勝てば官軍負ければ賊軍
「ん、どうかしたの?」
「……いや、何でもないさ」
内心の動揺を抑えて、不思議そうに小首を傾げたミュリエルに応え、手渡された羊皮紙の束に視線を落とす。
元来の祖国アトスは西方諸国と東方諸国を繋ぐ地理的な要衝となっており、東西の様々なモノが交じり合った独特な文化を持っていた。
融和的な雰囲気の中、聖堂教会の布教すらも認められていたのだが…… 反感を持つ月神教の原理主義勢力に雇われた傭兵たちが大飢饉に際して民衆を煽り、引き起こされた暴動は数年に及ぶ内乱の引き金となる。
(俺が知っているのは此処までだな)
当時、俺を含む “砂漠の狼” の傭兵たちは王政派に雇われており、救援に駆け付けたイスファンで住民虐殺の汚名を着せられた上、反体制派の罠に嵌って全滅させられたのだ。
(勝てば官軍負ければ賊軍とは言え、無性に腹が立ってきた)
全ては四半世紀前の過去と割り切って続きを読み進めるが、俺が知りたい内乱の詳細は本題から逸れるのか、当然の如く省略されていた。
「エルネスタ、アトス内乱について詳しく聞かせてくれないか?」
「興味あるの? 私の知り得る範囲なら良いけど……」
静かに頷き、少々胡乱な瞳を向けてきた彼女から旧祖国の顛末を聞き、頭の中で情報を整理していく。
(予想の斜め上を行く面倒さだな…… ある意味、早めに退場して良かったのか?)
そんな心にもない事を考えてしまうくらい、内乱の政情は混迷を極めていた。
初期は反体制派が周辺の月神教諸国から手厚い支援を受けていた事も有り、王党派は王都コンスタンティアを奪われて古都まで後退を余儀なくされるのだが、勝利を目前にした事で相手方の傭兵らが私利私欲に走り、内部分裂の様相を呈し出す。
「……所詮は烏合の衆だな」
「まぁ、無頼漢な傭兵だからね」
「欲望に忠実って感じかなぁ」
少女二人が頷き合って、何やら傭兵という職種そのものを貶している気もするが…… 今は情報の整理に意識を割く。
結局のところ、“砂漠の狼” を謀略で討ち取った “業火の蜥蜴” 団長バルドシュタインは反体制派の英雄となったものの、王都占領後に新王を名乗って成り代わろうとした配下に刺殺されたようだ。
(因果応報だが…… 納得がいかないぞ、おいッ!)
その配下とやらが自己正当化のため、イスファンの惨劇に関する真実を語り、望まぬ形ながらも “砂漠の狼” の汚名は晴らされる事になる。
これで反体制派は大義を失ったかに見えたのも束の間、騒乱の中で多くの聖堂教徒が虐殺されている事を重く見た教皇ウェルムス二世が動き、西方諸国にアトスへの援軍派遣を呼び掛けてしまう。
過激な原理主義勢力と距離を置いていた東方諸国もこれには危機感を募らせ、聖戦を旗印に連合軍を樹立、泥沼の戦いが幾度かの中断を挟んで行われたとの事だ。
流れ続ける臣民の血を憂いた旧アトス及び前アルメディア国王アストライゼは、反体制派が奪った土地の支配を認めて強引に和解すると、残された土地を分離独立させる事でアルメディアを強引に建国した。
「そのアストライゼ陛下も昨冬に崩御……」
「報告書にある通り、東西諸国を巻き込んだ争乱の最中皇太子と第二王子が死去。彼の御仁が老体に鞭打ってこさえた第三王子はまだ五歳児よ」
「後見人は?」
「宰相のシャーディ卿を筆頭に数名ほど」
“船頭多くして船山に上る” という東方の諺に当てはまる状況で、政治的混乱を天与の機とみて、反体制派地域を実効支配する共和制国家ザガートが大掛かりな侵攻を開始したらしい。
「迎え撃ったアルメディア軍は敗北、ザガート軍も相応の被害を出して一時的に足踏みしているようだけど…… 情勢から判断すれば連中が勝つわ、然程の期間を必要とせずにね」
手元の報告書によると、アトス内乱を経て西方諸国や聖堂教会に取り込まれたアルメディアを滅ぼすため、月神教寄りの数国が非公式にザガートを支援しているようだ。
それに対して、過去に得るものが少ない泥沼の宗教戦争を経験した西方諸国は未だ動く気配が無いとあった。
「何気にうちの国もアトス内乱で無駄に将兵を失ってるから……」
「うん、お母さんから聞いた事あるよ。戦争ダメ、ゼッタイ」
基本、冒険者や学者は移動の自由などが阻害される戦争を嫌うので、その両方に当てはまるミュリエルは表情を曇らせ、釣られてエルネスタも憂鬱な溜息を吐いた。
「幼少期のアレクシウス王を可愛がっていた従姉のフィオネ様がね…… 厄介な事に縁あって向こうの寵臣に嫁いでいるんだよぅ」
「そこで話が繋がるんだな」
「うん、本題だけどね…… 従姉君と娘さんを密かに国元まで疎開させたいの」
人の良いリアスティーゼ王らしい考えだが……
「嫁ぎ先の了承は?」
「此処に親書があるよ」
すっと懐から取り出した王家の刻印入り封書をエルネスタがテーブルに載せる。
「もし、先方が理解を示してくれた場合でも道中の護衛が必要だし、生半可な使い手じゃ王が納得しないから、弓兵殿やコボルトの皆にお願いしたいんだけど……」
因みに妹とバスター、後は獣化できるランサーなら引き連れて行けない事は無いとしても、群れや幼馴染たちの同意と報酬次第だろう。
「陸路と船で往復するだけでも三ヶ月以上掛かるんだ、相応の対価が必要だぞ?」
「ちゃんと用意してるよ、王国男爵位と君らの土地、件の従姉君はフェリアス公の妹でもあるからね。公爵からの了承と依頼も含んでいるの」
つまり、上手くいけば表向き領民が殆ど存在しない聖域指定された森と周辺の土地を持つ、奇妙な狼犬人の貴族が出来上がる訳だな……
「ミュリエルと番うなら、爵位もあった方が良いでしょう」
「う~、でも引き受けたら、暫く会えなくなっちゃうよね……」
ハーブティーが入った陶器のカップを両手で持ち、ちびちびと啜りながら視線を送ってくるミュリエルを一度見遣り、話に齟齬が無いかを考える事も含めて瞑目する。
(引き留めてくれるのは嬉しいが、旧祖国の土を踏みたい気持ちは誤魔化し難い)
少し長い逡巡の後、数日は中核都市に留まるというエルネスタから親書を預かり、俺は話を集落へ持ち帰ることにした。
なお、彼女の依頼を受けてアルメディアへ赴く事に対し、仔ボルトらが気になるアックスは否定的だったが…… 王都で人族が持つ数の脅威を感じていたブレイザーは土地領有に興味を持ち、退屈凌ぎだというバスターと妹狐の二人も賛成を示す。
どちらでも良さげなランサーを加え、さらに集落の皆で相談をした結果…… アックスとブレイザーの二匹を集落に残して、残り四匹で旅に出ることが決まった。
中核都市にて王室からの依頼を引き受け、路銀なども受け取った俺達は東方行きの船便がある近隣国の港町目指し、南方へ延びる旅路を進んでいく。
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