小競り合いと謂えども、街中での私闘は……
「キュア、ワゥア~ン♪ (やった、お肉だ~♪)」
「大将、ちょっと量は多いが昼飯確保だぜ」
「待て…… そう単純なものでも無いだろう」
引き締まった筋肉を見るに良質な巨牛ではあるが、こんな街中で野良という事もない筈なので、止めを刺しに行こうとしたバスターとご機嫌な妹を止める。
「大方、闘技場で飼われていたんだろうな」
自ずと無難な考えに至ったところで、人間に擬態してなお優れた犬人族の聴覚が駆け寄ってくる二人分の足音を捉えた。
反応して振り向く最中、何故か吹く風に紛れて街中では有り得ないGの匂いが漂ってくる。
「…… くぅあうぉ ぐあぉう がぁるぉあうぅ
(…… ランサーとダガーは少し下がっていろ)」
「ウォルクアゥ、グルァ (気をつけてね、ボス)」
獣姿の二匹に声掛けしつつ投げた視線の先、剣戟の間合いの外で浅黒い肌をした銀髪の大男が立ち止まり、僅かに遅れてフード付き外套と鉄仮面で正体を隠した長身痩躯のゴブリンが追いついた。
微かに覚えのある匂いに加え、特徴的な体格と腰に帯びた大小二本の刀で因縁がある連中を思い出すと同時、向こうも敏感な小鬼族の嗅覚で俺達に気付く。
「ギギゥッ、ギャゥル グゼスギゥラ ガルギアス!
(ブレイブッ、こいつら群れを襲った犬どもだぞ!)」
「あぁ、分かっている」
言うが早いか、腰の剣帯から抜刀して小鬼族の双剣士が地を蹴った。
僅かに対応が遅れたものの、手が早い相棒は此方にもいる訳で…… 強弩で放たれた矢の如く、大剣を横構えにした黒髪の大男が低い姿勢で飛び出す。
「ぐぅるああぁッ! (G即斬ッ!)」
「ギャオゥッ (くそがッ)」
豪快に振り抜かれた大剣が襲撃者の太刀を弾き飛ばして胴体まで切り裂こうとすれども、小鬼族の双剣士は刀身の峰に小太刀の腹を添え、両腕で重い一撃を受け止めた。
ただ、人化状態でも筋骨隆々なバスターの膂力を留める事は難しく、体勢を崩される前に辛うじて飛び退く。
その間隙を縫って入れ代わるように銀髪の大男(多分G)が近接し、攻撃後の僅かな硬直を逃すこと無く、手にしたクレイモアを薙ぎ払った。
「うぉおおッ!?」
「退け、バスターッ」
よろけながらも引き戻した刃を立て、紙一重で防御した幼馴染みの相棒を下がらせ、今度は俺が曲刀を右手に握り込んで吶喊する。
銀髪の大剣使いは得物を正眼に構え、渾身の力で繰り出した斬撃を凌いだが、それは狙い通りに過ぎない。
「おらぁあッ」
「なッ!?」
互いの刃が交わった瞬間、相手が持つ大剣の側面を狙って、魔法の旋風が纏わり付いた左拳のフックを叩き込んだ!
さらに衝撃と風圧で剣身が真横に倒れて露となった顎下目掛け、曲刀の柄を保持したままで、右拳のアッパーを喰らわせる。
「ぐうぅッ」
口端から血飛沫を飛ばした銀髪の大男が連続して飛び退り、追撃を防ぐため長身痩躯の双剣士が前に出たのに合わせて、片刃の大剣を担いだバスターが隣に並んできた。
「奴ら微妙に強くなってないか、大将?」
「確かに厄介だな…… 」
「ギッ、ディラズレイグァ (くッ、忌々しい奴らだぜ)」
「ゼズ、ギィウ ヴァルゼクト (だが、これは天与の機だ)」
嗤うように口端を歪めて言い放った銀髪の大剣使いに呼応し、小鬼族の双剣士が両手の得物に紫電を宿らせて駆け出した刹那…… つんのめって顔面から石畳に倒れ込む。
「ぶべぁッ!?」
無様を晒した双剣士の左足首には銀糸の束が巻き付き、その延長線上にはシュヴァルク領の廃村で遭遇した黒髪緋眼の娘がドレス姿で佇んでいた。
「私が人命救助している間に遊んでいたとか、随分と良い身分ね」
「ギウァアルッ、アゼレ!! (何しやがるッ、楓!!)」
座り込んだ状態で怒鳴る小鬼族の双剣士に追加の拘束を施し、すぐ傍まで歩んだ彼女は冷ややかに言い放つ。
「街中での私闘は重罪よ、私まで巻き込む気?」
「ギゥッ、ヴァゼスレティアド! (はッ、知った事じゃねぇよ!)」
「…… ヴァリの村を滅ぼした連中だぞ、退くわけにはいかなッ、うおぉ!?」
鋭く睨みつけた銀髪の大男が同胞を縛る銀糸を断とうとするものの、石畳の隙間から噴き出した大量の蜘蛛糸が全身を縛り付けた。
「弱肉強食は自然の摂理、貴方達も相応に殺めてきたはず……」
「理屈で収まるものかッ、糸を解け!」
強引に藻掻いても、纏わり付く糸を振りほどくこと叶わず、咆えた大男はかえって雁字搦めになっていく。
それでも闘志を衰えさせない様子に溜息して、楓と呼ばれた娘は此方へ深い緋色の瞳を向けてきた。
「うちの連れ合いが失礼したわね、いつかの銀狼さん」
「むぅ、分かるのか?」
「えぇ、どんな姿形でも魂の色彩や器は変わらないから」
「…… そうか」
相変わらず底の知れない相手に逡巡しつつも、無力化された変異種の小鬼二匹を一瞥する。
当面の危機は無さそうな事もあり、彼女に対する敵意が無いと示すため向けていた曲刀の切っ先を一旦下げ、片手のハンドサインでバスターにも大剣の刃先を降ろさせた。
「ん、退き際を理解しているのは賢明だわ」
「あぁ、“魂を喰らいしモノ”と事を構える趣味は無いからな」
「あら、悪名も偶には役立つものね」
先程の言動に加え、蜘蛛糸を繰る黒髪緋眼の大和人という組合せで七つの災禍の化生に思い至り、揶揄混じりの言葉を返せば素直に肯定されてしまう。
(まさかな…… いや、あり得るのか?)
やんわりと微笑む彼女と喚く変異種のゴブリン達に視線を投げれば、先程の巨牛を追って来たのか、街路の向こう側から衛兵や魔術師たちを引き連れた貴族が小走りに駆けてきた。
「ウォウァアゥ (此処までね)」
「ガオァ クヴァルアウゥ? (人が集まってきたよ?)」
足元に歩み寄ってきた獣姿の妹たちが言う通り、一連の騒ぎに収拾が付いた事により、街人らも戻り始めている現状で長居は無用だ。
「…… 退くぞ、バスター」
「分かった」
「魔獣の足止めに感謝するわ。また縁があったら会いましょう♪」
軽く頭を下げた蜘蛛糸の娘に見送られ、鞘に刃を納めた俺たちは路地裏に入り、人目を避けて都市郊外へと向かう。
少し想定外の出来事はあったが…… 大剣を新調した後は然したる問題も無く港町ヴェネアへ辿り着き、そこからは船で海路を進む事になった。
なお、狼交じりの犬人になってから初めての乗船という事で、アルメディア王国の港町に着くまで船酔いして苦しんだことも言及しておこう。
日々、読んでくれる皆様に心からの感謝を!
誰かに楽しんで貰えるような物語を目指していきます。




