初志は貫徹するためにあるのさッ
後日、諦めが悪い俺は焼き捨てられた虎肉の代わりにカモシカを仕留め、その場で捌いて得た肉塊に保存効果のある岩塩を塗し、集落に持ち帰って燻製づくりの下拵えを済ませていた。
「フッ、ヴォルガルォオオゥ ウォオアァッ
(ふっ、初志は貫徹するためにあるのさッ)」
ニヤリと口端を歪めてそんな台詞をのたまうが、傭兵時代に酔っては口にした “砂漠の狼” の団長職を継ぐという大言壮語は貫けず、気が付けばコボルトの群長になっている。
「…… ガルォ ヴォアルゥ (…… 此れも天命なのか)」
当時、共に戦場を駆けた第二偵察隊の仲間たちが存命だったら、エリックやサクラあたりから “どんな天命だよッ” と突っ込みを受けてしまいそうだ。
思わず苦笑いを浮かべつつも、外気温が低い深夜から朝方までの時間帯を狙い、目の細かい麻網袋に入れて干してあった厚切り肉の仕上がり具合を確認する。
先日の御礼にミラがくれた肉の臭みを消すローリエや、日持ちを良くするセージなどを加えた特性の岩塩水に漬け込んだ故か、心なし風味と色具合がいつもより良い気がした。
今回は売り物にする予定なので、塩抜きの過程でも十分な注意を払ってコボルトの嗜好より多めの塩分を残し、人族が持つ味覚に合わせてある。
(これで黒胡椒があれば、最高級品に仕立てられるんだが……)
さすがに薬師のミラも “鎮守の森” に引き籠っているエルフである以上、遥か東方から運ばれてくる黒い実を持っている訳がない。
仮にあったとしても、少量で一般的な都市労働者の三日分の賃金に相当する物をおいそれと貰うのは気が引けてしまう。
そもそも、カモシカの燻製肉は比較的に高値が付くため、欲張る必要もないと思い直して乾燥した厚切り肉を回収し、昨秋にスミスたちが広場の片隅へ拵えた燻製窯まで歩み寄っていく。
「ガゥ、グゥガルッ (さて、燻し焼くかッ)」
俺は上機嫌で窯内上部に通された複数の棒へ分厚い肉を吊るしていき、窯底に着火した火種を投入して、乾燥させた小枝や葉をくべた。
程よく炎が育ったところで薪を追加し、窯内下段の四隅に設けられた突起へ載せる形で以前野盗から奪った鉄板を設置する。
さらに鋸で細く切り分けた “胡桃の木” を鉈で木片になるまで叩き切り、苦労して作ったスモークチップを鉄板上に撒き、煙を立て始めた燻製窯の正面を煉瓦で丁寧に塞いだ。
そして待つ事暫し、多少の手間ではあるが再び煉瓦を除け、素晴らしい香りと色が付いた燻製肉を取り出す。
僅かな端っこを短剣で削って口に放り込み、少々塩辛いものの人族には丁度良い肉の旨味を噛みしめる。
「ワゥッ、グルァアゥ! (よしッ、上出来だ!)」
うっかりもう一口食べてから売り物にする事を思い出し、窯内の肉をすべて切り株のテーブルへ移し替えた後、片付けを始めていると背側から大柄な影が差した。
「ガォ、グルァ、ワファクアォオ ガルァアン
(よう、大将、何やら旨そうな匂いがするな)」
「ガゥウオ、ヴァルグ (やらんぞ、兌換品だ)」
隣に佇んで物欲しげな目をする腕黒巨躯のバスターに即答すれば、奴は肩を竦めてやれやれといった手振りをする。
「ガゥルアゥ グルァアウゥ? (という事は出掛けるのか?)」
「ワファウ、ワゥオォ ルァアオン (野暮用だ、一晩だけ留守を頼む)」
「ウォル、ガルォオアン (なら、報酬は貰うぜ)」
そう言いながら燻製肉に伸ばそうとした手を遮り、自分で食べるために薄味仕立てにしておいた一切れを渡す。
「ワォアオン (ありがとよ)」
短く礼を言って受け取ったばかりの燻製肉に齧り付き、バスターは大陸共通語を習うためにエルフたちのテントへ向かった。
意外と努力家な幼馴染の背中を見送る視界の先、今度は蒼い巨躯をのそりと動かすアックスの姿が見えたので、此方に来る前に急いで燻製肉を清潔な布袋に収める。
幸いな事にこれ以上の目減りを回避した俺は情報取集も兼ねて都市に赴くため、いつもの駄獣用鞄に先程の布袋などの諸々を詰め込んだ。
一応、事前にベルト調整して専用ハーネスを取り付けた状態から獣化する事もできるが、近くにいたランサーに頼んで手早く巨狼化した身体へ装着してもらう。
「ン、ガルクァアウ (ん、これで良いわよ)」
「ルァウゥッ、クォグルァアゥ (すまないな、少し出掛ける)」
「クルァォオウ、クゥ ウォオアゥ ルファウ
(構わないけど、雌に入れ込むのも程々にね)」
どうやら危惧した通り、妹に対する口止めは効果を発揮しなかったようだ…… 春まで持ったのは良い方だと思うべきか?
「ガルゥオ ルアゥ…… (この事をマザーは……)」
「ガルゥ、ガルォアァウ、グルゥファオゥ
(勿論、知っているけど、私じゃないわよ)」
狼混じりとなった時点で一般的なコボルトとは異なるという認識の下、大抵は暖かく受け流してくれているが、そろそろお叱りを受けるかもしれない。
どう説明したものかと考えつつも、ランサーと別れて木々の合間を縫い、午前の柔らかな木漏れ日が照らすイーステリアの森を北上する。
途中、喉を潤しに立ち寄った川辺で猪を見つけたものの、ウリ坊を連れていたので昼餉を抜いても死にはしないと偽善的な思考で見逃し、午後には中核都市ウォーレン近郊へと辿り着いた。
獣姿での四足疾走も慣れてきており、人の足なら三日掛かる道程を二刻ほどで踏破可能なのは非常に有難い。
ただ、街道へ出る前に草むらで人に擬態しないとひと悶着あるので、身なりを整えてから都市防壁をはみ出して日々拡張する貧民街へ至り、何食わぬ顔で雑多な街並みにふらりと紛れ込んでいく……
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