港町へ行こう!
東西を繋ぐ地にて事態が動き出すまでの間、順調に旅を続けるコボルト達の姿はグラエキア王国の原野にあった。頭上に子狐を乗せた巨大な銀狼姿の群長に続き、黒毛足の巨狼と化した犬人族の大剣使いが追随する。
その二匹は身体の両側面で釣り合わせる天秤型の駄獣鞄を背負い、収納した皆の武具や飲食料などを持ち運んでいた。
なお、垂れ耳コボルトのスミスが手を加えた故に、駄獣用の大きな布鞄の一部は獣革で補強され、大剣や槍などを取り付けるウェポンホルダーも備えている。
お陰で四匹分の装備一式と必要最低限の飲食料が収納可能となり、吸血妖樹を斃した際の進化で、密かに大型犬への獣化能力を得ていたランサーも含めて全員が獣姿だ。
(…… 流石に四つ肢の踏破力は凄いものがあるな)
未だ前世の感覚が抜けないのか、俺としてはグラエキアの国境を越えるまで、もう少し時間が掛かるものと思い込んでいた。
ただ、冷静に考えれば野生の狼は最高時速70㎞を瞬間的に出せるし、平均速度30kmほどで三刻近くも移動できる。
巨大な銀狼姿だとそれを上回るので、駄獣用の大きな天秤型の布鞄を背負っていても、日々相応の距離を移動する事が可能だ。
それは艶やかな毛並みの犬へと転じたランサーも同じで、武装等の荷物を俺たちへ預けて身軽なため移動速度に遜色は無い。
結果、子狐妹だけがサイズ的にチマチマと鈍足だが……
(うちの愚妹は歩く気すら無いからな)
数日間の移動中、妹は俺かバスターの背中の上で丸まって暢気に欠伸していた。
ともあれ、フェリアス領イーステリアの森中部を発ってからの旅程は然したる問題も無く、円滑に進んでいると言っても構わない。
(港町ヴェネアには後2~3日といった感じか)
其処からは海路となり、風向きが複雑で安定しないアドリス内海を進むガレー船の場合、無風の時などは頭数を揃えた漕ぎ手の人力に依存する。
体力的に余裕がある漕ぎ始めは早くても、次第に疲れが蓄積して遅くなってしまうのは必定…… さらに突き出た大小の半島を避けて迂回する航路や、途中の寄港も考慮するなら航海日数は推して知るべし。
以上の諸々を踏まえ、俺はある重大な事実に気付いていた。
(まぁ、全員が四つ肢の獣と化せるなら、海路より陸路の方が手っ取り早いかもな)
それでもなお、港町を目指すのは幾つかの理由がある。
大体、リアスティーゼ王国からアルメディア王国までの道程を深く知らない事に加え、地図上では険しい山脈や渓谷などの障害も多いため、何処かで迷って散々な目に遭う可能性も高い。
(その間に厄介事や手強い魔物の類に遭遇しないとも限らないし、消耗した上で同程度の日数が掛かる場合すらあるな……)
他にも船旅を幼馴染の犬人達に経験させたい事や、俺自身が各港町の様子などを確認したい事も影響していた。既に路銀をエルネスタから貰ったし、此処は素直にいこうと思い直したところで頭上より声が振ってくる。
「クォン、クルァオウァアァン (兄ちゃん、お腹空いてきたよぅ)」
「ウォン ガゥルウ (確かに昼時よね)」
「ガゥオォ、グルァ (どうする、大将)」
「ウァオン…… ヴォオルァウ (そうだな…… 調達に出るか)」
尋ねてきた幼馴染みに頷いて、一度水の匂いや音を頼りに川辺まで出た後、地面へ伏せて本来のコボルト姿に転じていく。
その過程で緩んだハーネスから抜け出て駄獣鞄を降ろし、手早く狩猟に向けた装備を整えて、手に馴染む機械弓バロックを掴んだ。
同様の所作でバスターも腕黒巨躯の犬人姿に戻り、補修に次ぐ補修が施された大剣を担ぎ、獲物運搬用の麻縄で編まれた大袋へ手を伸ばす。
「グァウ グルァオウァン…… グルゥオルゥ
(狩りはボス達に任せて…… 私達は採取ね)」
「クゥ、ワォアン♪ (ん、分かったよ♪)」
少し遅れて犬人姿となったランサーに子狐妹を預け、気心の知れた雄二匹で昼餉調達へと向かう道中、何やら嗅ぎなれた匂いに気付いた。
「ガルァン ワォオオゥ (他の群れの縄張りか)」
「ヴォ、ガルクゥ ウォオアァウ? (だが、背に腹は代えられないぜ?)」
不敵に笑う幼馴染みの発言はもっともで、遠慮ばかりしていたら喰いっぱぐれて餓え死ぬだけだ。
もっとも、荒事を好む悪友の性格だと、別の群れに属する雄たちと殴り合う事に何ら抵抗は無いのだろう。まぁ、そんな性格でも俺の不在時は群れを慎重に率いてくれているらしい。
(一緒に行動している時だけ、拙い頃のように無茶をされてもな)
恐らく最終的な責任が無いあたり、奴も自由気侭にしているだけと思うが…… 仔ボルト時代に群長になると息巻いていた事も知っているので微妙な感じだ。
結局、俺もバスターも群を統率するには放縦すぎるのかもしれない。などと思いつつも風向きと逆に進み、流れてくる獲物の匂いに惹かれて原野を彷徨う。
やや意識を嗅覚に集中させていた事もあり、不意に疎かになっていた聴覚が斜め後方で鳴った葉擦れの音を捉えた。
即座に振り向いて様子を窺うと、少し離れた場所から接近してくる数名の冒険者がいて…… おもむろに先頭の軽装戦士が叫ぶ!
「見つけたぞッ、家畜を襲ったコボルトだ!」
「魔法で一気に決めるッ」
続く言葉に応じて、前衛の戦士らが走りながらも素早く左右へ散り、露わになった魔術師の男が錫杖を翳した。
「穿てッ、三連焔弾!」
「ッ、ヴルファアン (ッ、問答無用かよ)」
僅かな時間差で迫る三つの焔弾に向け、反射的に半身となって魔力の籠った右掌を突き出す。
「ヴォルオッ、グォガルフ! (切り裂けッ、三連風刃!)」
「なにぃッ!?」
魔術師が驚愕の表情を浮かべる最中、狙い違わず全ての焔弾を風刃で撃ち落とした直後、派手な魔法を目くらましに矢が飛来するも…… 銀毛の狼犬人が持つ動体視力を誤魔化す事などできない。
「フッ (ふッ)」
左脚を側方に退かせて回避した刹那、迅雷の如き速度で右掌を繰り出して、矢の胴体を掴み取ってから真下へ落とした。
「馬鹿なッ!?」
「有り得ねぇ……」
「ガゥ、ヴォルアァ、グルァ (はッ、やるじゃねぇか、大将)」
「グルゥウガゥア ヴォルファアウ (我ながら本当に人外染みてきたな)」
若干の呆れを覚える自身と対照的に、勢いのまま切り込もうとしていた前衛たちが足を止め、コボルトというよりは人狼寄りの俺たちに気付いて鋭い警戒の視線を投げてくる。
明らかに険悪な雰囲気が漂う中で、俺は腰元にさげた純ミスリル製の仮面を手に取って被った。
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