騎士令嬢とコボルト達
ただ、旧知の人物は戦場で受けた重傷を拗らせ、治癒魔法を施したにも拘わらず、右腕や左脚が麻痺して動かないのは事実である。
故に軽率な擁護などできないため、溜息した将軍は場の対応をシャーディ宰相に任せた。
先代の崩御に伴って幼いアーディル王が即位して以降、野心を持ち始めていた宰相だが…… 政治的混乱の隙を突いて侵攻してきたザガート共和国に大敗した事で、既に目が覚めているだろうと黙して成り行きを見守る。
「……その件に関して、療養中のウィアド卿は麾下の将兵に領軍を任せるそうだ」
「愚かしいな、旗頭の領主がいなければ士気は上がらないぞ」
「いざという時、此方が被害を受けるのも御免被りたい」
露骨な態度で反発したマイラスやセラドの主張にも一理あり、領主不在だと兵卒達の士気に陰りが出てしまい、窮地に於いては瓦解する可能性も否定できない。
されども縁戚関係にあるのを逆手に取り、どさくさに紛れて自分達の軍勢を嵩増しさせたいという願望は透けて見えていた。
欠席裁判染みた軍議で望み通りの裁可を得ようと、熱く持論を語り出した二人は諸侯の一部と取引していたようで、徐々に同調するような意見が出始めてダウド将軍は眉を顰めてしまう。
(これも致し方なしか……)
件の領主ウィアドは先王の寵臣として国務を司り、西方諸国の統治手法や文化を積極的に取り入れてきた経緯から、実は多数の諸侯に警戒されていたりする。
付き従ってきたザトラス領の兵卒達には気の毒なものの、場の意見を尊重したシャーディ宰相が最終的な判断を下し、身体麻痺を患う彼の軍勢は分割されて他領に組み込まれる運びとなった。
その趣旨は彼が所有する屋敷へ取り急ぎ伝えられ、翌々日には意気揚々と遠縁の領主二人が手勢を引き連れて、王都郊外に構えられた陣中を訪問したのだが……
片刃の大剣を背負った黒髪の大男と、野性的な銀髪の弓兵を従えた鎧姿の御令嬢が立ち塞がり、早々に彼らの行く手を阻んだ。
「女だてらにその姿は頂けないな、アイシャ殿」
「……一体、どういうつもりだ?」
怪訝な表情のマイラス達に不敵な笑みを向け、特段に背が低い訳でもない二人よりも長身の騎士令嬢が毅然と言い放つ。
「我が父ウィアドに代わり、私がザトラス領軍を率いる事になった」
「馬鹿を申すな、小娘如きが陣頭に立つなど」
「ふむ、常日頃の研鑽を重ねているからな、貴殿らよりも遥かに強いと自負しているが? 文句があるなら力で私を屈服させてみろ、有象無象の雑魚ども」
「貴様ッ、言わせておけば!!」
冷ややかな薄ら笑いに触発されたセラドが一歩詰めて右掌を伸ばし、アイシャの肩鎧を掴んで引き寄せながら睨みつけた直後、初動に反応していた黒髪の剣士が横合いから半身を割り込ませる。
何気なく振るった左腕で不埒者の右腕を払い除ければ、鋭い眼光と巨躯に気圧された相手が先程より少し離れた位置まで後退り、今度は敵意と怯みが混在する複雑な視線を向けた。
「落ち着けよ、あからさまな挑発に乗っても雄の格を落とすぞ」
「むぅ、バスター殿は格好良いなぁ…… 私の婿にしてやろう♪」
艶やかな微笑を浮かべて摺り寄ってきた薄い褐色肌の御令嬢に困惑しつつ、人に擬態していても中身は狼交じりの犬人に過ぎない大男が振り向き、嫌そうな顔で銀髪の弓兵に助けを求める。
「…… 何とかしてくれ、大将」
「つれない事を言ってくれるな、自分で言うのも何だが…… 少しばかり背が高くとも、私は美しい部類だと思うぞ?」
幾ら見目麗しくとも女性の平均身長を余裕で上回ると嫁の貰い手が無いのか、なおも口説き続けるアレクシウス王の従姪アイシャ・ハーディを見遣り、俺は思わず溜息を吐いた。
保護対象に含まれる娘が色々と想定外だったのは兎も角、呆気に取られた客人達を放置する訳にもいかず、未だ伝えられていない肝要な事柄に言及しておく。
「指揮権の継承に関しては今朝方にダウド将軍の了承を得ている。もう直ぐ宰相殿も追認してくれるだろう」
“無駄足だから早く帰れ” と言外に滲ませたところで、聞き齧った特徴からマイラスと思しき人物が我に返って胡乱な視線を向けてくる。
「アイシャ殿、この御仁は?」
「あぁ、リアスティーゼ王国のアーチャー・ヴォルフ卿だ」
問い掛けられた御令嬢が言葉にした通り、どうやらエルネスタの依頼を引き受けて直ぐに爵位授与の手続きが成されたらしく、俺はイーステリアの森を治める領地貴族だと持参した親書の中で紹介されていた。
(それにしても、安直な姓を付けてくれたものだな)
自身も人の事は言えないのを棚上げしつつ、慣れない呼び名に応じて会釈をする。
「縁あってハーディ家に助力する次第となった。納得できない部分も今回はあるだろうが…… 轡を並べて共に戦う仲だ。水に流して貰えると有難い」
「つまりは貴殿の個人的な参陣か…… 遠路はるばる不利な戦に飛び込んで来るなど物好きだな、勝手にすると良い」
台詞とは裏腹に対外関係を若干意識した様子のマイラスが反転し、もの言いたげな従弟のセラドを促して手勢と一緒に自陣へ引き上げていく。
次第に遠くなる背中を見送りながら、俺は昨日の顛末を思い出していた。
……………
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長く更新を続けていると色々ありますけど、完結まで止まりませんよ( ╹◡╹)ノ
自他ともに楽しめる物語を目指して精進あるのみです!




