狼は嘘を吐くものだ
「くッ、まさか背撃とはいえ、敵陣突破をやらされるとは……」
「泣き言を漏らすな、我らの意地を見せるぞッ!」
「「「うぉおおおぉおおッ!!」」」
湧き立つような喊声と地響きが鳴り、マイラス及びセラド両名麾下の騎兵隊が敵本陣と思しき共和国軍の中央目掛け、斜め後方から突撃していく。
「ふむ、あいつらの後方に付いて損害を減らすのも有りだぞ、アイシャ」
「はッ、それで敵将を討てなかったら意味が無いだろう」
「違いない」
不敵に嗤う騎士令嬢に遅れぬよう馬を走らせ、俺もザトラス領の騎兵隊に混じって吶喊する。
やや先行していた友軍騎兵隊に此方が並んだところで前方を睨みつければ、“敵左翼を完全無視して、大外から斜め後方に抜ける陽動” で崩れた連接点へ王国軍本隊が喰い込み、共和国軍の本陣に向けて転進攻勢を仕掛けていた。
(消耗戦になってしまうが、元より短期決戦の本陣狙いでないと勝ち目は薄いからな……)
激しい両軍の衝突により零れ落ちる命に対して、恣意的に現状を作り出した手前、多少の罪悪感は無きにしも非ず。
ただ、そんな感傷に囚われる暇があるなら決定打を叩き込み、いち早く戦闘を収束させてやったほうが人道的と謂えども…… そう簡単には問屋が卸さない。
共和国軍の本陣後衛にいた弓兵二個中隊が三領軍に気付き、焦りながらも弓に矢を番えて射撃体勢に入った。
その射撃が前面装甲騎馬に有効なのは精々100m、一度乗り切れば次を意識する必要がないため、風属性の魔力が纏わり付いた両腕を突き出して全力で叫ぶ。
「隊列の幅を狭めろッ、弓矢が来るぞ!」
「「「了解ッ」」」
なし崩し的にアイシャの補佐をした結果、ザトラス領軍の参謀的な立場にいる事を利用して、騎兵隊に指示を出しつつ “ウィンドプロテクション” の風魔法を発動させる。
突発的に前方で生じた複数の上昇気流が撃ち出された矢を絡め取り、空の彼方へ巻き上げていく様子に騎士令嬢が感嘆の吐息を零した。
「凄いものだな、リアスティーゼの魔導騎士というのは」
「だから、違うと言っているだろう。それに……」
別に俺だけの魔法という訳でもなく、嫌がるのを頼み込んで三領軍の騎馬隊に組み入れ、二人乗りさせて連れてきた風属性持ち魔術師数名のお陰でもある。
本来、突破力のある騎兵と防御系魔法の組合せは有用性が高いものの…… 後衛である魔術師らは当然の如く前線に出てきたがらないし、寧ろそれが嫌だから希少性もあって温存される兵科を目指したのだろう。
「まぁ、祖国の危機ともなれば別だがな」
呟きつつも速度を調整して、弓矢を防がれて動揺した敵弓兵隊に前面装甲騎兵と一緒に突っ込んでいく。
「悲しいがこれは戦争だからなッ」
「くそッ、散開しろ!!」
「駄目だ、間に合わなッ、ぐうぅ!?」
「げはッ」
逃散する敵兵との正面衝突を避けながら馬体で弾き飛ばして隊列に踏み入り、手近な相手を斬撃槍で切り捨てる。
ちらりと周囲を一瞥すると、マリル(偽)や騎士令嬢も卒なく敵弓兵の胸元を長物で貫いており、下手して落馬した一部を除けば騎兵隊の損害は無い。
さらに後続の騎兵たちが残敵を一気呵成に蹴散らした直後、状況に応じて敵本陣の前衛を務める槍兵大隊が下がってきた。
「アイシャ!」
「分かっている、騎乗弓兵らは下馬しろッ」
「くぉん、がぉおるう? (兄ちゃん、馬降りるの?)」
「がぅ、くぁんおるぅおあぁん (いや、狐火を灯しておいてくれ)」
小首を傾げたマリル(偽)の行動を留め、暫しの間隙にマイラスら友軍騎兵隊の一部も下馬した事を確認する。
俄かに徒歩となった彼らは馬体に金具で吊り下げていた弓矢を手に取って構え、密集陣形を取り始めた共和国軍の槍兵隊に次々と射掛けていく。
「ちッ、盾構え!」
「「「ぐうぅ、うぁ…ッ」」」
低く漏れ聞こえてきた呻き声に続き、全長5m以上の長槍を持つが故に大盾を持てない敵兵前列の一角が崩れたものの、後列の連中が繰り上がって隙間を埋めてしまう。
「ッ、御嬢様! 後退射撃の指示をッ」
「いや、此処が分水嶺だ!」
「その通りだなッ、切り裂け、炸裂風弾!」
「がるぉうあぁんッ (こっちもあげるねッ)」
態と逸らして低空へ撃ち出した高密度風弾の外殻が魔力圧で弾け、敵勢の頭上より幾つもの小風刃を撒き散らす。その下ではマリル(偽)が放った複数の狐火が敵槍兵らに纏わり付き、装備ごと身体を焼き焦がしていった。
「「「うぅ、あぁ……ぅ…」」」
「許せ、投擲!」
「「「せいぁああぁああッ!!」」」
裂帛の気合と共にアイシャの指示で前面装甲騎兵たちが主兵装の斬撃槍を投げ飛ばし、敵兵を斃すと同時に隊列も乱して遅滞させ、生じた隙に先程弓兵と化した領兵らが第二射を放つ。
最初の吶喊で落馬した者たちも、動けるならば敵弓兵の骸から武器を奪って射撃に加わり、腰砕けとなった敵槍兵隊の密集陣形を徐々に瓦解させた。
そうして、局所的に優勢となった三領軍が漸進を続けた事により、何とか当初の目的である共和国軍の本陣へ肉迫した俺は大きく息を吸い込み、丹田に蓄積させた魔力を吐き出すように叫ぶ!
「敵将アルファズ、討ち取ったぁああぁああッ、勝鬨を上げろ!(※大嘘)」
「「「うぉおおぉおおぉ―—―ッ!!」」」
どさくさ紛れの偽報は多大な魔力をつぎ込んだ “ウィンド・ヴォイス” の効果にて、敵本陣から戦場の隅々まで風に乗って届き…… 一時的ではあるが、混戦の中にあるザガート共和国軍に激しい動揺を巻き起こし、アルメディア王国軍には烈火の如き勢いを与えていく。
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