うぅ、もっとモフりたいのに By ミュリエル
バルベラの森で “穢れた大樹” を燃やして集落に帰還してから早数日、太陽が中天を過ぎたばかりの強い日差しの中で、木陰で涼む蒼色巨躯のコボルトが一匹。
「ワゥァン クォガルゥウ~、グルゥ ウァオアゥウ ヴォルグル
(やっぱり平穏が一番だね~、僕は木を伐ってる方が性に合うよ)」
「ぐるぅおぅああぉ、うぉおう がるぅくあおぉん
(私が傍にいる限り、みだりにさせないですけどね)」
真顔で釘を刺す世界樹の巫女リスティであるが、エルフ族とて自らが暮らす都市を作るために樹木の伐採はしていたりする。
それはさておき、凶悪な骸骨地竜の牙から庇われて以降、生真面目な彼女とアックスの距離感は縮まっていた。
今も集落で飼っている鶏が朝に生んだ卵と蜂蜜、挽き立ての小麦で彼女がパンケーキを作り、昼食代わりに食べようとしていたのだが……
「「キューアゥ♪ (ちょーだい♪)」」
「クルゥウ~ (あたしも~)」
甘い匂いを嗅ぎつけた生後2カ月半の仔ボルトたちに群がられている。
成長が早い犬人を人間の年齢に置き換えると3歳前後に相当するため、既に簡易な会話もできるようになっており、尻尾をフリフリしながら可愛く強請っていた。
そんな仔ボルトたちに逆らえる筈も無く、アックスが自分のパンケーキを食べやすいように千切って均等に分け与えていく。
「「キュア~ン♪ (うま~♪)」」
「ガガゥ! (もっと!)」
お気に召したのか、まだ四つ足歩きの仔ボルトらは座り込んだアックスの身体を足踏みして催促するものの、手元に残っているのはもう小さな欠片くらいだ。
(一匹にあげると依怙贔屓になるし、ちゃんと僕も食べないとだよね)
蜂蜜を提供したのは自身であれど、折角作ってきてくれた食べ物に手を付けないのは失礼だと思い至り、甘くてふわりとした最後の一切れを口に放り込む。
「キュア~ン♪ (うま~♪)」
声に出した言葉が仔犬たちと同じなのは何も言うまい。思ったよりも美味しかったようで、じゅるりと涎を啜る音が鳴った。
「ふふっ、わぅうるぉ、がるぅくぁるおん
(ふふっ、アックス殿、これも如何ですか)」
「ワォア、キュォン クルォオ
(じゃあ、ありがたく貰うよ)」
二つ返事で身を寄せたリスティの誘いに応じ、半分に割って口元へ差し出された彼女のパンケーキに齧りつき、程よく蜂蜜が絡んだ卵黄多めの生地を堪能する。
「なんかアックス君とリスティさん、凄く仲良くなってない?」
「『そうだな、良い事じゃないか』」
口を閉じたまま、被った念話の仮面経由でミュリエルへ言葉を紡ぐ。
昨日、バルベラの森で屍鬼となった冒険者たちの遺品をギルドに届けた際、銀等級になって初級者向け宿屋 “迷える子羊亭” を追放されたミュリエルの新しい塒に寄ったら、仔ボルトを見たいとせがまれたのだ。
(まぁ、互いに巨狼姿での移動に慣れてきたから一向に構わないが……)
到着するなり、仔犬たちに興奮した彼女が遠慮なくモフり倒したので、幼子らに危険人物との認識を受けて早々に避けられていた。
ただ、それ如きで諦める赤毛の生物学者ミュリエルでは無いため、俺に膝枕をしつつも虎視眈々と再度の機会を狙っている。
「もうワンチャンスあるかなぁ……」
「『やめてくれ、後で母親たちから苦情がくるだろ』」
「うぅ、もっと触りたいのに」
「ウォッ!? (うぉッ!?)」
可愛く唸る彼女の手が俺へと伸ばされ、代償行為とばかりに喉元の犬毛を盛大にモフられてしまう。
(ッ、これはこれで何やら幸せな気分に……)
喉元を撫ぜられる猫の気持ちを密かに察し、不快では無いので目を細めて好きなようにさせておく。
「あれ、なんか気持ち良さげ?」
「ガォフアァウ『否定はしない』」
取り留めない言葉を交わしながら心地よい風に吹かれ、のんびりとした集落での時間を過ごしていれば…… 俄かに中央広場の片隅から木剣を打ちつけ合う音が届く。
つられて意識を向けた先では、鍛錬中の若手コボルトたちに混じり、黒髪の大男に人化したバスターと近隣の村娘マリルに扮した妹が剣戟を交し合っていた。
出掛けている間にヴィエル村の連中が顔を見せに来たらしく、ちゃっかりと狐妹が転写眼で姿を盗み取っていたようだが…… 傍から見れば、素肌に革鎧を纏った若い娘が腰布一丁で立ち廻るという何とも言えない光景が展開されている。
「…… なんて言うか、本人が見たら卒倒するよね」
「ガルァウ『だろうな』」
激しく動くマリル(偽)の腰布がひらりと浮き上がって、何度も非常に際どい事態となっており、悲しい雄の性質で思わず吸い寄せられた視線がミュリエルの手でそっと塞がれた。
(…… 早めに服を買ってやらないとな)
暗くなる視界の中でそんな事を考えつつも、暫く彼女の膝上に頭を預けていると緩やかな眠気が訪れ、ゆっくりと意識が揺蕩っていく……
こうして、狼混じりのコボルトが惰眠を貪っていた頃、彼らのあずかり知らない此処より東方の地にて、フィルランド共和国の西端にあたるドルノ領の森中を疾駆する変異種のゴブリン二匹と鬼蜘蛛の姿があった。
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