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国境線上のザガート駐屯地にて

いつも読んで頂き、ありがとう御座います♪

イーステリアの森から見て南西に位置するヴァルブルク帝国領の一部を縦断した先、聖都ヴェリタス・クウェダムを内包したグラエキア王国が栄える。


地理的には広大な内海に突き出した半島国家であるため、数多くの有名な港町を有しており、王国は東方貿易の中心地としての地位を持つ。


そこから海路で大陸間に渡る広大な内海を旅すれば、西部地域に沿岸都市群と海岸平野、東部地域に荒野地帯と採掘都市を有する砂漠の国アトスが存在していた。


だが、かつて東西文明を結んでいた砂漠の亡国は二国に分裂し、ここ数年は東西対立の象徴となっている。


その国境線の駐屯地にて、月神教を信奉する社会主義国家ザガートの将軍アルファズが表情を()()らせていた。


「ガザリ師、もう一度お聞きしても良いですかね?」

「何度も同じ事を聞くな、(なげ)かわしい事に奴らは聖典序章すら朗読できなかった」


「だから捕虜十数名の首を刎ねたと……」

「これも導き手の務めなればこそよ」


さも良い事をしたと言いたげな聖戦旅団の指揮官に対して、傭兵上がりの将軍は怒りの表情が見えないよう、咄嗟(とっさ)に片手で軽く顔を覆って黙り込む。


「ふん、特に異論が無いようなら儂はもう行くぞ。祈りの時間が近いのでな……」

「えぇ、是非そうしてください」


極めて感情を抑えた声で応じた後、質素な椅子の背もたれに深く身体を預けたアルファズは暫しの物思いに耽る。


(あの調子で都市を占領すれば、紛れ込んだ狂信者どもが何をするか想像に(やす)いな)


きっと彼らは暴走して異教徒らを見せしめに殺し歩き、武力と恐怖で宗教的支配を確立しようとするだろう。


しかも、質の悪い事に連中は宗教的戒律を歪めて解釈し、自らの勢力や権力を拡大する事に執心している始末。


初戦でアルメディアを破ったにも関わらず、侵攻の手を緩めた原因は人的損耗や物資の補充による態勢の立て直しだけでなく、その事実も一因となっていた。


「かと言って、奴らを無視する訳にもいかん」


アトス内乱から続く経緯もあり、自国の中枢には月神教の過激派勢力が根深く食い込んでいる。


政治的な決定を行う評議会は言うに及ばず、軍事に至っても戦場の流儀(りゅうぎ)を知らない宗教家が独立した武装組織を率い、捻じ曲げた法を振りかざして好き勝手していた。


(いけ好かない奴だったが、バルドシュタインの野郎が傭兵国家を作っていた方がましだったか)


当時 “業火の蜥蜴(とかげ)” を主体とした反体制派勢力が旧アトス王都に侵攻した時点では、傭兵勢力が革命の主導権を握っていたのだが…… 先の人物が新王を僭称(せんしょう)したことで潮目が変わり出す。


相互不信により反体制派の足並みが乱れる中、過激な宗教勢力が頭角を現し、聖戦旅団という民兵組織を結成したのだ。


都合の悪い事に聖堂教会が主導する西方諸国からの軍事介入も重なり、聖戦という言葉が独り歩きして、彼らは反体制派の中で次第に大きな勢力となっていく。


兎角(とかく)、現状のザガートは内乱を戦い抜いた傭兵上がりにとっては息苦しい。ひとり陣幕に残ったアルファズも例外では無いため、思わず自嘲気味な笑みを浮かべた。


「…… お疲れ様のようですね、将軍」


「あぁ、セラムか…… 丁度良い、ガザリ師と過激派連中の監視を頼む」

「そう言われると思って来たんですよ、それと本国からの命令書です」


おもむろに青年士官より評議会からの封書を手渡され、中身の植物紙(パピルス)へ視線を落とした彼は徐々に呆れ顔となり、そっと折り畳んで見なかった事にする。


因みに内容は第8月(シャアバーン)の末に予定される共和国首都の大礼拝堂完成までに、アルメディアの王都を陥落させ、戦勝の報告で式典に華を添えろという要求だ。


「………… その為に無理な突撃を敢行(かんこう)して死山血河(しざんけつが)を築けと? どうして評議会の宗教家どもは感情で動き、理性を欠くのだろうか?」


「そりゃ、宗教なんて感情に訴えるモノだからですよ、それに冷静になると(しら)けてしまうでしょう」


そもそも理解や説明ができない物事、若しくは自分ではどうしようも無い理不尽に対して、強引にでも感情の安定を図る仕組みが宗教である。


突き詰めて分からない事は “神の御業”、人知の及ばない天災などは “神のご意思” で全て片付けられるのだ。


「まぁ、それで救われる者がいるのも事実だがな……」

「あ、勿論、自分も信仰心はありますよ」


そう公言しておいたほうが、宗教色が濃いザガートでは生き(やす)い訳で…… 侵攻軍を率いるアルファズは配下に同意して頷きつつ、評議会の意向に添うべく途中の小都市や街を無視して王都を攻略するための思索に耽った。


「結局…… 入念な兵糧や装備、攻城兵器の準備に時間を掛けて、一気呵成(いっきかせい)に王都エディルを落すくらいか」


「その方が余計な略奪とか無さそうですから、良いんじゃないですかね?」


実際、古くから東方諸国では臨機応変に傭兵主体の軍隊を用いるため、やりたい放題の聖戦旅団に触発されて羽目を外す荒くれ者も多く、無理に止めれば内部で遺恨(いこん)が残る。


(これで初戦をよく勝てたものだ)


決して一枚岩では無いザガートと対照的に、王権が確立されたアルメディアは内戦後の復興を円滑に進めており、国王崩御の混乱が無ければ付け入る隙は無かっただろう。


先の戦いも結果だけ見れば自国の勝利ではあるが、安定しない国内の問題もあって人材や物資に乏しい現状では継戦能力が高いとは言えない。


故に人的損失補填と増強を意図した徴兵、最低限の調練(ちょうれん)、各種物資や攻城兵器などの調達、先を見据えた利権絡みで紛糾する評議会の裁可など、諸々の準備を待つ内に初戦より三カ月半以上が経ち……


満を持したアルメディア再侵攻の開始は夏の日差しが照り返す頃になるのだった。

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