お金がない
「……はぁ」
リビングの静かな空間に、俺の低く重い溜息がこぼれ落ちる。
テーブルに置かれた預金通帳を前にして、俺は絶望感を胸に、一人頭を抱えていた。
「…………」
壁に掛かっているカレンダーをちらと見る。
本日の日付は四月の二十九日。昭和の日で、つまりはゴールデンウイークを迎えたという日でもある。
これから約一週間もの間学校に行かなくても済むというのに、こんなにも俺が沈んだ表情を浮かべているのにはわけがある。
理由は至極単純。
「金がねぇ」
そう、お金がないからだ。
天童が天界から降りてきてからの約三日間で、俺の預金残高はあっという間に底をついてしまった。熊谷の制服代や壊れたガラス戸代……その他もろもろの出費が重なった結果がコレである。
四月の上旬からスタートした俺の三週間300円生活。
地獄ような日々を過ごしながら必死に耐えてきた末に、更なる絶望が今日、降りかかった。
『働きなさい』
そんな一文だけが書き記された、母さんからの一通の手紙。
これの何が辛いって、俺に仕事をさせるために、毎月送られてきた生活費が全カットされちゃったことなんだよね。
おかげで俺の貧乏人生活は問答無用で延長を余儀なくされた。
天童がいるから間違っても餓死するようなことはないが、過酷なトレーニングを毎日繰り返している俺からすれば、自由に使える金を奪われてしまったことはなかなかに精神にくるものがある。
娯楽がないのは辛いことだ。
好きなラノベの最新刊を楽しみに待ってたんだけどなぁ……。残念ながらしばらくは続きを読めそうにない。
「あー、くそー、やっぱ働くしかないのかぁ」
背もたれに体重をかけ、無気力な声を発しながら天井を仰ぐ。
この問題を解決するには適当なバイトを見つけて働くのが一番だろう。
だが、
「働きたくねぇなぁ……」
ぶっちゃけて言うと、微塵も働きたくなんかなかった。
母さんから与えられた課題の一つに『高校生の内に人間界の職場で社会経験を積み、貢献しなさい』というものがある。
その言葉の通り、俺は一年生の時に何度かアルバイト経験をさせてもらった。
結果、どれも三日でクビになった。
理由はやる気がなさ過ぎたのと、客が来店するたびに露骨に嫌そうな顔をしていたこと。あとは致命的なまでに営業スマイルがキモ過ぎたというところだろうか。
店長にも先輩にも客にもブチ切れられた回数なんて数知れない。なんなら暴力だって振るわれたこともある。
絶望的なまでに、俺には人間社会を生きる才能がないのだろう。
たぶん将来はどこかの無人島に移住して、一人野生動物として生きていくのだと思う。今の内にサバイバル術を身に着けておかなければ!
「……はぁ」
とはいえ、そういう訳にもいかないのが世の常だ。
絶望的に人間社会に向いてないとはいえ、母さんからの手紙を無視するわけにもいかない。
これを無視すれば天童に俺を半殺しにしろと命令が下る可能性があるし、また手紙越しにぶん殴られる可能性もある。
母さんの手紙をスルーするのは得策とは言えないだろう。
しかし、そうなってくると問題は、どこのバイト先の面接を受けるかだ。
何度かのバイト経験をさせてもらった以上に、俺は何十件もの店舗に面接の段階で落とされている。
理由はコミュニケーション能力が低すぎるのと、シンプルに笑顔が気持ち悪すぎるとのこと。
みんな俺の目を見てそんなことを言ってくるもんだから、途中からは心が折れて、いつも後半はドス暗い感情を胸に抱きながら話を聞いていたものだ。
たぶん、この町の店長はみんな人の心がないのだと思う。……死ねばいいのに。
そんな経験を沢山積んできたからこそ、新しく仕事を始めようという気力は全く湧いてこなかった。例え湧いてきたとして、面接に受かるためには整形が必要だろう。
当然の如く、生活費を全カットされた俺にそんな金はない。ぶっちゃけ履歴書を買えるかどうかも怪しいところだ。
「あー、なんか色々とめんどくせーなー」
考えることが多すぎて、だんだんと何もかもがどうでも良くなってきた。
先程から脳みそをフル回転させて考えているが、良いアイディアは全く浮かんでこない。どころか明確な問題点が浮き彫りになって、解決の見えない負のスパイラルに陥ってしまっている。
「もう死のうかなー」
なんて、そんな言葉がぼそりと口からこぼれ出てしまった。
考えることが面倒臭過ぎて、何気なく言ってしまったそんな一言。
「──あ」
だけど、それがいけなかった。
にゅっと顔を出してきた少女の笑顔を見て、己の失言を悟る。
次の瞬間、
「わかりました」
「ちょっ!?」
いつの間にか後ろに立っていた天童の返事と共に、金属バットが俺の顔面に勢いよく振り下ろされた。




