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春眠暁を覚えず

何やかんやで気侭に薄く雪が積もった平原地帯を駆け、子狐妹を囮に襲ってきたフクロウを狩ったりしつつも、俺たちがイーステリアの森に戻ってから三か月半ほど経つ。


(すっかり春だな…… 眠気を抑えられない)


大きな広場の一角に座して欠伸を噛み殺し、長閑な集落の風景を見渡すと生後1か月になろうかという仔ボルトも母親の膝に頭を乗せ、幸せそうにウトウトしている様子が視界に入った。


他にも両親たちに見守られて仔ボルトたちがじゃれ合っており、視線の先では圧し掛かった栗毛の幼体が組み敷いた薄茶の幼体の後ろ脚を食み、ガジガジと齧り付くが……


「クァッ!? フワゥウッ!!」

「ギャウッ!?」


反撃に遭って小さな尻尾を噛まれ、さらに蹴り飛ばされて驚いたような悲鳴を上げていた。


「ウゥ…… キュア~ン♪」


それでもめげずに(から)みにいく栗毛と若干迷惑そうな薄茶の仔ボルトを見る限り、既に個々の性格が出始めているのかもしれない。


まぁ、(はた)から見ると二匹とも子犬そのものだが、半年もすれば立ち上がり、体つきも亜人種としての人型になっていくはずだ。


「本当に可愛いですよね、あぁ、思う存分モフりたい……」

「レネイド、それをしたら親御(おやご)さんに怒られるのです」


少々不穏な言葉を零しながら、白磁の侍従騎士レネイドと青銅の薬師ミラが近づいて来たので、腰元に吊るしてある念話の仮面を被る。


「ガルォン? クウァ ルァウオォアゥ

『どうした? 珍しい組み合わせだな』」


「アーチャー殿、少し森に出ようかと思います」

「ん、春の草本やハーブを集めてくるのですぅ」


ぐっと両手を握り締めて薬師のミラが気合を入れるものの、線の細いエルフ族は荒事に向かないので、冬眠から覚めた熊なども徘徊する森に彼女たちだけで行くのは心許ない。


「暫くの間、犬人族の戦士をお借りしたいのですけど……」


本来、もう一人の護衛である黒曜の狩人セリカは…… この時間帯、どこかの木陰でバスターに大陸共通語を仕込んでいる最中だろう。


(持ちつ持たれつか)


無下に断るのも気が引けるし、彼女たちに何かあればアリスティアに申し訳が立たないのも事実なので、集落内なのに態々(わざわざ)気配を抑えて佇んでいる長身痩躯の幼馴染の下へ腰を上げて歩み寄る。


「ワオァン、ファウォオン?

『ブレイザー、出られるか?』」


「ルァウ、グルァ…… ガルグゥ グァンアァウォオァアン

(すまない、御頭…… この後は狩りに行く事になっている)」


ばつが悪そうに応えた奴の視線を辿れば、少々離れた場所から装備を整えたニ歳世代の五匹が意気揚々と此方に向かってきていた。


厳しい冬場は毛皮のあるコボルトと()えども非活動的になるため、越冬の蓄えは既に食い潰しており、秋撒き小麦の収穫も初夏以降だから当てにならない。


「クルァオゥ、グルォ ヴォオゥクァオン『気にするな、皆に食わせる肉を頼む』」

「ワフ、グルァウゥ (あぁ、任せてくれ)」


「グルァ、アウォオオン! (ボス、行ってきます!)」

「クゥオァアオオォッ!! (期待してくださいッ!!)」


言葉を交わしている内に合流してきた連中を見送り、残された俺たちは暫し佇む。


「うぅ、私たちも早く出掛けたいのです」

「余り無理を言ってはいけませんよ、ミラ」


エルフ族特有の長い笹穂耳を伏せた青肌エルフに黄金瞳(おうごんどう)で見つめられるものの、安全性を高めるために少なくとも後一名は仲間を連れて行きたい。


(ランサーは子守りの手伝いがあるし、ガロウさんに頼むのもなぁ)


片目が潰れてもなお覇気を失わない、熟練の戦士ガロウはバスターの親父さんだ。未だ犬人族の猟犬(コボルト・シーカー)としての実力は健在だが、さすがに先代の群長(むれおさ)を駆り出す訳にはいかない。


素直に諦め、先程から親仔連れと距離を取った場所で身体を動かしていた狐混じりの短剣使い(ダガー)と蒼色巨躯の斧使い(アックス)に視線を投げれば、いつの間にか組手を始めていたようだ……


「シッ (しッ)」


微かに短い呼気を吐き出し、獲物を狙う狐の如く吶喊する妹に動じることなく、やや腰を落として構えたアックスが右正拳突きで迎え撃つ。


だが、機敏に反応した妹は左掌で拳撃を(さば)きながら、身体を旋回させて相手の側面を抜け、遠心力の乗った右肘打ちを背後から腰元へ叩き込んだ。


「アウッ!? ワフアァ、グゥッ!!

(あうッ!? 痛いなぁ、もうッ!!)」


若干、キレ気味なアックスも半回転して振り向きざまの右裏拳を打ち放つが、それを見越していた妹は上体を後ろに倒し、攻撃を躱しつつも後方回転飛びにて距離を稼ぐ。


「クァ~ン、クァオ ファウゥアオンッ!!

(へへ~ん、当たってあげないよっとッ!!)」


調子付いた妹がニヤリと口端を歪め、さらに速度と自重を乗せた渾身の飛び蹴りを胸板目掛けて繰り出す。


恐らくは防御される前提で相手の体勢を崩し、着地と同時に連撃を打ち込んで、そのまま手数に任せて押し切る算段だろうが……


「ファウ『甘いな』」


「グッ… ウ、オァアアァ――ッ!!

(ぐッ… う、りゃああぁ――ッ!!)」


アックスは蹴撃を受け止めた右腕を全力で振り抜き、空中で押し戻された妹の虚を衝いて、迅速な踏み込みと共に左ボディーブローを打ち放つ。


「グァッ、グウゥウ!? (ちょッ、ぐうぅう!?)」


僅差で防御が間に合ったものの、交差させた両腕ごと腹部を強打された妹は着地の直後に痛みを堪えて飛び離れ、追撃を躱してから地に片膝を突いた。


それを区切りと判断して、俺は軽く手を掲げて声を掛ける。


「クァ クルァオフ『少し構わないか』」


「ウゥ…… ガルァン (うぅ…… どしたの)」

「ワフィヴォン、グルァ? (何か用事、ボス?)」


顔を顰めながら立ち上がった妹と小首を傾げるアックスに対し、隣で組手を見ていたミラとレネイドを指し示す。


「ウルヴァルオン、ガルフォオン?『一緒に森に行く、来てくれるか?』」

「あぉおんわぅあう (お願いするのです)」


「クルゥワォン (あたしは良いよ)」

「ウ~ッ、グルゥガルゥオ…… (う~ん、僕はちょっと……)」


何やら言葉を濁したアックスはこの後、垂れ耳コボルトのナックルやスミスたちと春撒き作物の耕作地を開墾する予定があるようだ。


元を(ただ)せば彼らに頼んだ記憶もあり、困った表情を浮かべた気の良い幼馴染に大丈夫だと伝え、妹を加えた四名で春の植物を求めて森の奥へ分け入る事になった。

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