アルメディア王国の内情は?
そうして、数日振りの陸地を踏みしめた俺達は途中に寄港した時と同じく、やや陰鬱な表情で波止場に留まって小休止を取っていた。
狼交じりの犬人になってから、初めての航海を経験した訳だが…… どうやら傭兵時代と異なり、随分と船酔いし易くなったらしい。
(そもそも、森林種のコボルトだからな…… 体質的に弱いのか?)
バスターに至っては体調不良で化けの皮が剥がれ、犬耳が生えたマッチョな大男になっていた瞬間も何度かあり、偶々目撃した船員に流行りのアクセサリーだと誤魔化したくらいだ。
今も船を降りたばかりの奴はぐったりと項垂れ、俺や妹よりも重症なように見えている。
「グルォ、クルァウオゥウ、ガオゥ? (皆、顔色が優れないけど、大丈夫?)」
「わおぉう、くぅあうぅ…… (余裕だな、ランサーは……)」
船酔いが徐々に醒めていくのを待ちつつ、一人だけ元気なすらりとした毛並みの良い大型犬に視線を投げた。
恐らく彼女だけ無事だったのは体内に宿した聖属性魔力の賜物で、船上で度々吐き気に襲われて、食事も満足に喉を通らなかった身としては羨ましい限りだ。
そう考えていたのはバスターや子狐妹も一緒のようで、若干のジト目を向けて愚痴を零す。
「うぷッ、るぁあおうぅあぅ (うぷッ、納得がいかねぇぜ)」
「ウゥ、ガァアウ~ (うぅ、ずるい~)」
「グォアウゥ オルアァン…… クゥ、グルァ
(そんなこと言われても…… ねぇ、ボス)」
困惑気味に此方を窺ってきたランサーに頷き、彼女以外の仲間が復調するのを待って街中へと足を運んでいく。
元々、旧アトス王国は地理的な要因から西方諸国の文化的影響を受けてきた歴史があり、現在の街並みは記憶にあるよりも東西融和を前進させていた。
然程離れていない距離にも拘わらず、月神教寺院の丸屋根と聖堂教会の尖塔が並び建つ風景を眺め、何やら時の移ろいを感じてしまう。
「はッ、俺もロートルだな……」
主観的にはイーステリアの森に生まれて三年程度しか過ぎてなくとも、実際は四半世紀も経過していた事を理解して少しだけ寂しくなった。
期待していた祖国の雰囲気と多少の差異を感じながら、東西の人々が入り混じった大通りを進み、取り敢えずは今夜の宿を探す。
子狐なら割と咎められずに持ち込み可でも、大型犬は部屋に連れていけないため、馬車用の中庭で過ごしてもらう事になるのだが…… 当の本人は嫌そうな表情を浮かべた。
「グルゥ ガォファ…… ガゥ、クルァアン
(私だけ疎外感が…… まぁ、良いけどね)」
すたすたと庭端まで歩き出したランサーと一時的に別れ、女将に前払いの代金を渡して借り部屋へ入った途端、骨格をボキボキと鳴らしてバスターが本来の人狼犬に戻る。
「ガルゥ、ヴォルアガルオゥ (やはり、自然体が一番だな)」
「だろうな、俺もそうだ」
一応、他の連中に見られないように厳重注意してから、俺は肩に子狐を乗せたまま再び表通りに出て雑踏へ繰り出す。
以前、荷物運びの依頼で荒稼ぎしていた時の伝手で買い付け、西方諸国から遠路はるばる持参した大袋入りの模造宝石…… つまり、色彩豊かな硝子の結晶を売り捌くためだ。
これの加工技術に関しては東方諸国が後塵を拝しており、装飾品用の具材として高値で売れたりする。
(ふっ、機会は活かすべきだからな…… 少し稼ぐとするか!)
(何か美味しいもの探して、兄ちゃんに買ってもらお♪)
微妙に思惑は違えども、銀髪の偉丈夫と子狐が兄妹揃ってほくそ笑んでいた頃…… 港町から少しだけ離れたアルメディアの王都エディルでは、有力な寵臣達が王城の一室に集まり、幼過ぎる王の預かり知らない場所で軍議を行っていた。
「ふむ、此方が敗走から立て直しつつある時期に動きよるか……」
「だからだよ、シャーディ宰相」
さも当然とばかりに古参の将軍ダウドが大きな肩を竦め、王国側がしているようにザガート共和国も商人などに扮した密偵を放ち、敵対勢力の内情を集めている筈だと言外に告げた。
「まぁ、当然だな…… それよりもどう見る?」
「運び込まれた物資の量や攻城兵器、敵将の性格から判断して狙いは此処だろう」
周辺都市や町の住民に被害を出さないという点では好都合でも、王都が落ちれば国が滅び、やがて多くの人々が不当な扱いを受けるのは明白だ。
「迎え撃つとすればナイア平原、布陣は……」
卓上に広げられた近郊の地図を指差し、シャーディが各地より集結した軍勢に見立てた駒へ手を伸ばしたところで、黙していた領主たちの一人から声が掛かる。
「宰相殿、先に伺っておきたい事がある」
「どうした、マイラス卿」
「負傷して床に伏したウィアド卿の領軍を再編する話は?」
「そうですね、私もそれを知りたい」
神経質そうな痩せた男の言葉を受け、その従弟で隣接地の領主セラドも同調する。
先日の軍議で彼らは遠縁にあたるウィアドが参陣できる状態では無いのを理由に麾下の騎兵二個中隊、槍兵二個大隊、弓兵一個中隊などを自軍に組み入れようと画策していた。
(大方、盾代わりに使って自領の損耗を抑えたいんだろうが……)
国の興亡が掛かる一戦にも拘わらず、既に先を見据えているのを逞しいと思えばいいのか、呆れるべきかとダウドは内心で溜息を吐いてしまった。
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