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知己からの頼まれ事と逃亡農民

「ッ、ディギゥラ デクトラゥ (ッ、既に被害が出ているな)」


「ラグラゥ、ゼラファズ ディアノス? (おいおい、()()()()じゃないのか?)」


流れてくる濃密な血の匂いを嗅ぎつけた相棒に対して、小鬼族の双剣使いソードが思わず口にした言葉を聞き流し、(かえで)はまだ距離がある視線の先に意識を向ける。


仄暗い森中で数十名以上の人々が恐怖に身を寄せ合い、全長8m前後はあろうかという巨大な蛇、グリーディヴァイパーの群れに囲まれていた。


その一匹が涎を垂らして乱杭歯(らんくいば)の生えた大顎(おおあご)を開き、鎌首をもたげた体勢から僅かに動いた瞬間、全身の筋肉と発条(ばね)を活かした凄まじい速度で獲物に飛び掛かる。


「ひッ、うわぁあああッ!」

「いやぁあああッ」


悲鳴が響く中、女子供を中心に据えて壁を作るように庇っていた男達の一人が噛みつかれ、身体ごと中空に振り上げられてしまう。


「ひぎッ、痛ッ、や、やめ……ぐぶッ、あぁ……」


哀れな犠牲者はバリバリと強靭な(あご)で骨を噛み砕かれ、真上を向いた貪欲な蛇に丸呑みにされた。それを皮切りに他の蛇らも次々と男達に噛みつき、骨を砕いて胃袋に収めていく。


「くそッ、離せ、うあぁああッ!」

「お、お父さんッ」


「ひぁ、食べないでくれッ、死にたくな………」


必死に抵抗する獲物を無慈悲に飲み込んだ巨大な蛇は満足そうに身体をくゆらせるが…… まだご馳走に有り付けていない蛇も数匹おり、必死に逃げようとする人々の退路を廻り込んで断つ。


逃亡農民である彼らの過ちは領地間に渡る深い森の怖さを甘く見た事だろう。先達の騎士や衛兵、冒険者たちが命懸けで危険な魔物を排除してきた浅い森と異なり、此処では不運に見舞われてしまえば命の保証など無い。


だが、彼らが暮らしていたディエル村より少し離れた森林に潜伏している事が領主に発覚した故、もはや危険な場所に逃れるしかなかったのだ。


相応の集団で行動していた事が功を奏したのか、数日間は何とか負傷者を出しながらも死者は出さずに移動できていたものの、ここに来て全てが瓦解しようとしていた。


「シャァアアァァアァッ!」

「うっ、うわあああッ」


さらに新たな犠牲者が出るかに思えた刹那、地面より飛び出した銀の蜘蛛糸が巨大な蛇の身体に纏わり付いて動きを封じる。


状況が飲み込めず、やみくもに藻掻いた蛇の身体はあっさりと輪切りにされ、驚く農民たちの前に黒髪灼眼の村娘が飛び込んできた。


「身を(てい)して女子供を護るその心意気や良しッ」


「ギァ、ゼノファル ギドレゥズ…… (はぁ、またそんな面倒な事を……)」


僅かに遅れて到着したソードは紫電が宿る大小二つの刀を油断なく構えつつも、呆れた表情を浮かべてしまう。弱肉強食の掟に従う変異種のゴブリンとして鑑みれば、弱者は常に(しいた)げられる側であり、場合によっては捨て駒にされる存在に過ぎない。


ただ、彼自身も今までに多くの同族を小競り合いで失ってきた経緯から、無下に命を失わせる事には今や否定的だ。


「ギゥ、ギオルヴァ ウルアズ ザインフォルッ

(ちッ、人間如き猿の為に刃を振るうとはなッ)」


横合いから噛みついてきた大蛇の(あご)を軽く退いて躱し、延髄付近に逆手持ちした小太刀の刃を突き刺して、迸らせた雷撃で中枢神経を焼き払う。


「ギッ!?ギァアァァアァッ……ァ」


感電硬直を起した巨大な蛇が焦げた匂いを漂わせて力なく地に伏すも…… 直後、別の個体が頭上からソードを丸呑みにしようと大口を開けて肉迫する。


「シャァアッ!」


「ギッ、エスタ ゼルヴィアス (はッ、動きが単調なんだよ)」


敢えて前方に飛び込んだ小鬼族の双剣使いが纏雷(てんらい)の太刀を閃かせれば、蛇腹に斜めの断線が走り、血飛沫を上げながら長い胴体の上下が泣き別れていく。


ここ半年以上、(かえで)に引っ張り回されて主にアンデッドを斬っていたソードの太刀筋は一層の磨きが掛かっていた。


それは農民たちを護るように割って入った小鬼族の元勇者ブレイブも同様で、大蛇が全身の筋肉をしならせて打ち放ったテールバッシュを真っ向から大剣(クレイモア)で斬り飛ばす。


「ギィイッ、アァァアァ……ッ…ァ」


聖なる焔が(とも)った刃で尻尾の大半を切断され、その断面から燃え移った焔に包まれた巨大な蛇がのた打ち回るものの、無造作に振り下ろされた一撃が頭蓋(ずがい)を砕き割って絶命させた。


「ラゥズ、レクトラゥ ヴァルゥ…… (硬いが、何とかなる範囲だな……)」


呟きつつも切っ先を地面に預けたまま、利き足を斜め前に踏み出して襲い掛かる相手の顎下(あごした)目掛け、身体の捻りも加えた豪快な逆袈裟の斬り上げを喰らわせる。


「ギゥアッ (せいぁッ)」

「ッ、ギィィアァアァ!?」


攻撃直後を狙った斑模様(まだらもよう)の大蛇は途中で喉を半分以上も切り裂かれ、先ほどの個体と同じく聖属性の焔に頭部を焼かれて落命した。


そうしている間にも、美しい外観とは似つかわしく無い村娘の衣服を纏った(かえで)は銀糸を器用に()り、自分たちと大勢の農民を地面から射出させた剛糸(ごうし)の結界で鳥の巣状に覆う。


「取り敢えず、こんなものかしら……」

「あ、貴方たちは……」


突然の事に理解が追い付かない逃亡農民たちを代表して、比較的身なりの良い男が恐る恐る薄闇で灼眼(しゃくがん)を光らせる(かえで)に問い掛けた。


彼女の名状(めいじょう)(がた)い雰囲気や、人に近い姿形を持つ変異種のゴブリン二匹の様子から、未だ窮地(きゅうち)(おび)えて身を(すく)ませる彼らだが…… 謎の村娘は予想外の言葉を返す。


()()()はドルノ領を治めるラドクリフ(旧知の友人)卿に雇われた()()()です。もっとも、本来は筋違いな隣接地の領主に直訴したのは皆さんを心配した村長さんですけどね」


安心させるような気遣いを添え、黒髪灼眼を持つ鬼蜘蛛の娘は薄く微笑んだ。

”物語を読んでくれた全ての皆様の願いが叶いますように!”

(令和元年 7/7)

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