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銀狼犬、精油の精製に付き合う

「あれ、なんか凹んでる?」

「少しな…… 気が緩み過ぎたと自省中だ」


翌朝とは言えない遅い時間まで寝坊した事実に溜息を吐いて、不思議そうに小首を傾げたミュリエルを見遣る。


「ん~、私もさっき起きたばかりだから、そんな日があっても良いと思うよ」


彼女は大袋に入れて持ってきた錬金器具を小型のテーブルに並べる合間に、少々気落ちした俺を気遣うような言葉をくれた。


普通に考えれば…… 昨夜、出先の森から疲れて帰還したであろう彼女と自身を同列に語るのは如何かと思うが、一々指摘するのも野暮なので素直に頷いておく。


「まぁ、偶には良いのかもしれない。ところで何を始めるつもりだ?」

「ふふっ、実は多めにローズマリーの葉を千切ってきたのッ、重かったけど」


嬉しそうに微笑んだミュリエルが袖を捲り、白い腕をくいッと曲げて小さな力こぶを見せてきた。


(細くともしなやかで引き締まった良い筋肉だ……)


魔導士と謂えども、冒険者生活により身体が鍛えられるのだと認識を改め、黙って続きに耳を傾ける。


「それでね、ローズマリーの精油と芳香水を作るの」

「自分の部屋でやれよ…… 俺が嗅覚に被害を受けるだろう」


「む~、女将さんから聞いたけど午後には帰るんだよね? 折角だから、此処でお喋りして作ろうと思ったんだよぅ」


やや頬を膨らませて彼女は麻布袋に詰めた香草を取り出し、二段構造を持つ鉄製蒸留器の上段部分を外して、薄い底部に無数の小さな孔が開けられた容器へ適量の葉を詰め込む。


「なるほど、水蒸気蒸留法か」

「…… いつも思うんだけど、その知識は何処から仕入れてくるの?」


「青肌エルフの薬師が集落にいただろう、憶えているか」

「えっと、ミラさんだったかな…… あの人、錬金に長けてそうだよね」


本当は高度な錬金術が発達した東方諸国で、まだ人の身であった時分(じぶん)に娼婦たちから芳香水の関連知識で聞いたのだが、微妙に言いづらいため誤魔化しておく。


(元が傭兵の人狼犬は…… 印象的にどうなんだろう)


特に機会が無かったので誰にも話していないが、場合によっては伝える必要も出てくるのかと思い至りながらも、植物蒸留について熱く語り出したミュリエルに合わせて相槌を打つ。


そんな遣り取りを挟みつつ、彼女は蒸留器下段の脚付き容器へ革水筒から水を注ぎ込み、先程の香草入り容器を被せて付属金具でしっかりと固定して、銅管が取り付け可能な鉄蓋を閉じてから此方へ振り向いた。


「うぅ~、冷却器用の水が足りないかも?」

「水差しなら好きに使ってくれて構わない」


「ありがとう、アーチャー♪」


軽い謝意と共にテーブルの片隅へ追いやられた水差しの取手を持ち、歪な螺旋管を内包する銅製冷却器の注水口へ水を注いだ後、赤毛の魔導士が魔力光を宿した両掌を側面へ添える。


「…… 万物は流転する、“氷結”」


水属性から派生する氷結魔法で冷却器内の水を凍らせ、さらに銅管を蒸留器と繋いでから、いつもの如く指先に浮かせた魔法の焔で植物油ランプの灯芯を燃やす。


それを蒸留器の脚元へ差し入れ、縦に長い冷却器の下寄りにある銅管の終端へビーカーを添えると、ミュリエルはベッドに腰掛けた俺の隣にポフッと座り込んで身を寄せてきた。


「これで暫く待てば上澄みに精油、その下にローズマリーの芳香水が溜まるの」

「水と油は交わらないって事だな」


端的に要点を返すも、触れ合う彼女の肩越しに仄かな体温と香りが伝わり、本能が刺激されてしまったのを誤魔化すように話を切り出す。


「近頃、集落近隣の縄張りで厄介な魔物が多くてな…… 北側の森はどうなんだ?」


「ん~、そう言う噂をグラウ村で聞いたから、アレスが慎重になって森の浅い部分にしか入ってないよぅ、村の皆も復興作業があるのに大変だよね」


やや困り顔をした彼女の話によると、危険種が出易くなっている事の情報源はグラウ村経由で森林へ出掛けた冒険者らしい。


薬草や素材となる魔物を求めて探索中の彼らが樹木に刻まれた見慣れない爪跡や、食い散らかされた在来種の遺骸に残る歯型、残留物などを見つけて注意するように宿屋の親父に告げたようだ。


似たような報告が幾度かあって、復興作業でグラウ村へ戻っている男連中が過敏になっている。


「あんまり良くない雰囲気だったし、公爵様に調査の嘆願をするって……」

「という事はグレイス嬢の出番か」


あの辺りは中核都市ウォーレンにとって木材や石材、狩りによる食肉の供給地に他ならず、放置する事もできない。


されど調査をするにしても、危険種と遭遇する可能性が想定されるため、脅威度C ~ Bに対応できる “金” 等級の冒険者を含む人員が駆り出される筈だ。


瞬間的にエルフの巫女殿から頼まれたバルベラの森にあると思しき “穢れの大樹” の捜索を保留し、どうせなら公爵殿の調査依頼も受けて報酬を一緒に…… などの考えが脳裏を過ったが、“鉄” 等級では受諾制限に引っ掛かるだろう。


(元々、群れの安全の為にも必須事項だしな)


ざっくりと思考を纏めて、水が煮沸される音を聞きながらミュリエルと言葉を交わし、蒸留芳香水がビーカーへ溜まる様子をまったりと眺める。


その工程は一刻足らずで終わりを迎え、小さじ一杯分に満たないローズマリーの精油が上澄み液として芳香水表層に薄膜を張った。


精油は蒸留酒に混ぜて薬用酒を作る材料となるし、神官の治癒魔法が効かない慢性的な病気の一部に効果があると言われており、それを小瓶へ移し替えた彼女は大切そうに栓を締める。


「溜め込んでいるのか?」

「ん、ちょっとずつね♪ ホワイトセージなんかの精油もあるよ」


なお、残る蒸留芳香水は二つのガラス瓶へ分けられていった。


「ミレアにもあげる約束だから」

「仲の良い事だ……」


精製物の回収を終えたミュリエルが片付けを始めたので、俺も手早く荷物を纏めて彼女と一緒に “迷える子羊(ストレイシープ)亭” を後にする。


二人で東地区を歩いて少し遅めの昼食を取ったり、燻製に使った岩塩の補充や去年も作った赤芋と豆類の種を購入したり、所用を済ませてから彼女と別れて都市外の街道まで移動した。


そこで帰り支度をしてから草むらに隠れ、駄獣用の鞄を背負って程よい長さに専用ハーネスの革ベルトを調整した状態で巨狼姿と化す。


「グッ、ワゥオグゥアウ (ぐッ、微妙にきついな)」


独りでも鞄を固定できるように練習はしたが、いまいち慣れない事に愚痴を零しつつも大地を踏みしめて四肢の爪を浅く抉り込ませていく。


地面をしっかりと蹴る事で高い反発力を得て力強く駆け出し、森林地帯を二刻弱で走破して夕日が落ちる頃合いには棲み慣れた集落へと帰還する。


こうして短期間の都市滞在から戻った翌々日、以前にリスティからあった提案を受け入れる形で、エルフを含む仲間たちと共にバルベラの森中心部を目指して集落を発った。

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