葱系植物は食べ物じゃない
「はわゎ、ふかふかなのです♪」
「ウォフル ヴォオルゥアウ (しっかり掴まっておけよ)」
足場が良いとは言えない森中を相応に移動する事を鑑み、巨狼化した俺は体力が無い青銅のエルフを背に乗せて落ちない様に気遣う。
小柄なミラの軽さを感じつつも、犬人姿で革鎧を着こんだ妹たちに歩調を合わせて勾配の緩やかな斜面を進み、窪地になっている集落の外縁部に至れば貯水池が見えてくる。
近辺の森はここ数日でアックスやスミスたちによって切り開かれており、中心部には作物の畝立てに使う土壌が積まれていた。
「農耕用の土に何を混ぜているか聞いても?」
別に隠すほどの特別な何かがある事もなく、頭上から降ってくるミラの問い掛けにさらりと返す。
「ガゥグルオァ アルヴァルオゥ、ウォ ヴォルファオウゥ
(獲物の骨格や鍾乳石を砕いた粉、後は刻んだ植物とかだ)」
詳しい理屈は分からないが…… 農家の一般的な経験則として、動物の骨粉や石灰を程よく畑に撒く事で収穫量が増加するのは広く知られている。さらに刻んだ植物を土に混ぜ込むのは所謂 “緑肥” というものだ。
手間暇を掛けた土で日当たりの良い場所に畝を造り、溝を掘って比較的育ち易いスピナッチと白アスパラガスの種を蒔く予定になっている。
種自体は帰還したミュリエルと一緒に過ごすため、中核都市ウォーレンの冒険者向け宿屋 “迷える子羊亭” に滞在した際、東地区の市場で調達しておいた。
他にも成長が早くて冬までに収穫可能な春蒔き小麦を購入したので、近日中に新たな畑を準備しなければならない。
(仔ボルトたちの世話もあるし、春先の集落は忙しいな……)
時折、想い人の様子が気に掛かり、中核都市を目指して銀狼姿で疾走する俺が “言えた義理では無いか” と自嘲していたら、狐尻尾を振りながら隣を歩いていた妹が素朴な疑問を呈する。
「ウォオン ガルオォウ、クォン? (ところでどこ行くの、兄ちゃん?)」
「グォァ、ガルオォアァアウゥ (さぁ、何処に行くんだろうな)」
こっちも頼まれて同行している立場上、然したる主体性を持ち合わせておらず、そのまま受けた言葉を背中のミラへ投げ渡す。
「ん~、取り敢えずはカモミールとか、ダンデライオンが欲しいのです」
彼女の説明によると前者は頭痛や風邪に利き、後者は根に催乳効果がある事から、貯蔵分以外はハーブティー用に乾燥させて仔ボルトの母親たちにも分けてくれるらしい。
傭兵時代も仲間が産後の妻に頼まれて薬草やハーブを集めたりしていたが、似たような効果があったのだろうか。
兵団の規模が大きくなれば仲間内で夫婦になる連中もいるし、自然の成り行きとして子供も生まれる。孤児である俺は若くして母親になったばかりのガサツな友人を揶揄いながらも、腕に抱かれる幼子を遠慮がちに眺めていたものだ。
(共に暮らすのが人間かコボルトかの違いはあっても、未だに慣れない……)
生まれたばかりの仔ボルトを抱いた番が群長に顔見世に来るのを拒むつもりは無いが、やはりどこか気後れしてしまう。
ひとりで苦笑を浮かべていると、注意深く何かを探し歩いていたレネイドが振り返り、白磁のエルフが持つ特徴的な翡翠眼を向けてきた。
「えっと、この森にベアガーリックとかの山菜はありますか」
「ウォルァオウゥ、グルォウゥ クォヴァアル
(よく見かけるが、俺たちには無用の長物だ)」
現状は雑食であるコボルトや猫人も遠い祖先の影響を一部残すため、葱系植物を原型に近い無調理で食べれば必ず激しい腹痛に襲われる。
そう、必ず…… 故に入念な調理で食べられる状態にできたとしても、香辛料として磨り潰した少量の物とかは兎も角、あまり食べたいとは思わない。
なお、西方諸国の人々は葱科植物を含む山菜を森まで取りにくる習慣があり、偶に縄張りで人影を見かける事もあった。
(恐らくヴィエル村の連中だろうが、ご苦労な事だな)
内心で独り言ち、どうやら白磁の巫女殿に山菜採取を頼まれていたレネイドと言葉を交わしつつ、暖かな木漏れ日が降り注ぐ木々の合間を軽やかに歩む。
彼女たちの求める草本はそれほど珍しいモノでも無く、ダンデライオンなど日当たりさえ良ければ逞しく生えているし、林檎に似た花の香を辿ってカモミールが群生している場所を見つけるのも難しくない。
途中で山菜を取るのにも付き合い、一刻半ほど森の中で過ごして帰路に着こうかと考え始めた頃、俺たち兄妹が得物に手を添えて警戒する傍でハーブ類を摘んでいたミラの動きが止まった。
「あれ、これは…… 黒角兎の足跡なのですぅ!」
「えッ、ホントですか!?」
二人のエルフが真剣に観察するそれはビッグホーンラビットの足跡のように見えるものの、僅かに小さくて鋭く長い爪により土が深く抉られている。
「確かにそうかもしれませんね…… 弓兵殿?」
振り返って伺いを立ててくるレネイドの意図は理解できなくも無い。
以前、ギルドの依頼にもあった希少種の黒角兎は肉が旨いのに加え、魔力を蓄え込んだ銀角が貴重な霊薬となるため、できればこの機に狩っておきたいのだろう。
「ガルゥ、ヴァルガクゥオ ガォアァオォウゥ クォアゥ
(ふむ、精製した霊薬の分け前を貰えるなら協力しよう)」
「勿論、良いのです♪」
上機嫌で頷いたミラを再び背中に乗せ、いまいち状況が分からずに小首を傾げた妹へ事情を話した後、嗅覚を研ぎ澄ませて微かに残る黒角兎の匂いを追跡していく。
ただ、春先は草花の香が強い事もあり、辿り着いた先で葉擦れの音を鳴らして現れたのは黒角兎とは似ても似つかない二匹の魔獣だった……
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