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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第三章 悪魔の求愛
63/81

きみは恋愛マスター(笑)

 「よし、まぁこんな感じかな? ちょっと立ってみて」

 「お、おう」


 熊谷からそう指示を受けて、ゆっくりと立ち上がる。普段とは全く違う服装に少なくない違和感を抱きつつも、俺はくるりと反転して、背後に立つ熊谷へと全身を晒した。


 「おー、結構いい感じじゃん。さすが私、いつもの上月君じゃないみたい。さすが私」

 「褒めてるのかそれ?」

 

 パチパチと拍手を送りながらも、自画自賛する熊谷。俺の今の恰好を喜んでくれているみたいだが、それがいい意味なのかどうかは判断に悩むところだ。


 熊谷はベタベタと手に付くワックスをウェットシートで拭いて、


 「あーごめんごめん、自分で見ないと分かんないよね」


 と言って、バッグの中から手鏡を取り出した。


 折りたたまれた手鏡がパカリと開かれると、自分で言うのもなんだが、リア充っぽい男の姿が視界に入ってくる。


 「おー」


 なかなかのイケメンだ。


 先程の服屋さんでオススメされたジャケットに、熊谷の手によって作り上げられた清潔感のある髪型。頬の傷が少し気になるところではあるが、それでも補って余りあるほどに不思議と格好よく見える。服装と髪型とメイクでこうも印象が変わるのかと、素直に驚嘆する想いだ。


 「世の中のモテる男って凄いんだな……。こんな面倒臭いこと毎日やって、ホントよくやるよ」

 「まぁ絶対にそれだけじゃないと思うけどね……。てゆーか変わった自分を見て最初に出てくる言葉がそれ? 少しは喜んでくれないとやりがいがないんだけど」


 俺の素直な感想に熊谷から不満気な視線が向けられる。若干呆れたような表情を見せながら、俺に向かって文句を言ってきた。


 「私としては『えっ──ホントにこれが……俺? はぁ、カッコイイ……』みたいなリアクションを期待してたんだけどなー。……ねぇ、今からでも遅くないからやってみない? やってみようよ!」

 「やるわけねーだろうがバカ。どんだけナルシストなんだよ俺は」


 流石に恥ずかしいので、熊谷からの提案は秒で突っぱねさせてもらう。


 熊谷がやる分には可愛く見えるだろうが、それを俺が実際にやったところで周囲から気持ち悪い奴だなと思われるだけだ。かっこよくなったとは思うが、熊谷の言う通りにナルシストを実践してやる勇気はない。


 そしてそれがスマホを構えられている状態なら尚更のこと。でりしゃすビームのトラウマが甦ってくるから、今すぐに撮影しようとするのをやめてスマホをポケットの中に戻してほしいものだ。


 叩き割りたくなってくるからな。


 「…………」

 「…………」


 いつまで構えてんだよバカヤロー、本当に叩き割られたいのか?


 「──とはいえ」


 流石に礼を言わないのもなんだか悪い気がするので、一応怒りを引っ込めて感謝の気持ちを口に出す。慣れないことをするものではないのか、自然と視線は斜め下へと落ちてしまった。


 「カッコイイと思ってんのはホントだよ。ありがとう。……ただ、それ以上にこれを毎日作り上げるのが面倒だなってだけの話で……別に他意はねーよ」


 パシャリ。


 「はい、上月君の照れ顔いただきました! ありがとうございます!」

 「──は?」


 思考が一瞬フリーズする。頭の中が真っ白になる。


 それから何をされたのかを理解するのに、たっぷりと10秒程の時間を要した。俺の脳が情報を整理して理解しようといる間にも、熊谷の口から訥々と犯行動機が語られる。


 「ねぇねぇこの激レア写真、実ちゃんと環ちゃんにいくらで売れると思う? 私としては三千円くらいは固いと思うんだけど、どうかな?」

 「お前ふざけんなよマジで! 俺の感謝の気持ちを返せ!」


 次の瞬間、俺は愉快に写真の行方を語る熊谷に血相を変えて掴みかかっていた。


 少しでもコイツに心を許した俺がバカだった、もう絶対に誰も信じたりなんかしない! そう決意を胸に宿して、熊谷のスマホに向けて真っすぐに手を伸ばす。


 「おっと」


 が、空振りに終わる。


 熊谷は意外にも身体能力に優れているのか、半ば殴りかからんとする俺の手をひらりとかわし、無邪気な笑みを浮かべながら手に持つスマホをひらひらと揺らしていた。


 さながら闘牛士のように、俺の闘志を煽る。


 「あはは、ごめんごめん。そんなに怒らないでよ。流石に冗談だって。いくら激レア写真が手に入ったからって友達相手に商売なんかするわけないでしょ? 頼まれなくても二人にはちゃんと無料で見せてあげるから、安心して」

 「安心できる要素が何もねぇ! なんで見せることは確定してんだよ! 見せんな消せ!」


 そう怒鳴りながら二度三度と突撃するも、全てひらりと躱されてしまう。


 いつもよりも若干動きづらさのある服を着ているというのもあるが、まさかかすりもしないとは……。流石に環と比べると劣るところではあるが、熊谷も非常に素晴らしい回避能力を有しているらしい。


 ──厄介なことこの上ない。結末として、俺の体力の方が先に底をついてしまった。


 「はぁ、はぁ……こ、この野郎」

 「調子よくないんだからあんまり無茶しない方がいいよー? また吐かれても困るし、誰かに通報されるのも嫌だしね」

 「あ?」


 言われて周りを見てみると、確かに公園で騒ぐ俺達に不審な目を向けている者が何人かいた。


 いや、『俺達』にというよりも、主に『俺』に対してか。彼ら彼女らの手には当然のようにスマホが握られており、通報する準備はいつでもオッケーですよという事実を、言外げんがいでこれでもかというほど分かりやすく伝えている。


 甦るのは先程の悪夢。警察官にみっちりとお説教された、地獄のような時間だ。


 「クソッ、誰のせいでこうなったと」


 例え悪いのが熊谷の方だったとしても、おそらく立場として苦しくなるのは俺の方だろう。


 状況の原因を知らない人間からしてみれば、今の構図は可愛い女の子が怒鳴り散らす男に暴行されようとしているようにしか見えない。


 『俺達』ではなく『俺』に視線が集中しているのがその証拠だ。無知の傍観者達にとって重要なのは『どうしてこうなったか』ではなく『どうのように見えるか』。悪いのは無条件で暴行を加えようとする俺の方で、その原因を作った熊谷のことはただの可哀想な被害者として断定されるのだ。


 通報されれば最後、俺にとって都合の悪い証言に基づき、先程以上の地獄が待ち受けているのは間違いないだろう。お説教で済んでくれるかどうかもわからない以上、無闇な突撃は避けるべきである。


 「ぐぬぬ」


 とはいえ、納得できないものはできない。


 周りからどう思われていようとも悪いのは絶対的に勝手に写真を撮った熊谷の方であり、今すぐにでも彼女の持つスマホを奪い取りたいという衝動に襲われる俺は猛獣の如く低い唸り声を上げながら熊谷を睨みつけた。


 熊谷はそんな俺が滑稽に見えるのか、「あはは」と再び楽しんでいるかのような笑みを浮かべて、


 「でも、本当に心配しなくていいよ?」


 そう言いながら、くだんのスマホをポケットの中にしまい込んだ。楽しんでいるような笑みは僅かに変化し、泣きわめく子供をあやすお姉さんのような優しいものへと変わる。


 「上月君の写真を誰かに見せることなんて絶対にしないからさ。……てゆーかたぶん、実ちゃんや環ちゃんに見せて困ることになるのは上月君じゃなくて私の方だし」

 「…………あ?」


 かと思えば、今度は笑みを引きつらせて、なんかよく分からないことを言ってきた。


 どう考えても困るのは俺の方だというのに、熊谷の方が困るとはいったいどういうことなのだろうか。


 「どういうことだよ?」

 「女の嫉妬は怖いって話」

 「…………?」


 たまらず聞き返すも、またもやよく分からない答えが返ってくる。熊谷は俺からの視線を無視するような形で虚空こくうを眺め、心ここにあらずと言った感じで「はぁ」とため息を吐いた。


 女の嫉妬? 誰が、誰に対して?


 これが剣崎妹だけならば、素直に俺に好意を寄せているというだけの理由ですぐに納得ができただろう。だけど、それが殺人鬼である環も絡んでくるとなると話は別だ。


 三ノ輪環という女は、間違いなく俺のことを嫌っている。


 そりゃ昔は俺に対しても優しく接してくれていた時期もあったが、今となっては暴力と暴言が彼女とのコミュニケーションをとる上での当たり前となっている。


 マジで殺されたことは過去に何度もあり、蘇生されて目を覚ますたびに『アンタが悪い』とゴミを見るような目を向けられたものだ。特に自殺した時なんかはそれはもう酷いもので、「アンタを殺すのは私だから勝手に死なないで!」とかなんとか、さらに訳の分からないことを言われてボコボコにされたりもした。


 そんな奴が少しでも俺に好意を寄せているなど、常識的に考えてありえない。少しでも俺に好意をいだいているのであれば、ゴキブリ以下の扱いをするはずがないのだ。


 とはいえ……だからこそ、環だけは絡んできても無理に追い払うことはしなかったんだけどな。罰せられることにえていた昔の俺からすれば、三ノ輪環という女は苦しむべき人生を送る上で非常に都合のいい存在だった。


 「上月君にはわからないかー」

 「…………」


 でも今は少し、そんな選択をしてしまった自分を後悔している。こうして周りの人間から間違った認識をされているのは、俺としても望むところではない。


 「言っとくけど、たぶんお前なんか勘違いしてると思うぞ。剣崎妹はアレだが、環は全然俺のこと好きじゃないからな。たまたま一緒にいる時間が多いだけで、いつも喧嘩してばかりだし」


 そう懸念けねんして熊谷の考えを否定しようとしたのだが、


 「やっぱり上月君にはわからないかー」

 「なにがだよ」


 言ってる途中にも関わらず熊谷に呆れた顔をされてしまった。


 なんでだよ、何も間違ってないだろ。三ノ輪環は上月優のことを嫌っている。それは誰が見ても明らかな事実のはずだ。


 「……いや、待て」


 と思ったが、もしかしたら勘違いしているのは俺の方だったのかもしれない。


 てっきりこれは熊谷に対する嫉妬心かと思っていたが、そもそもの話、環が俺に好意を抱いてるのがあり得ないのだからその前提が間違ってると考える方が自然だ。


 「そうか……そういうことか!」


 前提がくつがえれば答えはおのずと導き出すことが出来る。


 そう! 


 環が好意を抱いているのは俺ではなく、熊谷の方だったのだ!!


 「…………?」

 「なるほどな」


 そう考えればストンとに落ちる。


 思えば最近は環と会うたびに、熊谷の話ばかりを聞いていた気がする。


 積極的に店に呼び込もうとしたり、ライバル店であるはずのcafeHARMONYの常連になっていたり、俺から離れて二人でコソコソ内緒話をしていたり、いつの間にか名前呼びになっていたりと、ヒントはこれまでの話の中に沢山隠されていたのだ。


 つまりは逆転の発想。


 ──結論を言おう。


 三ノ輪環と熊谷深月はすでに恋仲であると!!


 「あぁ、そうだな熊谷…………女の嫉妬って、怖いもんな」


 コテンと首を傾げる熊谷に、すべて理解したことを伝えるために俺は微笑を浮かべた。腕を組み、必要であれば力になるぞと気持ち暖かい心を持って、困惑顔を浮かべる熊谷に視線を向ける。


 「ねぇ何に思い至ったのか知らないけどたぶん絶対に違うと思うよ? 寒気がするから私を暖かい目で見るのやめてほしいんだけど」

 「心配すんな熊谷。俺はユリの間に入り込む男は全員死ねと思ってる口だからな。絶対に邪魔したりなんかしねーよ」

 「ほらやっぱり勘違いしてる! 違うからね! 私と環ちゃんはそういう関係じゃないから!」


 ガミガミと怒鳴るように吠えてくるが、それが照れ隠しであるのは一目瞭然だ。誰だって恋心を他人に知られれば顔が真っ赤になるというもの。俺もだいぶ前にそういう経験があったからよく分かる。


 「みなまで言うな、俺はお前の味方だ熊谷。俺に対してはアレだが、環は基本いい奴だから、末永く仲良くしてやってくれよな」

 「だから誤解だってば!」


 熊谷の弁解に見せかけた嘘に耳を傾けながら、俺はひたすら「うんうんそうだねわかるわかる」と理解を示した。それでも熊谷は強情に言い訳やら否定やらを繰り返していたが、最終的に認めてくれたのか、


 「くっ──まさかこの私がこの手の話でいいように振り回されるなんて……こんなはずじゃ」


 と、悔し気に頭を抱えながら小さく呟いた。


 俺もこの手の話で誰かを振り回すのは初めてだ。今回の経験を糧に、俺も普段から意味の分からん理由で振り回してくる連中を逆に思いっきり振り回してやろうと思う。経験してみてわかったが、振り回す側に立つの超楽しいからな。


 「そ、そんなことよりも、これからの話をするよ!」


 とはいえ、いつまでも主導権を握られるのはリア充としてのプライドが許さないのか、熊谷はパンッ! と力強く柏手かしわでを打ち、腹から出した大声で今の会話の流れをぴしゃりと完全に断ち切った。


 「これからの話?」


 いつまでも主導権を握っていたいところだが、流石にそこまでのコミュ力は備わってないので俺もその話の流れに乗ることにする。


 「そっ! 私とデートを楽しみたいんでしょ? どこか行きたいところとかないの?」

 「そうは言ってもなぁ」


 まるで俺がデートを続けたがっているかのような言いぐさだが、そもそも俺にデートを続けていたいという意思はない。


 遠出して大量の金銭を失ってしまったからこそせめて楽しんで帰りたいのだろうが、そう思っているのは熊谷だけであり俺の気持ちとは一切関係ない。


 なので今一番行きたい場所がどこなのかと問われてしまえば、思いつく場所は一つだけだ。


 「うーん、家?」

 「言うと思った! 家以外で!」

  

 ここでお家デートという発想が出てこないところが熊谷の良いところである。下心が全くないと俺のことを深く理解してくれているのが素直に嬉しい。


 剣崎妹だったらこうはいかないからな。たぶん同じことを言えば「ホテル代がもったいないですもんね」とか言いながらノリノリで俺の家に乗り込んでくると思う。怖い。

 

 とはいえ、


 「てゆーかお前の方こそ行きたい場所とかないのかよ? さっきから俺に考えさせてばっかりじゃねーか」

 「えっ?」


 思いつく場所はそれ以外に特に思いつかないというのもまた事実だ。どうせ却下されるだろうなとも思っていたので無駄にダメージも受けていない。ならばと、熊谷に答えを求めるのはいい加減自然な流れだった。


 俺は諸手もろてを上げて熊谷に降参の意を示す。


 「センスがないのは認めるからもう答えを教えてくれ答えを。今時の高校生はデートにどこに行くんだ?」

 「上月君だって今時の高校生でしょ」


 というツッコミはさて置いて、熊谷の話に耳を傾ける。


 「えーと……」


 ひたすらに沈黙を貫く俺にとうとう折れたのか、熊谷はしばし考えたのち、その答えを口にした。


 「そりゃもちろんラブh…………水族館や映画館とかじゃないかな?」

 「…………」

 「…………あっ、ショッピングとかもありかも!」

 「お前今ラブホって言おうとした?」

 「してない!」


 と、言い張っているが、今のは完全に手遅れだったように思う。むしろラブまで言ってどうして言い逃れが出来ると思ったのか不思議に思うレベルだ。


 「いや、でも」


 なので俺もついつい興味本位で追及してしまった。あの熊谷が脳内で桃色な思考をしているとなれば、これまでの評価を改めざるをえない。


 そう少しでも考えてしまったのがいけなかったのか、熊谷は突然ハイライトの消えた目で俺をジッと見据え、


 「何言ってんの上月君バカじゃないの恋愛マスターの私がラブホとか言う訳ないでしょキモイからえっちな思考やめた方がいいよそんなの女の子の前だと嫌われるだけだから。何? 何なのその目? は? 今時の高校生がデートでどこにいくのかこの私が知らないと思ってんの? は? 舐めてんの? 私を上月君みたいな変態と一緒にしないでよ男の子とデートするのこれが初めてとかじゃ全然ないんだからわかるし。今時の高校生がデートでどこに行って何をするのか手に取るように分かるし」

 「ご、ごめんって……」


 もの凄い冷徹な声で、もの凄い容赦のない言葉の数々を怒涛の勢いで吐き出してきた。


 これには俺も謝罪の言葉を述べるほかない。どうやら俺は気づかないうちに熊谷の逆鱗に触れてしまっていたようだ。


 ゴゴゴと怒気の含んだオーラに気圧けおされながら、そういえばなと、少し前のことを思い出す。


 環に言われるまで気づかなかったが、熊谷深月というリア充が誕生したのは、春休みを終えたほんの一か月程前の出来事だ。


 一年生の頃の熊谷はそれはもう絵に描いたような陰キャで、隣の席にいながらもどんな顔なのか思い出せない程地味な容姿をしていた。


 特別に誰かと仲良くしていたという記憶も全くなく、つまりは二年生に進級するまでは彼女も俺に負けず劣らずの灰色の青春を送っていたということであり、デートをするような相手がいなくても何ら不思議なことではないということだ。


 本人は恋愛マスターだとほざいているが、それが事実かどうかは怪しいものである。時期的な観点から見ても、これが初めてのデートとなった可能性は大いにあるだろう。


 春休みにいったい何があったのかは知らないが、何らかのきっかけで熊谷は今の熊谷となった。


 ならば当然地雷というものが存在していてもおかしくないわけで、熊谷と接する際、今までのリア充評価は少し改めた方が良さそうだ。


 何があったのかは非常に気になるところではあるが、彼女の精神衛生を健全に保つためにも、下手な追及は避けるべきだろう。


 「悪かった、俺が全体的に悪かった。もう変な邪推とかしないから許してくれ、恋愛マスター」

 「ねぇもしかして私のこといじっててる? いじってるよね?」

 「い、いじってねーよ」


 正直めちゃくちゃいじっているが、それは俺の底意地の悪さが出てきてしまっただけなので大目に見てほしい。というか先程の熊谷からの罵倒に比べればささやかな仕返しでしかないので、この程度のいじりはむしろ喜んで聞き入れてほしいものだ。


 「てゆーか恋愛マスターって自分で言ったんだろうが、自分の発言には責任持てよ恋愛マスター(笑)」

 「やっぱりいじってんじゃない! 語尾に(笑)を付けるな!」


 流石に調子に乗りすぎたか、熊谷が真っ赤な顔をして怒鳴り返してきた。


 しかし、この期に及んでも俺はこれっぽちも自分を悪いとは思っていない。悪いのはどう考えても自分で自分のことを恋愛マスターって言っちゃう熊谷の頭の方であり、語尾に(笑)を付けるのは一種の生理現象みたいものと思って受け入れてもらいたいものだ。


 生理現象なのだから語尾に(笑)を付けるのも致し方なし。安易に防ぐことが出来ないのだから、これもまたそう怒らず笑って許してほしいものである。


 「あーもう怒った、完全に怒った。ぷっつんしちゃったー」


 とはいえ、もちろんそんな心の願いが神様に通じるはずもなく、熊谷はプイっと不機嫌そうに顔を背け、


 「もう何を言っても許してあげませーん。夕方くらいで解放してあげようと思ったけど、上月君には終電まで私のストレス発散に付き合ってもらいまーす」


 なんて、俺の一番嫌がることを言ってきた。


 「なんでだよ」


 普通こういう場合は怒って帰るべきところではないのだろうか。嫌ってる相手に終電まで一緒にいることを強要するなんて、きっとドMだって進んで言わないだろう。


 もしかして俺のこと好きなの? ツンデレちゃんなの? とついつい思ってしまいそうになるが、その可能性は限りなく0に近い。なにせさっき思いっきり嫌悪感丸出しでキモイとか言われてるからな。これに関しては勘違いのしようがないので間違いない。


 要するに、熊谷は俺の嫌がることを的確に突いてきたということだ。


 いつの間にか俺の扱いが上手くなっちゃって…………おじさんは嬉しいよ(悪い意味で)。


 こうして、厄介な人間がまた一人俺の周りで誕生してしまった。


 そうしみじみ想う間すらなく、


 「つべこべ言わずさっさと行くよ。とりあえずお昼ご飯は上月君の奢りだから」

 「えぇー?」


 腕を無理やり引っ張られ、熊谷との楽しい楽しいデートが始まるのだった。

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