御家の事情
なお、さり気なく屋内までついて来ようとした大型犬姿のランサーは庭で兵士達に止められ、そのまま彼らに混じって置いてきた荷物の番となっている。
(まぁ、致し方無しか…… 見掛けが犬だからな)
若干の申し訳なさを彼女に対して抱きつつも、何故かいつも見逃される子狐を肩にのせ、黒髪の幼馴染と並んで脇目も振らず廊下を進むアイシャに続いていく。
途中に置かれた調度品や内装は西方様式で揃えられており、ウィアドという人物の性格が窺えた。
「異国から嫁いできた奥方の……」
「いや、屋敷の造りは父の趣味だ」
何度も来訪者から似たような事を言われていたのか、俺の呟きを拾った彼女は身も蓋も無い言葉を被せてくる。
思わず押し黙っている内に三階南角の部屋へと至り、勝手知ったる何とやらで御令嬢が扉の鏡板を騒々しく叩いた。
「入るぞ、父上」
「あぁ、構わんぞ」
室内よりの応答が終わるよりも僅かに早く、彼女は位置的に当主の寝室であろう日当たりの良い部屋に押し入り、派手さは無くとも造りがしっかりとしたベッドに横たわる白髪交じりの男に詰め寄る。
真っ昼間にも拘わらず寝床に居座っている事から、傷病者と思しき父親に対して娘であるアイシャは不服そうに懐から取り出した書状を突きつけた。
「郊外の陣地にマイラス卿の使いが来て、これを残していったが…… 真偽は?」
「遺憾ながら私にも宰相殿の書面が届いている。ただな……」
「御客人を連れてきたのに、自身の要件を最優先するのは頂けませんよ」
血気盛んな娘の行動に言葉を濁した夫の意図を察して、傍らのテーブルでハーブティーを嗜んでいた御夫人、つまりはアレクシウス王の従姉殿が口を挟む。
それにより此方の存在を思い出してくれたアイシャが振り向き、少々ばつが悪い感じで長く綺麗な金色の髪をかき上げた。
「父上、彼らは先ほど拾った猛者だ。大きい方はそのだな、私の婿に……」
「いや、違うだろッ」
黙っていたら話が見当違いの方向へ転がりかねないので突っ込みを入れ、俺に鋭い視線を向けてきた当主と向き合う。
「黒鉄の冒険者でアーチャーと名乗っている。隣の大男は大剣使いのバスターだ。今日はアレクシウス王の遣いとして来た」
「キュウ♪ (やっ♪)」
最近、仔細は分からずとも空気を読めるようになった子狐妹が肩の上で一声鳴き、自分なりの挨拶をすると釣られて御夫人が相好を崩した。
「寝床から失礼する、使者殿。前王の下で国務を司っていたウィアド・ハーディーだ。と言っても戦場で負傷してこの様だが……」
「破傷風の後遺症か?」
碌な治療すらままならない戦地に於いて、兵士達が罹患する病の代表格が破傷風であり、峠を越えても四肢の不具合などが残る事も多い。
それらは聖堂教会や月神教の司祭連中が扱う治癒魔法では改善しない事も頻繁にあるため、寝たきりとなっている現状から推察して確認すれば、彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ご指摘の通りだ…… 王国の大事に不甲斐ない」
「無念の気持ちには痛み入る」
気付いた時には祖国が瓦解していた身なので理解を示しつつも、持参したリアスティーゼ国王の親書を手渡す。
皆が黙して見守る中でウィアドが内容を最後まで読み進め、やや重めの溜息を吐いた。
「アレクシウス王…… いや、あの方に戦争は分からない筈だ。要するに鋼の賢者殿と征嵐の魔女殿はアルメディアが負けると判断したのだな」
「手紙には何が書かれていたのですか?」
従弟である件の王と同色の髪を揺らし、小さく小首を傾げたフィオネ夫人に向け、彼は後遺症の残る右腕でゆっくりと手紙を差し出す。
「これは対応に困りますね、アレクらしいと言えばそうなのですけど」
「好きにしてくれて良い、判断はお前に任せる」
「床に伏した夫を放置して国元に帰れませんよ、後はアイシャですけど……」
「私の事も書かれていたのか、母上?」
鎧姿の娘を一瞥してやや諦めたような表情となった御夫人が他国への疎開について説明すると、想像通りというべきか、手塩にかけて育てた娘は一笑に付してしまった。
「従叔父殿の心遣いには痛み入るが、私に戦わずして退く気は毛頭ない」
「…… だろうな、それなら依頼主へ一筆書いて貰いたい」
街中での遣り取りから本人たちに断られる可能性は十分感じていたので、特に喰い下がること無く次善の策を申し出ておく。
征嵐の魔女ことエルネスタからは相手の意志を尊重するように言われており、断られた場合には返事を預かって欲しいと頼まれているものの、剛毅な娘を見遣ったウィアドは少し意地の悪い笑顔を覗かせた。
「ヴォルフ卿、貴殿はかなりの手練れだと書面に書かれていたし、アイシャが気に入るのはどれも一簾の武人だ」
「待て、持ち上げられても嫌な予感しか無いぞ……」
聞き覚えの無い呼称に首を捻りながら、持参した親書の内容が気になり出した此方に構わず、対面の相手は真剣な表情で見据えてくる。
「この通り、何故かお転婆に育ってしまってな、心配する余り領軍の指揮権を縁戚に預けようと思い掛けていたが…… 貴国の王に一筆書く代わり、次の戦で至らぬ娘の護衛を頼みたい」
麻痺が残り動き難い身体でベッドの上ながらも居住まいを正し、ハーディ家の当主は真摯に頼み込んできた。
今日も今日とて、筆を走らせてますよ~(*'▽')
自身と誰かが楽しめる物語目指して邁進あるのみです、ヒャッハー♪
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