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天使の仕事ほど嫌なものはない  作者: 大上丈
第二章 金なしゴールデンウィーク
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知らない天井

 「……知らない天井だ」


 目を覚ますと、見覚えのない天井が視界に入ってきた。


 ズキズキと痛む頭をこらえながら、むくりと上体を起こす。


 「あー……」


 寝起きのせいなのか、はたまた頭部を金属バットで殴られた後遺症なのか、いまいち意識がはっきりしない。最後に見た天童の微笑みを思い出して、俺は痛みの増した頭を強く押さえた。


 「あの野郎……思いっ切りぶん殴りやがって……」


 自然と怒りが湧き上がってくる。


 天童に殴られる経験は何度も繰り返しているとはいえ、なかなか慣れるようなものではない。怒りという感情は、いつだって新鮮な気持ちで湧き上がってくるものなのだ。


 「確かに死にたいって言ったけどよぉ……だからって即断即決で殴るか普通?」


 間違いなく『死にたい』と軽い調子で言ってしまった俺にも非はあるだろう。


 だけど、それでも判断が早すぎると思う。元柱の鱗〇さんだって、もうちょっと判断には時間をかけてくれるだろうに……。


 「はぁ……」


 まぁとりあえず、天童への怒りは今は置いておくとして、


 「てゆーか、どこだよここ?」


 俺はいったい、どこへ運びこまれてしまったというのだろうか?


 「…………」


 右へちらちら、左へちらちらと目を向ける。


 どこからどう見ても知らない部屋。少なくとも、病院にかつぎ込まれた訳ではなさそうだ。


 俺が運び込まれた部屋は和室だった。茶色くすすけた畳の上に布団をかれ、どういう訳かここで寝かされている。


 理由はまったく分からない。


 おそらく運び込んだのは加害者である天童自身なのだろうが、病院に連れて行くでもなく、だからといって俺の部屋で寝かせるでもなく、ここに運びこんだことにはいったい何の意図があるのだろうか?


 「あー……くそ……」


 酷く回転の悪い頭を必死に動かしながら状況の整理に努める。


 すると、


 「……あれ?」


 ふと、仏壇ぶつだんに置かれている女性の写真と目が合った。


 「この写真」


 不思議なことに、どことなく環に似ているような、そんな気がした。


 髪型や年齢も全然違うというのに、こちらを見やるやわらげな表情が、まれに見せる環の表情と重なって見える。


 「…………」


 何とも言えない奇妙な感覚だ。


 環がこのまま順当に成長していけば、きっとこんな感じの女性になるんだろうなぁといったような、予感めいたものが頭に思い浮かぶ。


 ちょっとした予知夢でも見たかのような、そんな気分だった。


 ついつい考えるのをやめて、じーっと仏壇の写真とにらめっこしてしまう。なかば間違い探しのような感じで、俺は環と写真の人物との相違点を探した。


 目元が似ている、耳の形が少し違う……などなど、何分間か間違い探しを楽しんでいるところに、とんとんと、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。


 やがてその音がすぐ側まで近づいて来たかと思うと、一旦止まって、俺のいる和室の障子戸が開けられる。


 「あっ、もう起きてたんだ。おはよう」

 「……環」


 姿を現わしたのは、喫茶店RINGの制服を着た環だった。


 決定。


 途中からなんとなく察しはついていたが、どうやらここは喫茶店RINGにあるマスターの寝室で間違いないらしい。


 ガラリと開けられた障子戸の先から、かすかにコーヒーの香りが漂ってくる。


 ついでに、ちょっとだけ焦げ臭いニオイもおまけでやってきた。近くで火事でも発生しているのだろうか?


 「調子はどう? もう動けそう?」


 環はそう言いながらゆっくりと歩いて、俺のすぐ近くで膝をついた。


 それから布団の上にぽとりと落ちていた布を回収し、かたわらに置いてある水桶みずおけへと放り込む。


 考えることがいっぱいで今の今まで全然気がつかなかったが、どうやら環は俺が寝ている間、最低限の看病をしてくれていたらしい。


 なんだ、意外と優しいとこあんじゃんお前。明日の天気は猛吹雪で間違いなさそうですね!


 「あ、あぁ……まぁな」


 俺が生返事をすると、環は「そう」とだけ言って、傍らに置かれていた水桶を持ち上げた。


 よいしょと腰を上げて、俺に背を向ける。


 「それじゃあそこにうちの制服が置いてあるから、着替えたら下に降りてきてね」

 「あぁ……」


 事務的にそれだけを言い残して去ろうとする背中に俺は一瞬了承しかけて、


 「いや、おいちょっと待てよ!」


 おかしな流れになっていることに気づき、堪らず待ったをかけた。


 「何よ?」


 つまらなさそうな顔して振り向く環に、俺は問い詰めるよう質問を投げかける。


 「まったく状況を理解できてないんだけど……え、なにこれ? なんで俺、喫茶店RINGで働くみたいな流れになってんの? 意味わかんないんだけど?」

 「はぁ」

 

 環は俺の問いかけに酷く面倒臭そうな溜息を吐いかと思うと、「美花から何も聞いてないの?」と、逆に質問を質問で返してきた。


 俺がそれにコクリと頷くと、


 「……まぁ運ばれて来た時は死体だったからなぁ、多少の記憶は飛んでてもおかしくはないか」


 視線を外しながら、何やらとんでもないことを呟いていた。


 「……は? 死体?」


 この子はいったい何を言っているのだろうか? 死体? ははは、そんなバカな。軽々しく怖い単語を出さないでくれる?


 「なにそれどういうこと?」


 流石に冗談だとは思うが、天童だとマジでりかねないので一応確認をとってみる。


 すると環は「あ、やば」と言って口元を押さえ、明らかに動揺した様子を見せてきた。


 「……ちょっと詳しく話を聞かせてもらおうか」

 「いや、それは……」


 環の反応でほぼ答えは出ているようなものだが、確認をすることは大事なことなので、再度尋ねてみる。


 その答え次第では、今後の天童に対する処置の仕方を大きく変えるつもりだ。傷害罪と殺人罪じゃ、罪の重さが段違いだからな。


 「ま、まぁ結果として生きてるんだからいいじゃない! と、とりあえず時間押してるから、説明は後でね!」

 「おい!」


 環は慌てた様子でくるりと背を向けると、たったかと急ぎ足で部屋を出て行った。


 俺の制止の声も無視して、階段を降りていく。


 しばらくして、


 「ごめーん美花! 美花が上月をうっかり殺しちゃったこと、バレちゃったぁ!!」

 「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 そんな二人のやり取りが、下の階から聞こえてきた。

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