かつての祖国が滅んでいた件について
此方も軽く返礼して、ざっと店内を見渡すが…… どこにも銀髪碧眼の魔女は見当たらない。
「お客様、どなたかと待ち合わせですか?」
「あぁ、黙っていれば綺麗な魔導士の少女なんだが……」
「何気に一言多いよ、アーチャー」
連れ合いに窘められつつも、どうやら心当たりがありそうな給仕の返事を待つ。
「えっと、先ほどいらしたエルネスタ様ですね」
「知己があるのか?」
「いえ、王国では有名な人物ですから…… 二階でお待ちになっております」
「う~、やっぱり先に来てたよぅ」
遠方から訪ねてきた親友を先に出迎えたかったのか、可愛らしく唸るミュリエルの赤毛をふわりと撫ぜ、上階へ案内してくれる給仕の後に続く。
意匠を凝らした幅広い螺旋階段の先には三つの個室があり、どれもが廊下側から室内を窺う事は出来ない構造になっている。恐らく、食事を交えた商談など余り聞かれたくない会話の際に重宝されるのだろう。
(…… おかしいな、嫌な予感が増したぞ)
以前のお願いという名の脅迫を否が応でも思い出し、少々警戒を強める中で右端の扉がノックされた。
「失礼します、待ち人をお連れしました」
「ありがとう、通してください」
了承の声に応じて給仕が開いた扉の隙間から、グラス片手に頬杖を突いた物憂げなエルネスタが垣間見える。
時折友人と交わしている手紙で容姿を知っていたのか、人化状態で会うのは初めてにも関わらず、彼女は普段と変わらない自然な微笑を向けてくれた。
「や、久し振りだね、二人とも息災だったかな? ふふっ、私は大変だったの…… 新教派が絡んだ隣国の経済侵略、想像以上に根が深くてね」
「その件には巻き込んでくれるなよ」
「…… 目が虚ろだけど、大丈夫?」
若干疲れた表情のエルネスタを気遣いながら、テーブルを挟んだ向かいの椅子にミュリエルが座り、その隣席に俺も腰を下ろす。
直後に控えていた給仕が歩み寄り、本日の食材で提供可能な料理と飲み物を口頭にて説明してくれた。
「ふむ…… 主食は肉料理だと雌雉、若しくは子猪、魚料理は川鱒なのか」
春先から初夏にかけての時期、集落に近いスティーレ川でもブラウン・トラウトと呼ばれる川鱒が元気に泳いでいる。
淡水魚は内臓を抜いて火を通さなければ危険が拭えず、うちの連中が手を出すようになったのは最近だが、この時期の貴重な群れの食糧として一昨日も妹と喰った。
故に此処へ来てまで食べたいと思えず、柔らかいウリ坊の肉か、雄よりも旨味がある雌雉の肉かを悩んでいたら、先にミュリエルが川鱒の魚料理とカモミールティーを注文する。
「内陸だと手間暇の掛かる魚料理なんて滅多に食べられないから、偶には贅沢もしたいんだよぅ」
「ん~、漁港がある王都住まいの私には分からない感覚かも? 冬場とか鱈や鱸の干物ばかり齧ってたし…… あ、こっちは子猪の照り焼きをお願い」
「王都かぁ、父さんは元気かなぁ……」
などと二人が話し始める傍らで、俺もエルネスタと同じ肉料理を所望して、飲み物は水出しの香草茶を頼む。
「畏まりました、少々お待ちください」
対価は後払いとの事で注文を復唱した給仕の娘が去り、料理が届くまで暫くの間、仲良い赤毛と銀髪の少女たちが会話に花を咲かせていく。
(入る隙間が無いな……)
特に割り込む必要性も無く、状況次第で義父となるかもしれないクライスト殿が牡蠣の養殖に目途を付け、喜んだ漁師たちと酒場で馬鹿騒ぎして通報された一件を聞き流す。
「うぅ、うちの父が要らぬご迷惑を……」
「気にしなくて良いよ。養殖事業に出資しているの、実はアレクシウス王だから」
それよりもとエルネスタが話題を転じ、途中で先程の給仕が持ってきてくれた飲み物を啜りながら、昨冬のお見合いについても言葉が交わされる。
「相手がディークベル先輩かぁ…… 面識があるだけに断り難くない?」
「うん、気疲れしたけど、結果良ければ全て良しかな」
少し頬を染めたミュリエルにそっと上着の袖を掴まれ、にんまりとした魔女の視線が俺にも向けられた。
「近頃、惚気た手紙ばかり読まされているけど、本当に熱々のようね」
「まぁ、仲が良いのは悪い事じゃないだろう」
「むぅ、反応がつまらないわ、何とかしてミュリエル!」
「またそんな無茶振りを…… 多分、揶揄われるのが嫌で素っ気無いんだよぅ」
その通りなのだが、“でも、逆に可愛いでしょ?” とか隣から聞こえてくる始末、徐々に飼いならされている感は否めない。
何やら自由を愛する気侭な野生の本能が刺激され、密かに気を引き締めていれば室外から一声掛かり、良い香りと共に前菜が運ばれてきた。
それから然程の時間が掛からず、主菜やメインディッシュも卓上へ並べられ、三人で会話を交えながらの少々豪華な昼食は進む。
わざわざこの席を取ったのは何故だろうと考えていたが、食事がひと段落ついた頃合いでエルネスタが無造作に羊皮紙の束を差し出す。
「連れられて来た手前、何かあるだろうと察していたが…… これは?」
「東方の国アルメディアの近況が書かれた報告書だよ。四半世紀前の旧アトス内乱の結果、多くの領土を失った王党派が古都を中心に建国したの」
知らない国名と時の移ろいを実感させられる発言に一瞬思考が停止し、不意に郷愁を感じてしまう。
傭兵だった頃、風の噂に聞いた若手の賢者グレイオ・エルバラードが白髪姿になっていたのを鑑みれば、相応の時間経過自体は理解できたものの、まさか前世の祖国が消滅していたとは……
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