一件落着~♪ By ダガー
「御嬢様ッ!」
「その足を退けろ、下郎がッ!!」
怒鳴り散らした御付きの兵士らが鞘鳴りの音を響かせ、それぞれに得物を引き抜くものの、倒れ伏した騎士令嬢が仰向けのまま一喝する。
「やめろッ、これ以上恥をかかせるなッ」
「「…… 承知致しました」」
苛立ちこそ拭い去ることができなくとも良く訓練されているのだろう。兵士四名は一度構えた得物の切っ先をゆっくりと下げた。
俄かにどよめいた群衆も静まり、人化状態のバスターが踏み付けていた彼女の利き腕から足を退けて、先端部以降は片側だけの鞘に大剣を仕舞おうとした瞬間、起き上がりと同時の一撃が脇腹を浅く抉るように突き込まれる。
「隙あり!」
「ッ!?」
潔さを感じさせる言動から騎士令嬢の繰り出した不意討ちはある意味、勝利への執念に於いて清々しくもあるが……
似たようなことを長身痩躯の幼馴染に鍛錬でやられた経験のお陰か、咄嗟に反応できたバスターは身体を捻って刺突を躱した。
さらに間髪入れず、伸び切った彼女の腕を掴んで力任せに引っ張り、今度は前方へ無様にどさりと倒れさせる。
「うぐぅッ!?」
「活きが良すぎるだろ…… まだやるなら付き合ってやるが?」
「うぅ…… もう良い、貴様になら侮辱されても許そう」
地べたに座り込んだ相手が泣きそうな表情で白刃を鞘へ収めるのに応じて、黒髪の大男も特殊な形状の鞘に黒刃を収め、撲実な右掌を差し出した。
「グルゥワォン ヴォルファウ (私の出番は無いみたいね)」
「がぉうぁ、きゅあうるぅおぉ (そうだな、治癒する程でも無い)」
「ワゥオ~ン♪ (一件落着~♪)」
能天気な子狐妹の声を聞きつつも、無難な範囲での結末に一息吐けば…… 手を借りて立ち上がった騎士令嬢は真剣な表情となり、バスターの顔をまじまじと覗き込んで何度か頷いた直後、鍛え上げられた分厚い胸板へ飛び込んでいく。
「ふふっ、気に入ったぞ! 私の婿にならんか?」
「なぁ、大将、婿とはなんだ?」
「…… 番の事だ」
派遣組のエルフ達から大陸共通語を学んでいるとは言え、知らない単語も多い連れ合いの幼馴染みに教えてやると、腰に廻された彼女の両腕を振り切って密着状態から離脱する。
それにより、訳も分からず盛り上がっていた野次馬たちが鳴りを潜め、肢先だけ白い大型犬を一瞥したバスターの溜息が聞こえてきた。
「すまないが、惚れた相手がいる」
「構わん、アルメディアは一夫多妻も認めているからな、是非紹介してくれ… っと、私が言えた義理では無いな」
態度を急変させた御令嬢に対して護衛兼配下の兵士らが微妙な表情で歩み寄るのに合わせ、俺達も当事者の傍に向かう最中…… 聞き捨てならない台詞が飛んでくる。
「改めて名乗らせて貰う、ザトラス領主ウィアド・ハーディの娘、アイシャだ」
「何、だと……」
予期せぬ名乗りに呟いた此方を見遣り、依頼の対象となるアレクシウス王の従姪は人懐っこく微笑んだ。
「銀髪の弓兵殿、良ければ貴殿と御友人の事も教えて欲しい」
「アーチャーと呼んでくれ、そっちはバスターだ」
「ん、了承した」
これから訪問する先の御令嬢を無視できないため素直に応えると、上機嫌なアイシャは先程まで対峙していた相手に向き直り、健康的な小麦肌の右掌を差し伸べた。
訝し気な視線を受けながらも、彼女は悪びれずに言葉を紡ぐ。
「バスター殿らは流れの傭兵だろう? 当家に雇われて欲しい。勿論、そっちの子狐と犬も連れてきて良いぞ」
西方諸国の服装や防具から流れ者と判断したのか、既に何処かの傭兵団に属していても因果は薄いとみた騎士令嬢が引き抜きを掛けてくるものの、個人単位での勧誘を受けるなら雇われ兵と言うよりは私兵の類だ。
恐らく領軍内部ではアイシャの側近扱いとなる故、高く買っているのだとしても…… 態々、アルメディアの王都まで来た目的と異なるため、誘われたバスターが問い掛けるような視線を向けてきた。
「すまないが、俺たちは傭兵では無くリアスティーゼ王国から来た冒険者だ」
「奇遇だな、その国とは縁があるぞ」
「親父殿に王の親書が送られるくらいだからな」
懐から取り出した豪奢な手紙を受け取った彼女は従えた兵士らに見守られつつ、押された刻印を矯めつ眇めつ眺めた。
「如何ですか?」
「我々には判別が付きませんので」
「ふむ、私の従叔父殿が好んで使う刻印だ…… 貴殿ら、実は魔導騎士なのか?」
軽硬化錬金製の手盾が破砕された際、バスターの大剣が一瞬だけ衝撃増幅の魔力光を帯びていた事から、何やら見当違いしたアイシャに首を振る。
「いや、依頼を受けた三流の冒険者に過ぎんよ」
「むぅ、それにしては強すぎるじゃないか」
不覚を取った言い訳をさせてくれという表情で、大柄ではあれども美しい金髪碧眼の御令嬢が頬を膨らませ、拗ねるように踵を返した。
既に蚊帳の外から騒ぎを眺めていた群衆も散り出しており、彼女は普段通りに戻っていく街並みを歩き始める。
「屋敷へ案内しよう。付いて来てくれ」
「あぁ、宜しく頼む」
出会い頭の諍いはあったが…… 無事に丸く収まり、先んじて既知ができた剛毅な御令嬢の背を兵士達と一緒に追い、王城に近い諸侯用の街区に建つハーディ家の邸宅へ足を踏み入れた。
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