巨大蛇を狩るモノたち
「ディウ、イラ レギル ディアス (凄いな、もう小型の竜じゃないか)」
「ギゥ、ギルラゥ ノイセレスギォ (はッ、竜なんざ見た事ねぇだろ)」
体長十数メートル、横幅もそれ相応の巨大蛇を見上げて思わず呟いたブレイブに対し、やれやれと言った感じでソードが軽口を叩き、大小二振りの刀を構え直す。
そんな相棒にちらりと視線を向け、小鬼族の元勇者が心外だと言わんばかりに反論を試みる。
「グゥ、イレスレギナ セド (むぅ、東方見聞録で見た)」
「ガドラ アゥル ギォウアッ (それは挿絵だろうがッ)」
「二人ともそこまでになさい、仕掛けてくるわ」
「グガァアァアァ―――ッ!!」
空気を振るわせる咆哮が響いた直後、不揃いな無数の牙を口腔に覗かせたマザーグリードが涎を垂らしながら、蛇腹をくねらせて突進してきた。
「ギゥッ (よっとッ)」
「フッ (ふっ)」
軽快な動きで変異種のゴブリン二匹が左右に散るも、蜘蛛糸の結界で農民達を護る楓は巨大蛇の攻撃を躱せない。
「「「うわぁあああッ」」」
「「いやぁああぁ!」」
「あぁ、もうッ、仕方ないわね!」
煩い悲鳴を聞き流して、彼女は両手の指先から伸びる銀糸を素早く繰り、木々の合間へ瞬時に大きな蜘蛛の巣を張っていく。
「グルァアァッ!?」
強度と弾力性を併せ持つそれにマザーグリードの頭部がぶち当たり、撓みつつもしっかりと巨躯を受け止めた。
「絡み獲れッ、封縛陣ッ」
さらに地中より射出させた銀糸で竜と見間違うような巨躯を縛しようとするが、頭から被せた蜘蛛の巣は巨大蛇がだらしなく溢した強酸性の唾液で溶かされ、硬い体鱗に浅く絡まったばかりの銀糸も力強い動きで振り払われてしまう。
自由になったマザーグリードは膨らませた喉元に強酸液を溜め込みながら、剛糸の結界に護られた農民たちを巨眼で睨み付ける。
「うぅ、もういやぁ」
「あぁ、神様……」
「なんで俺達がこんな目に遭うんだよッ!!」
蒼白な表情で嘆く彼らを庇うため、退く事の出来ない楓の口端が歪んだ。
彼女が持つ本来の力を出せば眼前の雑魚など瞬殺できるものの、それをしてしまえば百十数年も喰魂を禁じている彼女は飢餓を抑えられない確信があった。
(きっと正気を失って、この場にいる全てを喰らう羽目になるんでしょうね)
事実、いつも彼女は飢えていて…… 偶に魂を食べたくて、喰い散らかしたくて堪らない衝動に囚われるのだが、鋼の如き信念で押さえ込んでいる。
故に力の開放を躊躇った隙に乗じて、マザーグリードが四方に開けた大顎から強酸液を吐き出すその刹那、右側方より飛来した眩い聖光が凶悪な横面を穿つ!
「グァアアァッ!?」
先んじて顎を開いたブレイブが口腔より放ったブレスの直撃で、マザーグリードの頭部が大きく弾かれ、湛えられた強酸液は見当違いの方向に撒き散らされた。
「「ギィイィイァアァッ」」
運悪く自らを生んだ母親の強酸を浴びたグリーディヴァイパーが絶叫し、身体をのたうたせて森の奥へと逃げていくが……
「ウォオオォッ!? (うぉおおぉッ!?)」
楓のために攻撃を優先した小鬼族の元勇者も防御が疎かになり、斜め後方から襲い掛かる大蛇の噛みつき突進を躱しきれず、牙を大剣の腹で辛うじて受け止めたまま弾き飛ばされてしまう。
その状況下にて聖光により眼球を焼かれて暴れるマザーグリードの頭部目掛け、手早く樹上に登っていた小鬼族の双剣使いが飛び掛かる!
「ギィオゥ ガデラァアゥス!! (これでも喰らえやぁああぁ!!)」
「グゥウゥアァアァッ」
狙い澄ました紫電を纏う太刀が硬い瞼越しに眼球へ突き刺さり、右掌にありったけの魔力を収束させたソードが叫ぶ。
「ヴァルグドッ、ラウム! (焼き焦がせッ、轟雷!)」
「ギ、ギィイイァァアァ……アァ………ッ」
迸る雷撃が逆手に握り込んだ白刃を伝い、貫いた眼球の奥にあるマザーグリードの脳を一瞬で破壊し、その命脈を絶っていく。
そこまでは彼の思う通りだったのだが…… 惜しむらくは事後を考えてなかった事だろう。
「ギゥラッ!? (ぶべらッ!?)」
最後の足掻きでソードが振り飛ばされた先には太い幹が聳え、背中から衝突した彼は意味不明な悲鳴と共に意識を瞬断させ、白銀の螺旋階段を幻視しながら幾度か枝葉に引っ掛かって地面へ落ちた。
通称:ソード(♂)
種族:オーガライズドゴブリン
階級:ツヴァイ・シュヴェルト
技能:両利き 腕力強化(中 / 瞬間) 反応速度向上(中 / 常時)
纏雷剣 抜刀術(雷切) 中級魔法(雷)
破魔の太刀
称号:雷鳴の剣聖
武器:無銘の太刀 (主) 数打ちの小太刀 (補1)
スローイングナイフ (補2)
武装:ハードレザーアーマー
補助:フード付きの外套 顔隠しの仮面
何やら進化の階段を駆け上がって青白い肌の鬼人と化した双剣士が無様に転がる中、群長を斃された残り少ないグリーディヴァイパーたちが動揺を見せ、我先にと茂みへ姿を隠して逃げ出す。
「ッ、レクトディオゥ (ッ、何とかなったか)」
先程の大蛇に圧し掛かられつつも、その喉元に大剣の切っ先を深く突き刺して仕留めたブレイブが蛇腹の下から這い出し、呻き声を上げる相棒の傍に歩み寄った。
「ギゥド リグアゥズ キゥラスァド (汝を苛む苦痛に癒しを与えん)」
「セグトラゥアル…… (いつもすまねぇ……)」
片膝を突いた小鬼族の元勇者が暖かい聖光を掌に灯し、倒れたソードの腹に押し当てて聖属性の魔法 “ヒーリングライト” で全身の打撲や擦過傷を癒す。
その垣間見えた光景で安全が確保されたと判断し、緊張の糸が切れた農民たちが茫然とへたり込み、身内を喰われたと思しき者達が啜り泣きを始める。
「さてと、これからまた一仕事ね」
派手に暴れた二匹の鬼人に関しては楓が極東の島国 “大和” 出身な事もあり、使役している式神の類だと説明するとして、多くを喰われてしまった逃亡農民らの精神状態を立て直す必要があった。
「それに果てた全ての魂を送って上げないと……」
依頼の延長で人々を護るため、容赦なく貪欲な大蛇たちを始末したものの、その命を差別的に扱う事は彼女の信条に反する。
(結構、面倒くさい女ね…… 私も)
何度目かの溜息を内心で吐き、鳥の巣状に展開した蜘蛛糸の結界を解除して、彼女は武器を納めて戻ってきた連れ合いに労う言葉を掛けた。
その鬼人二匹に疑いの目を向け出した逃亡農民たちだが、楓の説明と大陸共通語が通じる事、助けられた現状が決め手になって事なきを得る。
皆でぎこちなくも御魂送りの儀式を済ませた後、一行は数日を掛けて中核都市ヴァロアへ至り…… 脅威の存在を伏せられていた楓が惚けようとした吸血鬼の辺境伯にぶち切れ、鉄拳制裁を加えて引き受けた依頼は終了したのだった。
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