街角の闘牛士
「これは…… ダマスカス鋼製のサーベルか」
人化して紛れ込んだ都市の武器屋にて、無駄に高すぎる片手剣に俺の興味が沸き、豪奢な鞘から少し剣身を引き抜いて感嘆する。
木目模様の刃は産地が限定される特殊な鉄鉱石や木炭、生木などを坩堝に入れて製鉄されたダマスカス鋼の証左だ。
(前世の傭兵時代は喉から手が出るほど欲しかったな…… いや、今も普通に欲しいけど)
ちらりと羊皮紙片に書かれた値段を二度見したら、周囲の武器より桁が1つ多い。
「お、銀髪のお兄さん、御目が高いね! ヴェロナでも著名な鍛冶師が東方由来の素材で打った逸品だよ」
「確かにモノは素晴らしいが、値段的に高嶺の花だよ」
冷やかしに過ぎない事を歩み寄ってきた店員に包み隠さず伝え、鞘に納めた特注品の武器を棚へ戻す。元々、買い付けに来たのは自身の片手剣では無く、バスターの折れた大剣の代替品だ。
肝心の奴はと言えば…… 先程から軽硬化錬金製の大剣と、武骨で重量感のある片刃の大剣を見比べて唸っていた。
「振り易さ優先か、一撃の重さに拘るか…… 大将ならどうする?」
「俺に聞いても参考にならないだろう、戦い方が手数と速度重視だからな」
此方に聞かず “自分で決めろ” とは言ったものの、値段は圧倒的に軽硬化錬金製の方が高いため、黒髪の大男に擬態した幼馴染みがもう一方を選ぶことに内心で期待する。
暫く待っていたら、時間を掛けて悩み抜いたバスターが何かに気付き、やや不敵な笑みを浮かべた。
「よしッ、両方買って一本は予備に……」
「勿論却下だ、嵩張る上に資金的な負担も大きい」
「ぐぬぅ…… じゃあ、こっちを買ってくれ」
そう言って掲げて見せたのは結局、折れた愛剣に近しい重量感がある片刃の大剣だった。
普通の戦士が扱うには少し重過ぎれども、筋骨隆々な大男には丁度良いのかもしれないと思いつつ、控えていた武器屋の店員に購入の意図を示す。
「あれを買わせて貰おう、ディオル硬貨は使えるのか?」
「その換算なら、金貨3枚になります」
一般的な都市労働者が稼ぐ月収の半分を超える金額だが…… 相場通りの値段だと判断して、アレクシウス王の胸像が裏面に刻まれた金貨を革袋から取り出して支払った。
なお、グラエキア王国は多数の港を有する交易国家なので、流通経路に位置する都市では主要国の通貨を使用できる店舗も多い。
どうやら此処も該当しており、両替商にまで出向く手間と手数料が省けた。
(まぁ、食べ物の露店でもディオル銅貨を使えたぐらいだからな)
ただ、子狐妹に買い与えた串焼き肉の効果は限定的なため、軒先で待つのに飽きた妹が余計な事をする前に、真新しい大剣を鞘ごと付属のベルトで背負ったバスターと店外へ出た。
「クォン、クァアン~♪ (兄ちゃん、お帰り~♪)」
「ルァアウ…… グルォアァアン (買い物は…… 終わったようね)」
片刃の大剣を見遣り、大きな犬姿のランサーがむくりと腰を上げて近寄る中、彼女の背を踏み台にして跳躍した子狐がしがみついてよじ登ってくる。
いつもの事なので好きにさせてやり、定位置の右肩にべちゃりと乗っかったことろで、旅路に戻るため郊外へ向かって歩き出したのだが…… 俄かに後方が騒々しくなっていく。
「ブルォアアァッ!!」
「「きゃああぁッ」」
「嘘だろッ、何で街に魔物が!?」
「闘技場から逃げてきたのか!」
聞こえてきた物騒な言葉を無視できずに振り向けば、全高3mを超える巨牛の魔物が大通りから街角へ唐突に現れ、曲がり切れずに身体の一部を建物に擦り付けていた。
「うあ……ッ、あ……あぁ」
運悪く若い女性が巨躯と壁面に挟まれ、血反吐を撒き散らすのが微かに見えた直後、苛立った興奮状態の巨牛が此方へ視線を転じる。
「がるぅ、うぉあおぅぐるぅわぉん! (はッ、試し斬りに良いじゃねぇか!)」
「…… 相変わらず、血の気が多い奴め」
面倒なのでそっと脇道へ身を隠そうとした俺と異なり、口端を釣り上げて獰猛に嗤ったバスターが抜剣して、購入したばかりの大剣を正眼に構えた。
仕方が無いので曲刀を引き抜くと、肩から子狐が獣化状態のランサーの背中に飛び降り…… 身体を揺すった彼女にすげなく振るい落とされてしまう。
「キャン!? (ひゃん!?)」
「グァウ グルゥアォオァン (偶には自分で歩きなさい)」
そんな遣り取りを聞き流している間にも、俺たち目掛けて力強く加速してきた巨牛の魔物が頭を下げ、鋭い大角を正面に向けて突進してくる!
「グォオオォオォオォ―――ッ!!」
「「ふッ!」」
若干、声を被らせつつも阿吽の呼吸で斜め前方へ散開して、互いに強烈な猛牛の突撃を躱しながら、すれ違いざまに左右の前肢を斬り抜けた。
「ッ、ブォアァアァ!?」
「ぐッ、硬ぇぜ……」
「あぁ、それでも手応えありだな」
魔獣の強靭な筋肉が鎧代わりとなって太い骨の切断まで至らなかったが、 両方の前肢を深く切り裂かれた相手は勢いのままに倒れ込み、石畳に血痕を残して上滑りする。
転倒時に頭部を強打した影響なのか、脳震盪を起こした様子の巨牛が力なく横たわり、身体を小刻みに痙攣させていた。
日々、読んでくれる皆様に心からの感謝を!
誰かに楽しんで貰えるような物語を目指していきます('◇')ゞ




