の配下が控えていた伝令兵に細かく指示する最中、アルファズ将軍は忌々し気に直掩部隊と交戦し始めていた王国軍の愚連隊を見遣った。
既に相手方の本隊も左側面から共和国軍を切り崩してきているため、刃を交えながら右翼側に後退するしかあるまいと考えた直後、馬に跨ったまま弓を構える銀髪の傭兵と視線が絡む。
「ちッ、気付かれたか!」
目測で30~40mほど先に垣間見えた敵将を狙い、俺は舌打ちと共に無風の中で二本の矢を連射した。
それらは側近騎兵の合間をすり抜けていき、第一射は上体を捻った相手の肩鎧に弾かれてしまったが、第二射が軽量化された可動部の板金を貫通して太腿に刺さる。
「ぐうぉおおッ!?」
「「アルファズ将軍ッ」」
「だ、大事ない、軽傷だ」
流石に質の良い金属製鎧を着ているのか、そう簡単には深手とならないが…… 先程の矢は特別製だ。
自らの風絶結界により鏃から属性魔力が爆散しない代わりに、たっぷりとバスターの爪先から抽出した即効性の麻痺毒が塗られている。
「ッ、ぐうぅ、こ、これは…… 毒、か?」
「後退しましょう、此処は貴方が命を落とす場所ではありませんッ」
「何の毒か分からない以上、治癒も容易ではないのです」
よろけて落馬しかけた上官を側近や神術師が支え、退避させていく様子を確認しながら一息吐いたところで、前方にいる味方騎兵の数名が焔弾系魔法を受けて落馬した。
「まったく、熱心な事だな」
「ぐぅッ!?」
愚痴りながらも即座に矢を放ち、少し離れた先にいた盾持ち歩兵の頭部を射抜いて仕留めるも…… 生じた隙間は周囲の敵兵に塞がれてしまい、防御陣形の背後に隠れる魔術師たちまで攻撃が届かない。
さらに通常の手段では消せない妹の狐火も、どうやら解呪により鎮火させられるようだ。
「あぅ~、がるぁうぅ (あぅ~、燃えないよぅ)」
「弓兵殿、こいつら小隊規模だが練度が高い!」
「死傷覚悟で吶喊します!!」
「やめとけ、敵将は無力化済みだからな……」
人狼犬の本性を曝け出せば突破口くらい開けられそうなものの、憚られてしまうのでアイシャに向き直り、視線のみで退き際を示唆する。
「むぅ、つまらんが、これ以上は無駄死にを増やすだけか」
血の気は多くても判断はしっかりとしているようで、素直に応じた騎士令嬢は大声を張り上げ、腕盾を構えて防御姿勢となっていた騎兵隊に後退を命じた。
騎馬の後ろ歩きなど遅々たるものだが…… 相手も退避行動を取っているため、消極的に魔法と弓で撃ち合いながらも彼我の距離は開いていく。
そんな折に足並みの乱れた敵勢を突破してきた王国軍本隊が合流し、此方にダウド将軍と側近騎兵らが馬身を寄せてきた。
「大したものだ。血気盛んなハーディ家のお転婆娘がどうやって知恵を付けた?」
「私では無く弓兵殿のお陰だよ」
「何やら興味深いな……」
不意に向けられた視線に肩を竦め、要となる中央部が敗走して瓦解する共和国軍を一瞥する。
「ん、もうひと狩りいくのか?」
「いや、皆も疲弊しているだろう」
嬉しそうに聞いてきたアイシャを窘め、さっきとは逆で自身から将軍殿に視線を移した。
「あぁ、強引な突撃で側面攻撃に晒されたしな…… 追撃よりも先に救援だ」
戦場の流れで不幸にも手薄となった王国軍左翼には敵右翼がしつこく喰らい付いており、風に乗って喧騒が聞こえてくる。
既にナイア平原での大勢は決したが、これも仕事かと割り切って俺達は友軍支援のために騎馬を走らせていった。
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