冒険者登録証を活用しよう
原則、何処の都市も最初は小規模な村から発展する過程があり、フェリアス領最大の人口を誇るウォーレンも例外ではない。
従って中心部となる旧防壁の内側は裕福な古参の者たちが住み、外側に向かうほど貧しい者たちが暮らしている。
(…… 貧困層ほど、真っ先に魔物や野獣の被害を被るのは世知辛いものだ)
因みにヴァリアント騒動で避難してきたグラウ村の住民たちも一時的に都市外縁部で暮らしており、彼らの生活は公爵殿の配慮や聖堂教会の支援で成り立っていた。
その財源は租税や寄進な訳で…… 広義に考えると領民同士が互いを支え合っている現状に感心しながら、歩き慣れてきた道を通り抜けて、先ずは来るものを拒まない冒険者ギルドへ足を踏み入れる。
「あっ、アーチャーさん♪」
不意に掛けられた声に反応して、人影が疎らな併設酒場を見遣れば、どことなく暇そうな給仕の少女がひらひらと左右に手を振っていた。
「お腹空いてませんか? 昼の仕込み分が残ってるから、すぐに出せますけど」
「あぁ、また後でな」
可愛らしい笑顔で手招きするエイルの言葉を受け流し、この時間帯は依頼を受けに来る連中が少ないため、カウンターで書類整理をしている受付嬢のところへ顔を出す。
「すまない、邪魔をして構わないか」
「えぇ、勿論ですよ、冒険者さんのお相手が私の仕事ですから」
「ありがとう、少し聞きたいんだが……」
縄張りで厄介な魔物と遭遇する事が増えている件について、都市ウォーレンに近いイーステリアの森北部でも同様の事象が起きていないかを確認しておく。
「ん~、その傾向はあるかも…… 丁度、アレスさんたちが森へ行っていますから、帰ったら聞いてみるのは如何でしょう」
「戻りはいつぐらいになるんだ?」
以前の討伐戦や春先の依頼などでも一緒に行動していた事により、皆の仲間だと認識されているのを良い事に尋ねると、セティさんは少し考えるような仕草を取った。
「一昨日、精油用のホワイトセージやローズマリーの採取を引き受けて、皆さん出掛けて行きましたから……」
鍛えられた冒険者の足腰を考慮した移動日数、それに精油が多く取れる春の香草を探して採取する時間を鑑みれば、三日~四日ぐらいは掛かると判断した方が良い。
「多分、帰ってくるのは今夜か明日だと思います」
「そんなものだろうな」
「依頼達成の報告に来たら、ミュリエルさんに来訪を伝えておきますね」
気遣ってくれたセティさんに再度の礼を述べ、まだ済ませてなかった昼食を取りに併設酒場へ移動して、遅めの食事をしている冒険者たちの中へ紛れ込む。
適当なテーブルを見繕い、そこの椅子を引いて腰を下ろせば、エイルが纏めた藍色の髪を僅かに揺らして近寄ってきた。
「いらっしゃいませ、今日の献立は “キャベツと春野菜のスープ”、“鳥の肉と香草の炒め物” です」
「中途半端な時間だからな、パンとスープだけ頂こう」
小銭袋からディオル銅貨七枚を取り出して彼女に渡し、日替わりスープとライ麦パンに対応した酒場用の鉄貨と交換する。
先程の言葉通り、時間を要さずに供された野菜スープと硬質なパンで腹を満たして僅かな休憩を挟み、持参したカモシカの燻製肉を売り込むため東地区の市場へ向う。
雑多な大通りを四半時余り進み、併設酒場の主人に教えてもらった肉屋を見つけて軒先を覗いたら…… 両腕を組んだ髭面でマッチョな親父と目が合った。
「おぅ、冒険者の兄ちゃん、なんか買っていくかい?」
「いや、運よくカモシカを仕留めてな、燻製肉を作ったんで売りに来たんだ」
燻製まで加工した肉を持ってくる冒険者が珍しかったのか、肉屋の親父は少々怪訝な表情をしたものの、俺が背負う機械弓を視界に捉えてひとりで納得する。
「元は猟師かよ、取り敢えずギルドの登録証を見せてくれや」
「分かった、これで良いか」
冒険者ギルドの登録証は身元を明らかにする以外にも、個々の取引で多少の信用力を保証する効果があるので、此方を元猟師と勘違いした相手に小さな羊皮紙を手渡して反応を待つ。
「問題なさそうだな、物を確認させてもらうぞ」
「お手柔らかに頼む」
羊皮紙と交換する形で肩掛けした重い布袋を差し出すと、受け取った肉屋の親父はそれを作業台に置き、中身の厚切り燻製肉を一切れ取り出して矯めつ眇めつ眺め出した。
「ふむ、木香と色付きは良いが…… 肝心なのは味だからな」
呟いた親父が燻製肉をまな板に載せ、包丁で端っこを切り落として口に運ぶ。
「上手く仕上げたつもりだが、どうだろう?」
「満点とはいかねぇけど…… ハーブのスパイスも効いているし悪くはないな」
一応、傭兵の頃に保存食などの仕込みをしていた経験もあり、手間暇かけて拵えた燻製肉10㎏をディオル銀貨14枚で肉屋に買い取ってもらえる事になった。
そうして少々懐が潤った後、用件を済ませた俺は冒険者向けの安宿 “迷える子羊亭” で部屋を取り、女将さんにミュリエルへの言伝を頼む。
彼女も日々の暮らしの為に活動している以上、いつも都合が合う訳ではないものの…… それもまた一興だと思い至って頷き、借り部屋のベッドへ腰を下ろして窓から夕暮れ空に浮かぶ月を眺めた。
「…… 集落に帰ったらひと仕事があるし、今の内に骨を休めておくか」
世界樹の巫女殿から先日頼まれた件を思い出しつつも、ベッドに身を沈めて瞼を閉じ、身体から余計な力を抜いて暫しの仮眠を取る。
筈だったが…… 部屋を訪ねてきたミュリエルの遠慮がちなノックで目覚めた時には、不覚にも翌日の昼前となっていた。
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