ジョスト!
なお、アイシャ麾下の二個騎兵中隊に属する500余名が扱うのは軽量化を図った斬撃槍で、傭兵時代にサクラから見せて貰った薙刀に近しく、訓練用の木槍も同様の形状をしている。
その一本を取り急ぎ調達してもらった鉄鎧姿の村娘に擬態した妹へ渡した後、幾ら人の皮を被っていても騎兵らの前で “がぅがぅ” 喋りだす訳にはいかないので 、腰元に吊るした魔法銀で造られた念話の仮面を被った。
『馬に慣れたなら、次は馬上で武器を振るえないとな』
「あぅ~、くぉるぅ うぉあがぉうぅ (あぅ~、長いのは好きじゃないよぅ)」
化け狐は可愛らしい借り物の顏を顰めるものの、幼い頃からの鍛錬で俺達は複数種の武器に馴染んでおり、妹も基本的な長物の扱いは修得している。
(常に得物を選べる状況とは限らないし、雑多な武器を理解しておけば対処もし易いだったか?)
昔、親父代わりの傭兵団長殿に言われた事を思い出しつつ、踵を返して少々離れた場所に繋いでいる自分に宛がわれた馬の傍に向かう。
そこに放置していた支給物の鉄鎧と腕盾を装着し、暫く世話になる馬の鬣を軽く撫でてから、手綱を退いて元いた練兵場へ引き返した。
「お、馬上試合でも見せてくれるのか?」
「アイシャ様が連れてきた猛者の手並み、拝見させて貰おう」
「いや、単なる訓練だよ…… すまないが、マリルに盾を貸してやってくれ」
気安く話し掛けてきた精悍な騎兵に頼み込むと、彼は自身が装備していた腕盾のベルトを緩めて解き、馬上で慣らすように木槍を取り廻していた村娘(偽)に近づく。
「嬢ちゃん、これを使え」
「きゅおぅ? (どしたの?)」
「あー、言葉が余り通じないんだったな……」
擬態中の妹に関しては血縁関係を伏せ、元を糺せば森でコボルト達に育てられた野生児だと紹介した事もあり、生い立ちを察して不憫に感じたらしい騎兵の表情が曇ってしまう。
それ故か、外したばかりの腕盾を再度自身の左腕に装着して見せてから、もう一度差し出した。
「わぉあぅう がぅふぁくるぁお♪ (そうやって着けると良いんだ♪)」
「貸すだけだからな?」
可愛らしく微笑んだ村娘(偽)に釘を刺して離れた彼と入れ替わり、互いに騎乗した状態で妹と向かい合う。
『先ずは軽くいくぞ』
「ん、わおぁあん (ん、分かったよ)」
素直に頷いたのを確認した直後、手綱を握ったまま翳している腕盾目掛け、俺は馬身を右斜めに向かせて木槍による強烈な刺突を繰り出す。
「うぅ、くぉん くるぅっ (うぅ、兄ちゃんの嘘つきッ)」
『はッ、油断大敵だ!』
とは謂えども、恣意的に防御が硬い部分に得物を打ち込み続け、馬上での均衡を崩すだけに留めていると、慣れてきた相手は次第に左の腕盾で攻撃を受け流し始める。
多少の余裕が生まれた妹は巧みに馬を繰りつつ反撃に転じ、身体を捻らせた状態から筋肉の発条も活かして、薙刀染みた木槍を首筋に叩き込んできた。
「がう! (せい!)」
『よっとッ』
迫りくる木製の刃を屈みながら構えた腕盾で防ぎ、割と窮屈な体勢にも拘わらず、此方も木槍を突き込んだものの敢え無く防御されてしまう。
さらに幾度か槍撃を交わし合う中で、鋭い二連の刺突を捌き切った瞬間、俺は今まで一度も狙わなかった馬の横腹に手加減した一撃を喰らわせた。
「ブルァア!?」
「うぁッ」
痛みと驚きで暴れる馬に体勢を崩された妹が焦り、上半身を逸らすと同時に手綱も引いて、咄嗟に急制動をかけるが…… 明らかな隙を見逃す筈もない。
鋭く突き出した木槍の刃部分にて鉄鎧で覆われた妹の胸元を小突き、模擬戦での勝利を頂いた。
「う~、がぅる ぐぅおおぅあう! (う~、なんか卑怯な感じがする!)」
『“将を射んと欲せばまず馬を射よ” とも言うだろ』
比喩ではなく直接的な意味合いで、普通に馬を狙われることがあるのを諭して、そこも意識しておくべきだと伝えておく。
まだまだ互いに改善の余地があれども、妹が借り物の盾を返す傍らで地面に降り立ち、馬を引いて放置していたバスターに歩み寄った。
大型犬姿のランサーと仲良く並んだ奴は此方を見ていたのかと思いきや…… 少し離れた場所で繰り広げられていた騎兵突撃の訓練に目を輝かせていた。
「すれ違いざまの一撃で全てが決まるッ、華があるじゃねぇか!」
『確かにお前向きか…… 馬にさえ乗れたらな』
何処か自分もやりたそうな雰囲気を醸し出しているが、前提条件すら満たせていないのが悲しいところであり、念話の仮面越しに俺の言葉を拾ったランサーもしみじみと頷いていた。
「クァウオゥ グァウォオン (幼い頃から不器用だものね)」
「ぐぬぅッ」
「わふぃがるぉおん? (何唸ってんの?)」
『大した事じゃないさ、それより……』
少し遅れてきた妹を促して木剣や木槍、簡素な木棍などもぶつけ合う騎兵連中に意識を向けさせる。
一応、俺と同じくアイシャ直属の騎兵隊に組み入れてもらう予定なので、先ずは並足での突撃から始めて平均的な隊内の水準まで引き上げる必要があった。
『さて、今度はあれをやるぞ、自前の腕盾を取って来い』
「分かったぜ、大将!」
『いや、そうじゃないだろッ』
馬術が望めない事と騎士令嬢の依怙贔屓で、大隊所属の歩兵中隊長を務める事で話が付いているバスターを止め、やや面倒そうな妹と日がな一日騎兵としての訓練に明け暮れる。
ひとり丸まって尻尾に顏を埋め、只の大型犬らしく振る舞う一匹を除いて、いざ王都より出陣となった後も折に触れて研鑽を重ねているうちに…… ダウド将軍率いる一万数千のアルメディア王国軍は決戦の地となるナイア平原に足を踏み入れていた。
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