星の力を程よく含んだ植物灰は良い肥料になる
この章におけるエピローグです(*'▽')
どうやら向こうも片付いたようなので、負傷したセリカを気遣いつつ歩み寄れば…… 俺の知らぬ間にアックスの毛艶が若干良くなり、病魔の血煙を扱う時だけ色彩を転じていた瞳は薄っすらと紅に染まっている。
外見上の差異は余り無くとも進化を遂げたようだが、血を滲ませた右肩が痛むらしく、何やらしょんぼりとしていた。
「アウゥ~ (あうぅ~)」
「わぅうるぉ、きゅおぁあうぅ ぐぉうあおぉ
(アックス殿、治療しますので屈んでください)」
身長差のある小柄なリスティが青色巨躯のコボルトを座らせたところで、さりげなくブレイザーが少し離れた草地から拾ってきた長盾を差し向ける。
「ガォル (ほらよ)」
「ワォアンッ (ありがとうッ)」
熟れた感じの遣り取りで受け渡しが行われる合間、白磁のエルフ巫女は土属性と聖属性が混じった魔力を両掌に宿し、血で汚れるのを躊躇わずアックスの傷口へ押し当てた。
「遍く子らに母なる大地の恵みを……」
詠唱と共に暖かい魔力光が灯り、裂けた皮膚が徐々に癒されていく光景を一瞥して、傍らのセリカに視線を移す。
彼女が痛めた左肩は関節が外れてしまっているため、治癒魔法 “アースヒール” を施してもらう以前に、その部分を嵌め直しておく必要がある。
(…… 得意じゃないんだけどな)
傭兵時代に数回やった事はあるし、やられた事もあるが…… 兎も角、彼女に事前の同意を取っておく。
「グガゥオウゥ、クルァオフ? (関節を戻すが、構わないか?)」
「ん、あぉん (ん、お願い)」
素直に頷いたセリカを真直ぐに立たせて胸を張ってもらい、だらりと垂らした左脇の下に正面から自身の左腕を通してぐっと肩が浮くほどに持ち上げ、右手で掴んだ彼女の腕を軽く下に引いた。
その状態で押し当てた上半身を時計回りにゆっくりと動かし、後ろにずれた肩関節を元の位置まで戻す。
「ガルゥ? (どうだ?)」
「うぅ、ふぁおぅ…… がおぅう (うぅ、痛むけど…… 大丈夫)」
呟いてあざとい視線を送り、セリカが自らの負傷をリスティに主張すれば、アックスの身体を毛繕いながら擦過傷まで熱心に癒していたエルフ巫女は手を止めずに応じる。
「ちょっと待ってくださいね」
「むぅ~」
何気にあちらが優先らしく彼女は頬を膨らませるも、後に治療を受けて一息吐ける状況となり、“穢れた大樹” の根元へ半分埋まった木乃伊に皆の意識が集まった。
(フィルランド共和国が誇る大賢者の成れの果てか)
本能的な直感は朽ちた遺骸に意志など残ってないと告げており、歴史に名を遺す英雄の最後としては哀れに思えるが……
「うぉるがぅあう ぐぉがうふぁ (命への執着など醜く浅ましい)」
唾棄するような声に振り向けば、侮蔑を含む醒めた表情のリスティと頷いて同意するセリカが視界に入った。
“穢れた大樹” 自体がエルフらの犠牲なしに有り得ないため、それを含めた態度だと加味しても、老いや寿命で悩む事が無い長命種族と他種族では生命に対する認識の差が大きいのだろう。
(分かっているようで、見識が浅かったのかもな)
日々を生き足掻いている俺たちのようなコボルトも、類似の印象を持たれてしまう事が無きにしも非ずか…… などと思いつつ、端正な顔立ちのリスティを窺う。
彼女は慎重な足取りで歪んだ大樹へ近付き、世界樹の枝から削り出したという錫杖を掲げて、暖かな聖属性の魔力を灯す。
「少し眠りなさい」
錫杖に帯びた黄金の魔力光と呼応して “穢れた大樹” が淡い輝きに包まれ、身に宿した星の力を霧散させながら、地脈との繋がりを断たれていく。
「わおぁんるぉ、がぁるぅ…… (ブレイザー殿、獄炎を……)」
「ワフ (あぁ)」
短く応えた長身痩躯の猟犬が禍々しさを薄れさせた大樹の幹へ歩み寄り、僅かに伸ばした硬い爪を根元の木乃伊に突き刺して、容易な手段では消す事ができない獄炎を爪先から生じさせる。
それが聖なる魔力と混じり合う事で浄化の炎となり、然程の時間を掛ける事無く全てを燃やし尽くして灰塵に帰した。
やがて熾火が残るだけとなった頃合いで、おもむろにセリカがしゃがみ込み、せっせと灰を革製小袋に詰め出す。
「うぉるぁう、ぐぁるぅ わぁうおぉん (持ち帰って、世界樹の肥やしにする)」
「グゥオオォン? (害はないのか?)」
「ぐぉ わぉあるぁあおおうぅ…… (既に聖別されていますので……)」
件の大樹も元を糺せば世界樹なので、星の力を程よく含んだ植物灰は集落近郊で芽吹かせた “調和” の良い肥料になるとの事だ。
俺たちも集めるのを手伝っているうちに日が暮れ、その場で野営して身体を休めた後、ひと仕事済ませて肩の力を抜いたエルフ娘二人と帰路に着く。
終わってみると呆気ないモノで…… 十数年に渡り、バルベラの森に出現していた均衡を崩すような危険種の魔物も、これからは数を減らしていくのだろう。
因みに遅れて派遣された “金” 等級の冒険者グレイス嬢が率いる調査隊は肩透かしを喰らい、確たる成果を上げられずに成功報酬の部分を削られ、またギルド併設の酒場で愚痴るのだった。
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