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銀毛の狼犬人が向かう先、Gの影あり



後に狼混じりのコボルト達が向かう(くだん)の都市では、今日も今日とて命を懸けた娯楽が闘技場内で取り行われていた。


一応、誤解が無いように言及するなら、聖堂教会の総本山と結びつきが強いグラエキア王国では闘士の降参を認めており、勝敗が決まった後の殺害行為も禁じられている。


つまり、死人が出にくい運営を教会及び聖職者から求められている訳だ。


こうなると冒険者や傭兵など人同士の戦いは兎も角、相手が手加減を知らないゴブリンなどの魔物である場合、彼らは刃引きした得物を持たされて格上の対戦者に無謀な戦いを挑まされる事が多い。


だが、無様な敗北を期待された魔物達も高額を投じて手に入れた資源なので、単に使い潰されるだけの存在に(あら)ず、貴重な悪役として扱われる側面も持つ。


実際に不用意な殺害自体が禁じられ、闘技場の運営に多大な貢献をした魔物ならば、穏やかな余生を与えられる事もあった。


そんな中でも数日前から都市民を熱狂させているのは遥か極東の島国大和(やまと)より訪れたと(うそぶ)く、黒髪緋眼の御令嬢が保有する式神、小鬼族の双剣士ソードだ。


青白い肌と二本角を持つ長身痩躯の鬼人モドキが地下の控室より移動してくると、本日一番の試合に数千人近い観客が湧き立つ。


彼らより豪華な特等席に座して片肘を突き、満足そうに眼下へ視線を落とすのは闘技場の支配人から成り上がった行政官アベラルド伯で…… 近くには見目麗しく化けた鬼蜘蛛や、角を隠した小鬼族の元勇者も着座していた。


隣の美女が人族の天敵とされる “七つの災禍” が一柱、“百万の魂を喰らいしモノ” とは露知らず、でっぷりと太った都市ヴェロナの権力者は機嫌良さげな声を掛ける。


「民草の反応は上々で人入りも良い、(かえで)には感謝せねばな」

「いえ、此方(こちら)こそ無理を飲んで頂き、感謝に尽きません」


屈託なく向けられた笑顔に年甲斐も無く照れてしまい、アベラルドは顔を()らしてバツが悪そうに頭を掻く。


「実はな、最初に出した条件を達成できるとは思ってなかった。儂としては珍しい魔物が手に入る機会と考えたに過ぎん」


「ふふっ、貴方の傲慢さと誠実さを利用させて貰いました♪」

「これでも為政者(いせいしゃ)だからな…… 若い頃と違って軽率な行動はできんよ」


かつては立身出世のため違法行為なども平気でしてきた彼だが、いざ都市の頂点に立つと守勢に入ってしまった事を自覚して、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


因みに某共和国(フィルランド)に属する貴族(ラドクリフ)の書いた紹介状を持参した楓がアベラルドに求めたのは、自身の式神と強弁したソードを含む皆の滞在許可に加え、当面の資金確保を目的にした闘技場への短期参加である。


要望を聞いた彼が出した条件は闘技場の試合で一勝する事、もし負ければ珍しい鬼人モドキの所有権を譲る約束もさせた。


勿論、対魔物戦の規定に従って刃引きした短剣一本を持たせ、恥も臆面も無く “銀” 等級の手練れ冒険者を(あて)がったのだが……


油断があったのか、開始直後にソードが繰り出した迅雷の一突きを躱しきれず、潰れた刃が(まと)う紫電で意識を飛ばされてしまった。


思わず女性客の一部が悲鳴を上げ、倒れた冒険者が魔物に惨殺される光景を幻視すれども、楓に殺すなと厳命されていた事もあって舌打ちしたソードは(きびす)を返す。


何処か理性を感じさせる風変わりな鬼人モドキの背中には拍手が送られ、その出来事が以後の人気を決定づけた。


ただ、本人は未だアリーナで微妙な表情を(さら)しており、死が身近にあった弱肉強食の幼少期から共に生き残ってきたブレイブは相棒の心中を察する。


「…… 偶には良い酒と(さかな)を見繕ってやるか」

「そうね、宿部屋で飲む分には絡まれても問題ないわ」


既に楓もソードの酒癖の悪さは経験しているが、文化的な生活に必要な金銭を稼いでくれている以上、感謝と労いを以って甘受するのは(やぶさ)かでも無い。


もっと言えば、人が集まり易い街道都市だけあってヴェロナの食文化は花開いており、彼女自身も様々な料理や酒を連日楽しんでいた。


「大河で穫れた白身魚の酒蒸しも良かったけど、今日の気分は肉かしら?」

「なら、買い出しに行った際、酒場で見掛けた馬肉の煮込み料理が良いな」


「ん、確か此処の郷土料理だったわね…… 良い匂いも漂っていたし、この機に食べておきましょうか」


軽く微笑んだ彼女に応え、浅黒い肌の大男が長い銀髪を揺らして頷く一方、渦中のソードは遅れて入場してきた対戦相手へ半眼を向ける。


視線の先に立つ拳闘士は幾つかの円月輪を腰元に吊るし、不敵な笑みを浮かべて試合開始の銅鑼(どら)を待っていた。


「はッ、魔物風情が調子に乗りやがって、血だまりに沈めてやるぜ」

「魔物モ…… 闘技場ノ資産、無為二殺ス、駄目ナ筈ダロ?」


「うぉ、喋れんのかよッ!? まぁ、手が滑る事もあらぁな」


やや動揺して両手に投擲武器を握り込んだ拳闘士リナルドに呼応し、小鬼族の双剣士も右鉄剣を左脇に廻しながら、左鉄剣を斜に構えた。


二本とも刃引き済なので締まらないところだが…… 双方準備が整ったのを見計らい、一瞬の静寂を破る様に戦いの銅鑼が鳴り響く。

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