ワルキューレの騎行では無く、奇行です
「考える事は同じだな……」
「夜討ち朝駆けも勝利の為なら厭わず、と言った感じでしょうか」
やや鶴翼の陣形気味に展開したザガート共和国の本陣にて、総指揮を執るアルファズ将軍と側近のセラムが言葉を交わす。
その傍に付き従い、使い魔である大鷹の眼を経由して、上空からアルメディア王国の陣容を窺っていた高位魔導士が唐突に呻いた。
「ッ、相手方の右翼に大鷹を寄せたところ、弓矢に撃ち落されました。貴重な鳥の使い魔を早々に一匹失うとは…… 申し訳ありません」
「歴戦の弓兵がいるんだろう、それよりも分かったのか?」
「はい、報告致します」
問い掛けに応じた魔導士によれば、王国軍は横列陣形の両翼で騎兵を斜め後方へ曲げるように配置しており、槍兵や弓兵を直掩にして包囲対策をしているようだ。
さらに戦列の内側に本陣があり、状況に応じて臨機応変な動きを見せるのだろう。一通りの内容を聞いた側近たちが肩を竦め、互いに苦笑いを浮かべてしまう。
「簡単には勝たせてくれそうにありませんね、将軍」
「だが、防御重視の陣形では決め手に欠けよう。何かしらの策を弄してくると見て然るべきだな…… ガザリ師の聖戦旅団が迂闊な事をしないように釘を刺しておくべきか」
顎に手を当てたアルファズ将軍は左翼に伝令兵を放ち、その少し後に銅鑼を打ち鳴らさせて全軍漸進を指示した。
そうして、徐々に交戦の間合いへ近づく共和国軍の姿を馬上より捉え、先ほど目障りな大鷹を射抜いた銀髪の弓兵が嘲笑する。
「はッ、予想通りの慎重さだな」
「うむ、これは引っ掻き廻し甲斐がありそうだ」
とても楽しそうに口端を吊り上げるアイシャに頷き、俺は居並ぶ騎兵たちをぐるりと見渡した。
朝駆けのせいで眠そうに “うとうと” しているマリル(偽)を除けば、先の会戦における敗残兵なれども護るべき王都や、平穏に暮らす人々の命を背負った彼らの士気は高い。
「弓兵殿、貴方が祖国に勝利を齎してくれるなら、身命を賭そうッ」
「此処より一歩も我らの土地を踏ません」
「「「アルメディアに栄光あれッ!!」」」
「うぅ~、がぉおう (うぅ~、五月蠅い)」
放っておくと喊声を上げそうな雰囲気の中、不満げな妹と逸る騎兵らを制していると進軍の銅鑼が鳴り響き、ザトラス領兵が中心となる王国軍右翼も漸進を始める。
それに追随する形でマイラス麾下のルベリア領軍、彼の腰巾着もとい従弟であるセラドのキアルス領軍が続き…… 敵軍左翼のさらに外側、明後日の方向に侵攻していった。
「おいおい、何処に行くつもりなんだ、あいつら?」
「ダウド将軍、もしや敵前逃亡では!?」
「アイシャやマイラス達の性格からして、その可能性は少ないと思うが……」
縁戚関係にある三領地の騎兵と軽装歩兵、凡そ三千数百名による盛大な奇行は王国軍だけでなく共和国軍をも混乱させ、アルファズ将軍の頭を悩ませる。
相手の数が多いため無視する事も出来ず、さらに連中を押さえられるのは配置的にガザリ師率いる左翼の聖戦旅団しか存在しない。
「やむを得ない、ガザリ師に迎撃の伝令を出すぞ」
「というか…… あの馬鹿、勝手に左翼を動かしましたね」
悪態を吐いたセラムが見つめる先、彼我の距離が狭まってきた頃合いで、王国軍の動きに釣られた聖戦旅団が騎馬突撃を開始していた。
ただ、刃を交える前に加速した相手の騎兵隊は戦場から離脱していき、残された槍持ちの軽装歩兵たちが露となる。
「此処で奴らの騎兵を足止めする、お前らの矜持を見せてみろッ!!」
「「「うぉおおおぉッ!!」」」
咆えた黒髪を持つ大男の号令一下、彼の指揮する中隊が先陣を切って吶喊し、相性の悪さから速度を落とした聖戦旅団の騎兵隊に槍撃を繰り出す。
狙うは馬の装甲されていない部分、そこに深々と槍が刺されば暴れた馬から鎧姿の兵達が次々と落下し、体勢を整える前に討ち取られていく。
「くそがッ、ぐぅうう!?」
「はッ、罵声とは余裕だな!」
落馬した敵兵の一人に肉薄しつつも、バスターが両腕の筋肉を瞬間的に膨張させ、力任せに打ち込んだ大剣の剛撃で鉄鎧ごと骨と内臓を潰す。
その直後に斜めの馬上より突き込まれた鉄槍を躱して左掌で掴み、攻撃してきた相手を引きずり降ろして、剣柄を握ったままの右拳で胸元を穿った。
「ぐわぁあッ、あぁ……」
打突に合わせて発動した “衝撃操作” の固有能力により、強烈な振動で鉄鎧の内側から身体を壊された騎兵が力無く斃れたものの…… 敵勢後方から前衛の頭越しに曲射で大量の矢が降り注ぐ。
「ちッ、後退しろ」
「「ぐうぅ!?」」
「「かはッ」」
不運な各領所属の歩兵数十名が矢傷を負って一部落命し、援護のために後詰の弓兵隊も応射する最中、この衝突を契機にして本格的な攻勢を仕掛けていた共和国軍と王国軍が交戦に入る。
その段階に於いて、アイシャと銀髪の弓兵が率いる三領軍の騎兵隊は敵軍中央の左翼寄り部隊を誘い出すことに成功しており、共和国軍の陣形に大きな乱れを生じさせていた。
「何やら想定外だが、これも天祐か…… 中央の端から切り崩す、突撃ッ!!」
「「「うおぉおおおぉッ!!」」」
気勢を上げたダウド将軍麾下の王国軍主力が楔状陣形に移行しながら攻め上がり、側面攻撃を仕掛けてくる共和国軍右翼を凌いで本陣へ迫る。
「ふふっ、良い感じの乱戦じゃないか!」
「さて、征くか……」
ある意味で捨て身の突撃を離れた場所からアイシャと共に眺めつつ、敵方の軽装歩兵隊を振り切った俺達も斜め後方から敵本陣を強襲するため、騎馬を回頭させて一直線に駆け出した。
日々、読んでくれる皆様に心からの感謝を!
誰かに楽しんで貰えるような物語を目指していきます。




