小洒落た料理屋で昼食会?
イーステリアの森に棲まうコボルトたちの与り知らぬところで、多少因縁のある三人組が大蛇相手に立ち回りしてから半月ほど……
昨年のヴァリアント討伐における献策の功績もあって銀等級の冒険者となり、初心者向け宿屋 “迷える子羊亭” を追放されたミュリエルの部屋に銀毛の狼犬人が泊り込んでいた。
「あぅ、日差しが目に染みるよぅ」
赤毛の少女が裸身の胸元を薄めのブランケットで隠して、むくりと上半身を起こす。
どうやら跳ねてしまった後ろ髪が気になるらしく手櫛でさっと整えながら、狭いベッドの隣を見遣れば心地良さ気に瞼を閉じたモフモフが一匹。
それは良いのだが…… いつも通り、最初は人の皮を被っていても途中で狼交じりの犬人に戻ってしまうため、今日も周囲には陽光で輝く幾つもの銀毛が散らばっていた。
「また掃除しないと…… って甘やかしちゃダメ、自分でやらせるべきだよね。ん~、それにしても何で姿が元に戻るのかな、興奮すると野性の本能が抑えられないから?」
若干、寝起きの瞳に生物学者としての眼光を宿らせつつも、もはや手癖で柔らかな喉元の毛をまったりと触っていたミュリエルだが、不意に正午の半刻前を告げる聖堂教会の鐘の音が耳元へ飛び込んでくる。
「あれ、ちょっと待ってッ、もうこんな時間!? アーチャー、起きて!」
思っていたよりも寝過ごしてしまった事実に気づき、彼女は慌てて微睡む狼犬人の身体を揺さぶって目覚めさせた。
「…… ワオォン、グゥオァン (…… おはよう、ミュリエル)」
「ごめんね、コボ語は何となくしか分からないの」
それはそうだと幅広の窓枠に手を伸ばし、置いてあった念話の魔法が刻まれた純ミスリル制仮面を被り、改めて朝の挨拶を済ませようとするも…… 焦り気味な彼女にまくし立てられてしまう。
「もうお昼だよ、エルネスタを待たせちゃう!」
「ワゥ、ウァオォアン『あぁ、そうだったな』」
数日前、征嵐の魔女が可愛がっている使い魔の白鳩 “ハク” が飛んで来たそうで、肢に結わえられた羊皮紙には昼食のお誘いが書かれていたそうだ。
近頃、ヴィルム領の新教派が絡んだ政争で多忙な魔女と疎遠だった事もあり、二つ返事で了承の手紙を出したと昨夜に聞いた。
「ヴ、グルァウォオ グォルアゥ?『で、俺も行く必要があると?』」
「うん、アーチャーが街にいたら、確保しといて欲しいって……」
その時点で嫌な予感しか無いのだが、久々に親友と会えるので嬉しそうなミュリエルを見れば、無下に断る事もできない。
(それも計算の内か……)
エルネスタの性格なら、さもありなんと溜息を吐きつつ、出掛けるために意識を集中して人へ擬態する。
一方、ミュリエルはベッドサイドへ腰掛けたまま足元の木桶に手を伸ばして、中に転がる水の元素が凝縮された魔石を掴んだ。
「古川に水絶えず、湧きて恵をもたらせ…… メイク・ウォーター」
蒼い燐光を帯びた魔石から水が溢れ、瞬く間に木桶が満たされて縁に掛かった添毛織の手拭を湿らす。
吸水性が高い手拭で彼女が念入りに身体を拭き終えた後、俺も手渡されたそれで身綺麗にしていく。
多少の時間を掛けて必要な支度が整い、彼女の新たな塒である “木漏れ日の庭園亭” を出た俺達は指定された店舗へ向かう。
「そう言えば、場所は分かるのか?」
「ん、多分、アーチャーも知ってるよね? 中央区で有名な蒼い三角屋根がお洒落な料理屋さん」
確か、古い言語で “絆” を示すウィンクルムという店名だったと記憶している。行政庁の官吏や商人たち、主に富裕層が利用する場所の筈だ。
「…… あそこか、征嵐の魔女は裕福だな」
「仮にも次席の宮廷魔導士で、宰相令嬢だからね~」
加えて有事には麾下の魔導騎士中隊を率いて駆け付けると…… 結構、心労に塗れそうな環境なので、一瞬だけ同情してしまう。
(性格的に向いてないんじゃないか?)
思えば宰相を務める彼女の義父グレイオ・エルバラードからして、著書『剛力粉砕』を読む限り、人選を間違っている気がしないでもない。
王であるアレクシウスが穏やかな人格者だから、取り繕っても根っこは肉体派な鋼の賢者と上手くいっているのだろうか?
取り留め無く考えながらも、中核都市ウォーレンの大通りを歩いて噴水がある中央広場へ至り、少し先に見えた蒼い屋根の下まで足を運ぶ。
「此処に入るのは初めてだから、ちょっと緊張するよぅ」
「取って喰われる訳でも無いし、さっさと入ろう」
軽く懐の財布を握り締め、例えミュリエルの持ち分が足らなかったとしても、大丈夫な程度には金貨や銀貨が詰まっている事を確認する。
それは四つ肢の巨狼姿を活かし、怪しまれない程度の速度で配達依頼を次々とこなしてギルドから得た報酬なのだが…… お陰で “疾風迅雷のお届け人” という妙な二つ名と商人連中からの信頼を得てしまった。
別に悪い事でもないかと割り切り、洒落た建物を見上げて気後れする赤毛の魔導士と一緒に店内へ入れば、屋根の一部や壁面へ採光の工夫を凝らした自然光に満ちた空間が広がる。
「ふわぁ……」
ミュリエルが零した感嘆の声を聞きつけ、清廉とした給仕の娘が静かな足取りで歩み寄り、両手を前に揃えて会釈してくれた。
読んでくださる皆様の応援で日々更新できております、本当に感謝です!
ブクマや評価などで応援してもらえると嬉しいです!




