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屍鬼との遭遇

なお、汚染された魔獣の肉を持ち帰ったその日、世界樹の巫女リスティは王都エルファストから連れてきた小型猛禽類の使い魔を飛ばして、平時とは異なる臨時報告を白の女王(アリスティア)に済ませている。


役目を終えて戻ってきた丸味がある翼と長い尾羽が特徴的な疾き鷹(ハイタカ)の脚には、女王直筆の親書が添えられてあり、受け手である巫女殿が構わないというので見せてもらったが……


(穢れた大樹…… つまり、世界樹の成れの果てか)


それは通常と異なり、エルフの血肉を使った外道の手段で芽吹かせた異常な世界樹全般を指し、種族的な禁忌に触れる存在らしい。


意外とご近所に迷惑な樹があったものだと思いつつも、俺は仲間と共にスティーレ川沿いを遡上して、去年と同じく北東の山脈地帯を目指していた。


「グルゥ、ガルォウルオァ クルォアゥ~

(僕、こっち側にくるのは初めてだよ~)」


「がぉるあぁおん、わぅうるぉ

(そうなのですか、アックス殿)」


きょろきょろと興味深そうに辺りを眺めて、斜陽が差し込む森林地帯を蒼色巨躯のコボルトが戦斧を担いで闊歩(かっぽ)し、その背後に小柄なリスティが続く。


彼女がアックスに信頼を寄せるのはフィルランド共和国の強引な進駐の際、軍隊を追い返すのに助力して贈られた称号 “世界樹の騎士(ユグドラシル・ナイト)” に由来している。


(呑気な性格だから、蜂蜜のついでに貰ったぐらいの認識だろうな)


実際は世界樹 “永遠(アイオーン)” の下でアリスティアから略式叙勲されているため、アックスはエルフ達の国家 “鎮守の森” における正式な騎士侯となっていた。


そんな幼馴染みの少し前では警戒心の強い長身痩躯のブレイザー、目端が利く黒曜の狩人セリカが肩を並べて歩み、自身は殿(しんがり)を務めている。


丁度、フィジカルに問題がありそうな色白で華奢なリスティを中程に配し、木々や草むらに紛れた魔物の強襲に備えながら、森林地帯を移動し続けて既に約三日半が経つ。


「…… ガゥガォアァ ヴァルウォアオン、ワォアン

(…… この辺りからバルベラの森だな、ブレイザー)」


「ウォンッ、グァルォオン

(分かった、慎重にいくぜ)」


奴がさり気なく歩速を上げてセリカの前に出るのを一瞥(いちべつ)し、群長(むれおさ)になった頃を思い出して苦笑いした。


(確か、“先頭を行くのは好きじゃない、俺はその後ろが良いぜ” だったか)


(いわ)く、不測の事態が起きた時、先頭だと矢面に立つので割に合わない。それは危険な場所の移動中だけに留まらず何事も同じであり、群れを率いるが(ゆえ)の多大な苦労や責任が付随する。


などと、捻くれた調子で気取っていたが…… 割に合わずとも仲間の被害を抑えるため、いつも先行するのは奴自身だ。


(幼い頃は凄く性格が良かったのにな、何処で(こじ)れた?)


今もセリカを気遣って先頭を受け持ったあたり、さすがに半年も集落で暮らせば仲間意識が生まれてきたのかと考えていたら、逆に歩速を落として傍に寄ってきた彼女が軽くエルフィンボウを掲げる。


「がぅぐぅ、わぉる…… おぁうぅ? (そろそろ、夕ご飯…… 確保する?)」

「ワフ、ウォルゥウォン (あぁ、意識して歩こう)」


一応、川沿いの水場を遡上しているため獲物とは出会いやすいのだが、同じ理由で狩る側とも出遭いやすい事を忘れてはいけない…… 夕餉になりそうな鹿や猪などを探しつつも漸進していると、不意に雑多な匂いに紛れる死臭を捉えた。


「グルァ…… ヴルファオォアン (御頭…… 妙なのがいやがるぜ)」

「ワゥ、ガゥオルォオァン? (あれ、囲まれちゃうかも?)」


横合いからの風向きを踏まえても、何やら判別し難い匂いだと思えば…… 泥と草花に塗れた冒険者数名が此方を半包囲するような形で木陰から姿を現し、虚ろな目をした前衛の戦士たちが得物を抜いて距離を詰めてくる。


「グルォオァア オオォウ? (やっちまって良いのか?)」

「ガルファウ、ヴァルグォ グゥオル (遠慮するな、死に戻り(レヴェナント)の屍鬼だ)」


一度死んで正気を失った屍鬼にも関わらず、半不死者の超回復と捕食した獲物の血肉で補ったのか、欠損が少なく動きに精彩を欠かない連中に応じて、アックスが長盾を構えて右側面へ踏み込む。


俺も曲刀の柄を掴んでリスティの脇をすり抜け、左側面から襲ってきた屍鬼の剣士を迎え撃つ。


「う……ぁ、あぁアアァッ」

「シッ (しッ)」


叫びと共に振り下ろされた剣戟を速度が乗る前に抜き打ちで弾き、相手の長剣ごと両腕を上段に留め置いて、低い姿勢から無防備な左胸に掌底を喰らわせた。


「かはッ」

「ヴォルオ、グォガルフッ (切り裂け、三連風刃ッ)」


零距離から放たれた三重の刃が鎖帷子を切り裂き、死に損ねた哀れな剣士の心臓を刻んで吹き飛ばす。


その直後に身体の向きを変えて状況を一瞥すると、反対側を受け持つアックスがサーベルによる斬り込みを戦斧で叩き落とし、襲撃者の鳩尾へ鋭い長盾の先端を突き込んでいた。


腹部を押し込まれた相手が身体をくの字に曲げた事により、丁度良い位置まで下がってきた顔面目掛けて、盾という名の鈍器を真横に振るう。


「ワゥ、アアァンッ (よい、しょっとッ)」

「ぐべッ」


力任せに頭蓋を砕かれ、鈍い打突音を響かせた冒険者の屍鬼が斜め仰向けに倒れていく。


そちらの問題は無いものの、正面から迫る二人の屍鬼と対峙していたブレイザーはやや苦戦気味であり、弓矢を構えるセリカも敵方後衛を牽制しているために援護できていない。


故に槍使いの仲間と連携していた小楯持ち屍鬼の腰元へ、死角から渾身の中段蹴りを叩き入れてやった。


「ぐゥッ!?」

「ヴォルアァッ (もらったぜッ)」


体勢を崩してもう一体の槍先を押し退けた屍鬼の隙を逃さず、長身痩躯のコボルトが半歩を詰めて、獄炎を纏わせた左爪で脇腹を穿って焼き焦がす。


「ぐあぁアァッ」


濁った悲鳴を響かせながらも小楯持ちの屍鬼が後退すれば、後衛の神官装束を纏う屍鬼が罅割れた錫杖へ聖光を灯して負傷を癒し始め、槍使いはそれを支援するように立ち廻った。


させないッ(ニルレガスッ)


間髪入れずにセリカが二連射で矢を神官の屍鬼に放つものの、破けた外套を纏う土気色の肌をした女魔術師がウインド・プロテクションを発動させ、魔法由来の急激な上昇気流で矢を巻き上げてしまう。


ただ、前衛の数的有利は既に崩れており、邪魔されることなく吶喊した俺は飛び込みながら上半身を強く捻り、脇構えから死に戻り(レヴェナント)の神官たちに速度を乗せた渾身の逆袈裟切りを放つ。


「ウォオオォオッ!(うぉおおぉおッ!)」


「ッ!?」

「あ……」


咄嗟に負傷しながらも、仲間を護ろうとした小楯持ち屍鬼の防御を弾き飛ばし、振り抜いた白刃で二人諸共に致命傷を与えた。


「う…ぅ、これで…… 終わるノ?」

「ガォウァ (そうだな)」


たとえ通じなくても表情を歪めた神官の女に向けて呟き、僅かに自我が残るハーフアンデッドの類を相手にする憂鬱さを思い知りつつ、槍使いの胸元に獣爪を突き立てたブレイザーが獄炎を迸らせて、その身体を焼き尽くしていく(さま)を見届ける。


さらに俺と同じく突撃を敢行していたのか、アックスも屍鬼化した女魔術師に縦長のデュエルシールドを振り下ろし、華奢な身体を地面に打ち倒していた。

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