気になるなら潰しておくに限るぜ By ブレイザー
迷いの結界が張られた森林へ踏み入ってから暫し、エルフ族が生み出した人型種族の空間識を狂わせる呪術に応じて、幻惑の影響を受けないセリカが先導役となって進む。
どうやら鎮守の杜の世界樹が構築する迷いの森と比べ、“穢れた大樹”の周囲に展開されていたモノは小規模だったらしく…… 半時も掛からずに開けた場所へ至った。
「ん…… うぉ、がぅあう (ん…… 多分、到着)」
フードを被って笹穂耳を隠した狩人娘の隣に並び、俺も彼女が見つめる先に視線を投げて、かつて人為的に森が焼き払われて作られたであろう広い空間を見渡す。
「ウォァ ヴァグルォオォン? (あれが穢れた大樹なのか?)」
「わぅ、ぐるぉあるふぁう (えぇ、間違いありません)」
続くリスティの返事にケモ耳を傾けつつも、大きく育とうとした大樹が叩き潰されたような、極端に幹だけが太い奇妙な低木へ意識を向ける。
(不自然ではあれども、危険な感じはしないが……)
それ故、近づいた魔獣や獣が歪んだ力の浸蝕を受けるのかもしれない。
「ウォオウ クルァオォウゥ ガゥルァアオゥ、グルァ
(此処から見ているだけじゃ埒が明かないぜ、御頭)」
「ワゥッ、グァルォオアウゥ
(あぁ、慎重にいくとしよう)」
改めて俺たち三匹が前衛となり、白磁と黒曜のエルフ二人が後衛を担う形でゆっくりと大樹へ歩み寄るが…… 途中で気になるモノを見つけてしまう。
身を横たわらせた地竜の白骨が二体分ほど草むらに埋もれており、あからさま過ぎて気になったのだ。
幾らか脚色されているものの、著名な冒険者の手記などでは竜骨を利用したゴーレムが登場して、遺跡に残された過去のアーティファクトや要所を護っている場合が多い。
もしやと思った俺が躊躇している間に、石橋を叩き壊して渡らない事に定評のあるブレイザーが動く。
「グゥアォルウ ヴォルオオゥグオゥ、ワゥウッ
(気になるなら潰しておくに限るぜ、アックス)」
「アォウワンッ (あいよっとッ)」
悪友の呼び掛けに蒼色巨躯のコボルトが剛腕を振り上げ、竜骨の頭蓋目掛けて戦斧を叩き落とすも、相当に硬いらしく一部が欠けた程度に留まってしまう。
直後、本来の発動条件と少々異なるのだろうが、自己保存のために連鎖的な微振動を起こした竜骨が鎌首を上げて動き出す!
「ウワァアァ!? (うわぁあぁ!?)」
至近からの噛みつきを長盾で防いだアックスが押し負けて転がっていく後を追い、俺とブレイザーも飛び退って距離を取り、それぞれの得物を抜いて油断なく構えた。
此方の動きに合わせて後退したセリカたちも体勢を整えたところで、再生魔法の燐光に包まれて関節部へ筋肉を纏わせた骸骨地竜が二体、骨を軋ませながら大地に立つ。
「グゥッ、ガルゥ ヴァオファウ
(ちッ、やはり仕掛けの類か)」
「…… うぁぐるぉう うぉぐるあぁおう
(…… 穢れた大樹と繋がりを感じます)」
思わず零した悪態に応じる律義なリスティの言葉を掻き消し、宿した魔力で空気を振動させて、骸と化した地竜の咆哮が響く。
「「ッ、ガァアァアァアァアァ――ッ!!」」
頭上から落ちてくる二つの大顎を横っ飛びで躱し、さらに同じ方向へ避けたセリカと共に連続した後方跳躍で距離を稼ぎ、此方に牙を剥いた一体を斜め両側から相手取るように対峙した。
因みに蒼色巨躯と長身痩躯のコボルト二匹も反対側へ退避しており、背後にリスティを庇う形で残り一体と睨み合っている。
そちらは任せるしかないので速やかに視線を戻し、眼前の骸骨地竜に意識を集中していく。
「ウァォ グルァアゥ (先ずは貴様だな)」
「ガァアァアアッ!!」
やや前方にいた俺を狙い、袈裟懸けに振り下ろされた右前足の竜爪を斜めに下がって躱した刹那、慣性のままに巨躯を旋回させた骸骨地竜が横殴りのテールバッシュを飛ばす。
咄嗟に脚元で颶風を生じさせながら跳躍して、眼前に迫る尾の一撃を回避したが…… 今度は左後ろ脚を軸に逆旋回し、振り戻した前足で叩き落そうとしてくる。
「ガゥ、オォアクァウ グォオウゥ
(はッ、思った以上に動きやがる)」
即応して魔力由来の突発的な下降気流を発生させ、振るわれた右前足の下を潜って降り立ち、大きく踏み込んで骸骨地竜の左前足に曲刀の横一閃を喰らわせた。
澄んだ剣戟の音が響くも…… 渾身の斬撃は硬い竜骨の表面を刻むに留まり、切断するには至らない。
「…… がるぅ (…… 退いて)」
耳に届いたセリカの声に応じて一瞥しながら退避すると、軽く腰を落とした彼女がエルフィンボウを構え、骸と化した地竜に芸術的な手捌きで矢の連射を浴びせる。
それも全て竜骨に弾かれたものの、左前脚に当たった本命の鏃二本が宿した風の魔力を弾けさせ、先程刻んだ罅を大きく深めた。
「わおぅ、くるぁあおおぉうッ!?
(何度か、見せて貰ったからッ!?)」
得意げな微笑を彼女が浮かべようとした瞬間、厳つい顔面を向けた骸骨地竜が大顎を開く。
口腔から放たれた音撃の咆哮が大気を激しく振動させ、倒れ込むように躱そうとしたセリカの左肩を衝撃波で穿った。
「ッ、あぁああぁああッ」
「ガァッ! (ちぃッ!)」
悲鳴を上げて吹き飛んだ彼女に対する追撃を防ぐため、地を這うように駆けて骸と化した地竜の関節部へ白刃を叩き込めば、不機嫌そうな唸りと一緒に噛みつきが降ってくる。
それを紙一重で見切って下がりつつも、右脚を経由して浸透させた属性魔力で人外魔法 “縛鎖の牙” を発動させるが…… 頭蓋を串刺しにするどころか、大地から生えた土塊の牙は悉く噛み砕かれて破片が飛んできた。
「グウゥッ (ぐうぅッ)」
「ガァオアァァアァオォオッ!!」
反射的に頭部を庇った両腕が被弾して鈍く痛む中で、動きが止まった間隙を縫うように繰り出された突進を躱した直後、何故か俺の身体が宙を舞う。
「クッ!? ウォオオォオッ (なッ!? うぉおおぉおッ)」
雨露を凌ぐ外套の端が骸骨地竜の牙に引っ掛かっていたのだ。
振り回されながらも風刃の魔法にて布地を断ち、四肢へ纏わせた旋風の強弱により空中で姿勢制御して、吹かせた噴射気流を翼代わりに吶喊する。
「クァルオゥアアァンッ! (いい加減にしやがれッ!)」
此方へ向き直ろうとする骸骨地竜の背骨に飛び乗り、脛骨の関節部に両掌を添えて、濃厚な風の魔力を収束させた。
「ヴァルアッ、ガォルフ!! (裁断しろッ、豪風刃!!)」
「ギッ、ァァアァ……ッ…………」
高威力の風刃が脛骨を切断し、竜骨へ刻まれた魔力回路に致命的な損傷を与えた事で、骸の巨躯が急速に崩壊していく。
俺も落ちるに任せて地面へ降り、旋風が纏わりついた両脚に力を籠めて、セリカの傍まで一足飛びに後退する。
「…… ガオアゥ? (……大丈夫か?)」
「うぅ、くぉうがぅ…… がるおわぅ (うぅ、割と深刻…… 弓撃てない)」
ちらりと確認した左肩は打撲や鬱血に加えて関節が外れており、確かに大振りなエルフィンボウを構えるのは困難だが…… 既に残り一体も仲間たちが追い詰めているため、彼女が此処で無理をする必要はない。
負傷した狩人娘の傍へ身を寄せた銀狼犬がそう判断する少々前、彼らと離れて戦うブレイザーとアックスの二匹はと言えば…… 果敢に骸の地竜へ切り込んでいた。
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