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喰らい喰らわれ、命は連鎖する

「ヴルァ、ガルウォオオォウ…… (取り敢えず、こんなところか……)」

「ワォン、グォアアァ~ン (うん、そんな感じだね~)」


こんな時でものんびりとした声を上げ、蒼色巨躯の幼馴染が屍鬼を圧迫していた長盾を慎重に引き戻す。


それにより露となった半不死者の女魔術師は四肢を粉砕されて行動不能となり、臓器も圧し潰されて今度こそ息絶えていた。


「…… クウォア ガオゥ (…… 見た事がある顏だ)」

「グルァ ウォアァ ガオァオウ? (ボスが出掛ける人間の集落で?)」


「ウォルウ アウォアァ アァウゥ (ほとんど話した事はないけどな)」


ギルドの併設酒場で幾度か目に付いたのに加え、例のヴァリアント討伐の際は同じエドガー隊にいた記憶がある。


(この辺りを彷徨っていた以上、都市ウォーレン所属の連中だとは思ったが……)


改めて倒した屍鬼たちの汚れた顔をしっかり確認すると、もう一人見知った相手がいたので、少々憂鬱な気持ちを抱いてしまう。


(それにしても冒険者の全員が死に損なう(レヴェナント化)とか、あり得るのか?)


実際、意志が強くて生命への執着が強い冒険者や傭兵は屍鬼化し易いが、普通は戦場や虐殺現場など大量の死が満ちる場所で起きる事だ。


心当たりと言えば、知り得たばかりの穢れた大樹くらいしかないため、リスティに視線を投げれば、彼女は白磁のエルフが持つ翡翠眼で(たお)れた屍鬼らを申し訳なさそうに見つめていた。


「がうぁ ぐるがぅ ふぁぐぉるああぅ (彼らは魂魄に穢れを受けています)」

「…… ウォアン (…… そうか)」


「ん、がふぁるおぅ がぉあくぁう…… (ん、浸蝕の進んだ魔物にやられた……)」


やや表情を曇らせたセリカが漏らした言葉を拾いながら、事切れた女神官の屍鬼に近寄り、片膝を付いて腰元の小さな革袋を手に取る。


「ワフィ クォルアオォン、グルァ (何か使える物はあるか、御頭)」

「ワフ、クゥアウ クォルァアウゥ (あぁ、必要なら使わせて貰おう)」


原則的に冒険者の亡骸を発見した場合、登録証や遺品を可能な範囲で最寄りのギルドに届ける事になっているが、状況次第では魔法薬などを拝借する事もあるだろう。


なお、屍鬼化して森中を徘徊していた事もあり、どこかで落としたのか、残りの冒険者でまともな遺品を持っていたのは他三名だった。


(後で都市のギルドに届けてやろう、セティさんは悲しむだろうがな)


生真面目な受付嬢を気遣いつつ、遺骸の検分を終えたものの…… 何もせずに放置していたら、今度は完全なアンデッドになり兼ねない。


「ガゥヴァ、グヴァルウォオン? (巫女殿、魂の浄化はできるか?)」

「ぐるぉう がぅるあおぅるぁうぅ (我らの儀礼に則るものでしたら)」


“先程は楽をさせて貰いましたから” と共通語で俺に呟き、白磁の巫女リスティが世界樹の杖に両手を添え、大地に突き刺して土属性と聖属性の混じった魔力を宿らせる。


魂は(ルクレ)空の(イア)向こう側へ(ファウナ)魄は森に(エルフォレオ)還る(ミルア)


祝詞(のりと)と共に彼女を中心とした暖かい緑光が走り抜け、倒れ伏した屍鬼たちの亡骸を照らして白い靄を立ち昇らせていく。


徐々に輝きを増して純白となった魂が昇天すると同時に、抜け殻となった身体は周囲の蔦草に覆われながら地中へと埋葬されていった。


「…… がぉふぁあおうぅ、がふるぅ ぐるぉおぁぁあぁん

(…… 先に進みましょう、災いの元を絶たねばなりません)」


何やら確信を深めたリスティが森の奥を睨み付けて一歩を踏み出し、俺たちも彼女を護るように囲みながら共に進む。


ただ、以後も夕餉になりそうな獲物とは縁が無く、狩りの時間を確保するため、川辺の開けた場所で野営する事を早々に決めた。


適材適所という事で俺とセリカが食料調達を受け持ち、野営地から離れすぎない範囲の近場を探索していたら、普段は寡黙な彼女が大陸の共通語で不意に話を振ってくる。


「アーチャー、良い狩人の条件…… 分かる?」

「ヴァルグゥ ルォアァオゥ (思考停止にならない事だ)」


俺も最初は群れの縄張りで只管(ひたすら)に獲物を探していたが、それでは運が良くないと出遭えないし、運が悪ければ逆に狩られてしまう。


やがて経験を積むと手頃な獲物がいる場所が分かり、“何故、此処に獲物がいたのか” などの理由も考えて行動するようになる。


そんな感じの言葉を添えて振り向けば、嬉しそうにコクリと頷いたセリカが身を摺り寄せてきたので、サシェの良い香りに鼻腔を擽られつつも距離を取った。


「むぅ、考え方が同じなら、一緒にいるべき……」

「ガゥ、ウォクルファオゥ (いや、歩きづらいだろう)」


確かに今まで何度か狩猟中に言葉を交わした限り、互いの志向性が似ている事実を否定はできない。


森に生きるエルフの狩人が持つ、喰い喰われて連なる命の繋がり故に “生物は絶対に独りでは生きられない” という共生思想も理解の範疇だが、ここ最近は物理的な距離感まで近い気がする。


若干、ミュリエルに申し訳ない気がして粗雑に扱うと、フードを被った小麦肌のエルフはやや不満そうに頬を膨らませて明後日の方角を向き…… 草地が踏み分けられた場所に獣の足跡を見つけた。


「まだ新しい…… これは、猪の魔物?」


「ガォアォオゥ、ウォルォオアォオオン

(どっちにしろ、喰えるなら構わないさ)」


ニヤリと牙を剥きだして口端を吊り上げ、風向きを意識しながら慎重に痕跡を辿る事暫し、体長1.2m程の猛牛のような角を持ったホーンドボアという猪型の魔獣四匹を視野に収める。


小柄に見えても人間やコボルトくらい弾き飛ばす突進力に加え、位置的に鋭い角が臓器を貫く高さにあり、油断していると命を落とす羽目になってしまう。


群れる性質も考慮して手強い相手とされているものの、少し離れた木陰に身を隠したセリカは手慣れた様子でハンドサインを送ってきた。


テマエネラウ アト オネガイ

ワカッタ


純粋な弓の腕はセリカに分があるため素直に従い、風による葉擦れの音に紛れて射撃準備を済ませた彼女を一瞥し、両掌に宿らせた魔力で二個の風弾を形成する。


そして弦鳴りの音を捉えた瞬間、俺は隠れていた茂みから飛び出し、ホーンドボアたちの傍に立つ樹木へ風弾を撃ち放った。


「ッ、グウゥ!?」

「「グォオゥウゥ!」」


着弾箇所の樹皮が弾け飛ぶ破裂音に慌てて、猪の魔獣たちが一斉に身を隠す中、右脚と脇腹に二本の矢を受けた手前の一匹だけが地に蹲って逃げようと足掻く。


「グゥ…… グゥオオォ!」

「「ググゥ!!」」


「ワオファン、グァアオオォオンッ (すまないが、狩らせてもらうぞッ)」


他の魔獣たちが隠れながら威嚇の声を上げるも、数発ほど鳴き声がした付近に風弾を撃ち込めば、その気配は森の奥へと消えた。


残るは手負いの一匹だけとなり、透明なクリスタルナイフを構えた黒曜の狩人が歩み寄って、その頸動脈を切断する。


「今夜は猪肉、森の恵みと原初のエルフ(アーティ)様に感謝……」


いつも思うが、喰われる側からすれば感謝されても何の意味もないわけで、喰らう側が生命の尊厳を忘れず、道を踏み外さない為に必要なのだろう。


(喰らい喰らわれ、命の連鎖か……)


偶にはということで俺も軽く両手を組む彼女に倣い、祖先たる大神(オオカミ)へ謝意を捧げた後、血抜きを済ませた獲物を麻縄で縛って担ぎ、腹を空かせて待つ仲間達の所へと踵を返した。

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