vs.ラミア
「──ッ!」
「──ぐっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
血の臭いと激しい戦闘音を頼りに、上月君のいる元へと全速力で駆けつける。
すれ違いざま、隙を見せたラミアの腕を自分の血で作ったナイフで斬り飛ばし、私はピクリとも動かない彼の前へと舞い降りた。
「上月君、生きてる!?」
「…………」
へんじがない……。まるでしかばねのようだ……。
「ちっ」
そんな冗談が頭に思い浮かぶほど、上月君は満足そうな表情で眠っていた。自然と舌打ちをしてしまう。こんな状況だというのに、なんと豪胆な奴なのだろうか。
「…………」
まさかこの男、私のお尻を見て喜んでるんじゃないだろうな? もしそうだとしたら、次に目を覚ました時にまた、渾身の力でぶん殴ってやろうと思う。絶対にそうしよう。
「あぁぁぁぁぁ!! 腕がぁぁ、アタイの腕がぁぁぁぁぁぁ!!」
……まぁそれも、お互い生きてこの場を切り抜けられたらの話なんだけどね。
上月君にイラッとしている間にも、腕を斬り飛ばされたラミアは怒り狂い、私に対して熱烈な殺意を向けていた。
射殺すような鋭い視線が、真っすぐ私だけを捉えている。
「お前、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そしてそのまま、私たちに向かってバカみたいに真っすぐ突っ込んできた。
「──!」
速度も威力も凄まじいが、その動きは怒りのせいかあまりにも単調だ。後ろで寝ている上月君を大急ぎで抱きかかえ、転がるようにして奴の攻撃を回避する。
それからすぐに立ち上がり、なるべく距離を取れるよう翼を大きく広げ、出来る限りの速度で空へと逃げた。
「お、重い……!」
とはいえ、これで逃げ切れるなんてのは私だって露ほども思っちゃいない。
上月君のせいで速度はガタ落ちだし、こんな状態で空に逃げたところで奴にとっての格好の的だ。
絶対に逃げ切る前に捕まるし、仮に奴の届かないところまで高度を上げられたとしても、下で待ち構えられたら終わり。
上月君が無駄に重いせいで、中空で長く維持するだけの体力が続かない。
なので、とりあえずといった感じで私は公園に設置されているトイレの裏へと隠れた。
上月君が連れてこられたのは、先程まで私たちが休んでいたところとはまた別の大公園。
沢山の植物と大きな池があり、この街で一種の観光名所となっている場所だ。閉園時間の決まっている公園なためか、今は周囲に人影はない。
「…………」
……なんともまぁ、妖怪にとって住みやすそうな場所なのだろうか。あの池の中から突然河童が出てきたとしても、たぶん私は驚かないと思う。
「下級悪魔風情がぁぁぁ! どこにいったぁぁぁぁぁ!!」
「…………」
ジッと息を潜め、奴が少しでもこの場から離れてくれないかと切に願う。
ついついどうでもいいことを考えてしまうのは……気を紛らわせるためか、単純に私の頭がおかしくなったのか、果たしてどちらだろう?
「……上月君」
震える腕の中で眠る彼に、視線を落とす。
満足そうな表情で眠っているが、状態は酷い。どこもかしこも痣だらけの傷だらけだし、外から触っただけで全身の骨が砕けているのが分かる。口からごぽごぽと血が溢れてきているし、たぶん内臓も何箇所か破裂しているのではないだろうか。
どう見たって致命傷。どうしてまだ生きているのか不思議なレベルだった。
「……ごめんね」
たぶん、彼はもうじき死ぬ。
でもそれはまだ、最悪じゃない。
「少しだけ、血を貰うよ」
本当の最悪は……上月君の死後、他の勢力に【憤怒の権能】を奪われること。
憤怒の……。いや……アマネ様の眷属として、それだけは絶対に阻止しなくてはならなかった。
「…………んっ!」
だからこそ私は、これから上月君にトドメをさす。
吸血鬼の力を最大限活用できるよう、残り少ない彼の血を奪い取る。
戦うために。生きるために。
そのために、私はごぽごぽと湧き水のように溢れてくる上月君の口を塞いだ。
「……ん」
口内に舌を入れ、絡め、舐めとっていく。
傍から見れば何でそんなとこから吸血してるんだと思われるかもしれないが、半分サキュバスの血が混じっている私にとってはこれが一番魔力吸収が良いのだから仕方がない。
…………。
本当は上月君みたいな変態なんかと舌を絡め合わせるなんて嫌で嫌で仕方ないんだけど、これから相手にするのは格上の怪物だ。
わがままなんて言ってられない!
「ん……んん!」
若干の発熱を感じる。良い傾向だ。気持ちよくなればなるほど吸収率は高まるので、このまま吸血作業を続けていく。
もちろんそれだけでは絶対に奴には勝てないので、上月君を拘束していた糸を解除し、さらに外傷から流れ出る新鮮な血を回収するのも忘れない。
口内から極上の唾液と血を摂取しながら、空いた手で外傷からの血を小瓶いっぱいになるまで沢山流し込んでいく。
「ぷはぁ!」
だいたい一分くらい吸血作業を続けただろうか、充分なほどの血を体内に取り込めたところで私は顔を上げた。
「はぁ、はぁ……!」
本当はカラっカラになるまで吸いつくすつもりだったが、流石は魔王様の息子とでも言うべきか、思ったよりも少ない量の血で私の許容量がいっぱいになってしまった。
「……よし」
でもそのおかげで、枯渇していた魔力を短時間で全回復させることに成功する。全快どころか、かつてないほどの力を自分の中から感じるほどだ。
ちょっと体が火照って辛いが、これで震えは消えた。
これならばあの厄介な怪物とも対等に渡り合うことが出来るだろう。
「じゃあ……行ってくるね」
上月君を横に寝かせ、アマネ様に貰ったチャームを胸の上に乗せる。
魔界を離れる際にお守りとして貰ったハート型のチャーム。きっとこれは、私なんかよりも上月君が持っている方がふさわしいと思う。
……全然似合わないけれど。
……死ぬほど似合ってないけれど。
まぁでもたぶんきっと、上月君のことを護ってくれるはずだ。
このチャームには、周囲に漏れ出てしまう魔力を抑えてくれる加護が備わっている。要するに、魔力から敵に察知される可能性が低くなるということだ。
この戦いにおける最悪の結果は──私も上月君も殺され、大切な心臓を奴に抜き取られること。
奴に殺されることになったとしても、【憤怒の権能】さえ護れればそれでいい。
「出てこぉぉぉぉい! 下級悪魔ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「…………」
息を潜め、一人移動を開始する。
ほぼ確実に上月君はこのまま死んでしまうだろうが、どうせ死んだところで神の子である環さんに蘇生されるんだ。アマネ様のお守りも置いてきたことだし、役立たずの邪魔者は放置して構わないだろう。
とりあえず、これから始まる戦闘に巻き込まれなければそれでいい。
「気づかないでよ……?」
そのためにも、出来るだけ上月君から離れなくてはいけない。
少しでも魔力感知を避けるため人間体になり、気づかれないよう静かに草木の中を進んでいく。そろりそろそろと、ゆっくり進んでいく。茂みのせいで多少の音は出てしまうが、喧しく喚き散らす間抜けのおかげで、しばらくバレることはなさそうだ。
「……いっ!?」
時折弾き飛ばされてくる木や岩に冷や汗を流しながらも、私は叫ばないよう注意し、どうにか奴の後ろに回り込むことに成功した。
「……ふぅ」
深呼吸を一つし、覚悟を決める。
チャンスは一度きり。
強烈な一撃を食らわすために、攻撃態勢を整え一気に魔力を解放する。
【血弾】!!
「──ッ!」
「──ちっ」
完全に不意打ちのつもりで撃った血の弾丸だが、茂みから湧いた魔力を敏感に察知したのか、狙いの人間部分には当たらずにあっさりと蛇の尾で弾き返されてしまった。
──鋭いラミアの眼が、茂みの奥にいる私を捉える。
「そこかぁぁ!!」
直後に振り下ろされるのは丸太のような極太の尻尾。
直撃すれば敗北は免れないその一撃を、私は悪魔の翼を全開に広げ、空に逃げることによって回避した。
「ぶしゅうぅぅぅ!!」
「──うわっ!?」
そして姿を現した私に、速攻でラミアのくっさい毒液が降りかかる。
先程足に受け、結局斬り落とすしか治す方法がなかった極悪の毒液。
それを、私は驚きながらもくるりと身を回し、体勢を変えて回避した。
「あ、あっぶな!?」
散弾みたいに飛んできた毒液だが、口だけの力で吐き出しているからか射程も速度もあまりない。少し虚を突かれてしまったが、それでも体勢さえ整っていれば回避は難しくない攻撃だ。
倉庫の時みたいに突っ込まなくて本当に良かった。
たぶん、そのまま真っすぐ突っ込んでたらこの戦闘はもう私の敗北で終わっていたと思う。
「くっ──!」
くるりくるくると乱回転する体勢を地面スレスレのところで無理矢理整え、再び夜空へと上昇。
若干乱れ始めた息を強引に落ち着かせ、月をバックに、私はまた【血弾】を奴に向かって撃ちだした。
「そんな豆鉄砲が効くかぁ!」
が、当然のように弾かれる。
一応家の壁をぶち抜ける程度には威力のある弾丸なのだが、やはり奴の硬い鱗の前では大したダメージにはならないのか、先程と似たような結果となってしまった。
「シャァァ!」
弾くついでにと、ラミアは蛇の尾を鞭のように扱い、変わらぬ怒り顔で私に攻撃を仕掛けてくる。
ひゅん! ひゅん!
と、極太の鞭が鋭い音を立てて空を切る。
「ととッ!?」
毒液や突進なんかよりも遥かに速度のある危険な攻撃。
だが、怒りのせいで半分我を失っているためか、どこに振られるのか予見するのは簡単だった。身を捩じり、方向転換し、ギリギリのところで回避する。
「羽虫がちょこまかとぉ! いい加減潰れなぁ!!」
「誰が羽虫だ誰がっ!」
怒鳴り返しつつも、連続して振られる奴の鞭を間一髪のところで回避し続ける。
一瞬たりとも気を抜いていられる余裕はない。
「はぁ、はぁ……!」
風に乗って急上昇。
停止して、空から奴の攻撃手段を俯瞰して観察する。
──そのつもりだった。
「うおりゃあ!」
「──なっ!?」
距離を開けすぎてしまったためか、今度はラミアの尾に掴まれた大木が高速で飛んできた。奴の手の届かないところまで逃げて一旦呼吸を整えようかと思ったが、失敗する。
「くそっ!」
羽ばたいて上昇するのでは絶対に間に合わないので、逆に翼を閉じ、背中から自由落下をすることでこれを回避。
「シャァァ!」
「はぁっ!?」
だが、その次の攻撃でダメだった。
私に向かって高速で飛んできた大木。その陰に隠れて、ラミアもまた一直線に飛んできていたのだ。
「きゃあぁぁ!」
振るわれたのは鋭爪。
次の瞬間、完全に反応の遅れた私の右腕が宙を飛んでいた。
「まずは腕いっぽぉぉぉぉん!!」
「──ぐうぅ!」
すれ違いざま、ラミアの歓喜に震える声が聞こえてくる。
──このクソ女、今わざと私を殺さなかったな!?
今の不意を突かれたタイミングなら、腕どころか胴体を真っ二つにされててもおかしくはなかった。奇跡的に助かったというよりも、ラミアの残虐性によってまだ生かされているといった方が正しいだろう。
私を一撃で殺すのがそんなに惜しいのか、まだまだラミアの残虐性には付き合わされることになりそうだ。たぶん、ズタズタに八つ裂きにされるまでこの狩りは続くと思う。
──冗談じゃない!
狩るのは私の方なんだよ!!
「【血弾】!」
落ちながら、魔力を練り上げる。
空中戦を挑んできたのならば好都合。翼を持たないラミアでは、これを回避するのは不可能だ。
「うっ!?」
痛みを堪え、速度重視で撃ちだした3つの血弾。空を真っすぐ跳ぶことしかできないが故に、撃ち放った血弾は見事奴に全弾命中した。
一番当てたかった人間部分へと、確実なダメージを与えることに成功する。
「だぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁ!! 効かないって、言ってんだろうがよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
流石に豆鉄砲でも食らえば痛みを感じるのか、ラミアは地面に着地したのち、激昂しながらこちらを振り向いた。
ズズンと長大な尾を振り回しながら、怒りの形相で私に向かって突っ込んでくる。
「ふふっ」
効いてる効いてる。
まだまだ元気いっぱいの怪物さんではあるが、もともと私の狙いは奴に大きなダメージを与えることではない。
私の狙いはただ一つ。
確実に、奴の体内に血を流し込むことだけだ!!
「あはっ」
狙い通り事が進んでいるのを実感し、私は僅かに口端を上げた。
先程よりも気持ち速度を落として、奴の突進を躱す。
「──ちぃ!」
それから何度も振るわれる尾を、鋭爪を、私はギリギリのところで回避した。余裕がないように見せかけるために、あともう一歩で私を殺せると思い込ませるために、わざと斬り飛ばされた腕も再生させず、滝のような汗を流しながら苦悶の表情を浮かべ続ける。
「はぁ、はぁ……!」
「──死ねぇ!」
そして、その時が来た。
ちょこまかと鬱陶しく逃げ回る私を叩き潰すため、ラミアが動きを止めた私に向かって極太の尾を大きく振り上げる。
「──っ!」
天へと伸びる、ラミアの尾。
それを見上げた瞬間、私は己の勝利を確信した!
──ねぇ気づいてる?
今あなた、最初の半分もスピードが出てないよ?
「──なっ!?」
全身の力を脚部に集中し、爆発的な速度で跳躍する。
振り下ろされるラミアの尾が地面を叩くよりも速く、私の体は驚愕する奴の眼前へと到達した。
ダァン! と下から爆ぜるような音を聞きながら、余裕を持って小瓶の蓋を開け、奴を殺すための紅槍を作り上げる。
時間にして約1秒。ラミアの尾はまだ地面に着いたままだ。
「にぃ!」
遅い──あまりにも遅すぎる!
攻撃モーションが、反応が、気づきが、何もかもが遅い。上月君を眠らせるために用意した睡眠薬がしっかりと効力を発揮してくれていることに、私は歓喜のまま口端を吊り上げた。
──勝った!!
一か八かの大博打。薬を入れても効かなければ終わり。効いてもバレて対応されれば終わり。
その賭けに、私は勝利したのだ!
やった! やった!!
自分よりも遥かに強い格上の相手に対する勝利に、脳が歓喜に震える。
込み上げてくるのは喜びの声。今までの努力の全てが報われたかのような、悪魔的な勝利の美酒だ。
「──しっ!」
喜びの感情を隠しもせず、作り上げた紅槍を振り上げる。
あとは上月君の血で作った槍で奴の心臓を突き刺すだけだ。それだけで、この勝利は確定する。
「いひっ」
──はずだった。
「──あ」
ラミアの醜悪な笑い声、それと怪しく光る眼。
その二つを知覚した瞬間、私の体は空中でピタリと制止した。
「なっ──んで!?」
動かない、動かない。
あともう少しで奴を殺せるというのに、ただ少しこの腕を振り下ろせたらいいだけなのに──まるでコンクリでガチガチに固定されたかのように、体が動かない。
まさか──まさかまさかまさか!?
勝利の美酒による酔いは一気に冷め、鉛のような重い絶望感が腹の底から湧いてくる。
脳裏を過るのは一つの可能性。子供の頃……魔界でアマネ様に教わった、蛇系の悪魔が使うとされる秘術の存在。
大量の魔力を消費し、一時的に対象の動きを封じることが出来るという、本当に限られた者にしか扱えない連中の切り札。
【石化の蛇眼】
それが今、行使されたのだ。
「にぃぃぃぃぃぃ!!」
「──ひっ!?」
これでもかというくらい口と目を弓なりに曲げるラミア。
その笑みはやはり醜悪以外の何ものでもなく、私の胸の真ん中に否定しようのない恐怖心を植え付けた。
──いやだ。
ゆっくりと、ラミアの腕が後ろへ引かれる。
本当に薬が効いてるのか、それともわざと遅く動いてるのか、今となっては分からない。
ただゆっくりと、ゆっくりと、槍のような形をした鋭爪が近づいてくるのだけが、嫌になるくらいよく分かった。
──いやだ、いやだ。
想像する。
奴に貫かれる体を、痛みを、結末を──想像する。
──いやだいやだいやだ!
否定して、体を必死に動かそうとしても、やはりこの体はどうしようもなく動いてくれない。
「──いっ、や……」
恐怖心だけが全身を駆け巡る。
この秘術を打ち破ることが出来るのは、使用者の魔力と同等以上の魔力で弾き返すことだけだ。
下級悪魔の私じゃ、どう頑張っても弾き返すことは出来ない。
「──やっ」
考える、考える。
逃れる方法を、生き残れる可能性を──考える、考える。
世界がスローモーションに見える。考えるだけの時間はたっぷりとあった。視界が滲んで少し前が見えにくい。考える、考える。震える体で。恐怖で支配される脳で、考えて……考えて考えて考えて──!!
──たすけて……あまねさま。
結局、私は最期まで願うことしかできなかった。
大切な息子を利用しようとした裏切り者の私に、その願いが叶うはずなんかないのに。
「シャァァ!!」
──直後。
ラミアの鋭爪が、私のお腹を貫いた。
「ごっ──!?」
ドン! という強い衝撃が来たかと思えば、そのすぐあとに耐え難い痛みと大量の血液が腹の底から駆け上がってくる。
頬は一瞬で膨れ上がり、駆け上がってきた血が滝のように口から溢れ出てきた。
「ばはぁぁぁぁっっ──!!」
痛い苦しい辛い痛い苦しい辛い痛い苦しい辛い痛い苦しい辛い!!
腕を斬り飛ばされた時とは比べ物にならないほどの痛みに、思考の全てが真っ赤に塗り潰される。
痛い! とにかく痛い!!
皮膚が、肉が、骨が、内臓が、神経が、ラミアの鋭爪によってぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。いっそのこと心臓を一突きしてくれたら楽に死ねたものを、ラミアは楽しむように腹内にある指を動かし、更なる激痛を私に与えてきた。
「いひひひっ、楽には死なせないよぉ? アンタには苦しんで……苦しんで苦しんで苦しんで死んでもらわないと困るからねぇ……!」
「ごっ、あっ、がぁっ、ぶぅ──ずぅぅ……!!」
溢れ出てくる血が気道を満たし、息を吸うことすら叶わない。視界は点滅のように白と黒を繰り返し、もはや何を見ているのかさえ判然としなかった。
「あぎっ──あぁ!」
いつの間に【石化の蛇眼】が解除されていたのか、体がよく動く。
狂った脳みそからの伝令により、全身の筋肉が弾かれるように痙攣して──。
「──あ」
そして私は……薄れゆく意識の中で、幻を視た。
醜悪な笑みを浮かべるラミアに向かって、憤怒の形相で飛び掛かる悪魔の姿を。
容赦なく奴の眼球を抉り取る、【憤怒の烙印】を発現させた魔王の姿を──私は確かに視た。
直後──
「いっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
乱暴に振り回された腕によって、私の体は宙へと放り出された。
突然の激痛に、耳障りな悲鳴を上げるラミア。
その音を聞きながら、私の体は夜の冷たい水の中へと落ちていく。
「か……みつ………き……く」
何もない暗闇の底へと独り……沈んでいった。




