閑話7:フランとY2デーにはキャラメルとキャンディー
一日遅れてすみません!!
Y2デーの話です。
「とうとう来てしまった!!」
私は愕然としながらベッドの上で膝を突き、カレンダー付き掛け時計を見つめたまま硬直する。
脳内では、前回のY1デーが走馬灯のように繰り広げられている。武器で埋まった部屋で暮らしたいなどと思う奴がいたら、喜んでお譲りしよう。……尤も、この部屋が埋まるほどに武器を贈られたら、先にブチ切れると思うが。
とはいえ、私もお返しを作らねばならない。
器用なファムルは態々私好みのシャツを作ってくれた。今回はボトムスをくれるという予告付きでだ。
ファムルの好みは、外見に違わず可愛らしいものや甘いもの……特に苺を使った菓子が好きだ。
先生は果物を煮たものを使うと、瞳の中にハートが見えるくらい喜んでくれる。ジャムの差し入れのお陰で、大分好感度が上がっている気がする。
……今回は、プレジアとリアレスカさんにも、あげるべきだろうか。貰えなかったら多分拗ねるよな、うん、その様が見えるくらいだ。また魔王城の修復をする魔王様の姿が容易に想像出来る。
世界平和のためにも、魔王様のためにも、自分のためにも、城の人達のためにも、必須事項であることは明らかだ。
「はて、何にするか……?」
昼食後、厨房にある作業台の前で、材料を眺めながら思案する。
崩れ難く、纏めて作れて食べやすいものとは……?!
……仕事中に、ちょっと口に入れられる小さなものとか、どうだろうか。
かといって直ぐに無くなってはつまらない。少々長持ちするものといえば、飴、だろうか?
「おい、ほら、これやる」
不意にスアンピが私に声を掛け、手に、光沢のない楕円形をした枠のような物を乗せ、差し出してくる。
「あ、ああ。有り難う……。で、これは、何かな?」
スアンピに声を掛けられた私は、てっきりバリバリの武器を渡してくると思い、攻撃態勢で振り返る。
だがスアンピの手の上を見、その正体不明なものに驚く。楕円形をした少し厚みのある輪は、武器には見えないが、何なのか見当も付かない。
私は言葉を詰まらせてお礼を言いながら、正体不明の楕円形の枠を受け取り、様々な角度から注視する。
……何だろう? 調理器具だろうか……? 内側にくっついているスライドっぽいのは一体……? あ、動く。
スライドを下ろすと枠に隙間が空くが、スライドは手を離すと戻ってしまう仕組みだ。
……もしかしてストラップなのだろうか? それなら外側に付いている方が使いやすいんだが、他にギミックが……?
私の様子にスアンピは得意げな顔で胸を張り、腰に手を当てた。
「その脇のスライドを下ろすと、どっかに引っ掛けられて携帯しやすいだろ。それを握った時にスライドを下ろしながら押し込むと、外側が硬化してナックルダスターに……グハッッッ!!」
「……成る程、こう使うんだな……。有り難うよ……っ!」
スライドを押し込むと指にピッタリと合わさり、拳で殴る箇所が硬化する仕組みのようだ。
随分と凝ったナックルダスターだ。
お礼にスアンピの腹部へ軽く打ち込む。スアンピは腹を抱えて転がり回った。
「こッの、暴力女がっっ!」
「くれた物を試したまでだ。嫌なら武器を寄越すなと、前もいったと思うが?」
「……他に浮かばねえ、てめえが悪いんだろーが……」
「料理に関する物とか、色々あるだろうか……」
「……あ」
私が菓子職人だったと、今思い出したかのような表情に、私は追撃を加えた。
と、そこへコンセルさんが現れる。
「何やって……あ、シホちゃん! これ、特注で作ってもらったんだぜ?」
「……あ、有り難う……。な、何だろう……?」
コンセルさんが、ナックルダスターを構えながらスアンピを足蹴にする私へ歩み寄り、丁寧に包装され、リボンで装飾された平たい箱を手渡してくる。
期待に満ちたコンセルさんの瞳に、私の額から冷や汗が滴る。私は震える手で包装を丁寧に剥がし、ゆっくりと箱を開く。
中には、幾つか重なる層を作る、C形で端に金具の付いたカチューシャが入っていた。
「……あれ? カチューシャ……? 有り難う! 調理の時、髪が邪魔な時があってさ! 助……」
「と思うだろ?! ちょっと付けてみてくれよ!」
折角の喜びが、全て水泡に帰そうなコンセルさんの雰囲気に悪寒を感じるが、取り敢えず、言われるがままにカチューシャを填めてみる。
するとカチューシャは上下に層を広げ、額上から後頭部を覆い、耳後ろ部分からも、耳を隠すように金属が伸びてきた。
「こ、コンセルさん?! これは?!」
「スライドメイルって所かな? 皆が武器だしさ。やっぱシホちゃんでも、頭を守る防具もあった方がいいかなと思ってさ、今回は防具にしてみたんだ! ……あ! 普通にカチューシャとしても使えるし! 横のセレクタスイッチを回すとスライド幅が調節出来るんで……ゴフッ!」
スライダーメイルとやらを着けたまま、コンセルさんに頭突きを噛ます。コンセルさんは痛みを堪え、腹を擦るが、その表情は何処か満足げだ。
「シホちゃんに係ると、防具も武器に早変わりだな!」
「……コンセルさん、それ褒めてないから」
「うおうっ! シホちゃんに似合うよう装飾にも工夫した特注品だし、使ってくれよー!!」
「カチューシャとして使うね、有り難う!」
……菓子作りに兜がいるのだろうか。まあ、カチューシャとしては、有り難く使わせてもらうと思うが。
私はカチューシャを箱に戻し、包装も元のように戻して仕舞い、菓子作りに専念することにする。
バターを入れて溶かし、木べらで混ぜながら弱火で煮詰める。とろみが出てきたら砂糖が固まらないよう冷やしたら、練乳もどきの完成だ。
それに牛乳、砂糖、水飴、バターを入れ、焦げないように煮詰めていく。好みの固さになったらバットに入れて一口大に切り分けてから冷ませば、ミルクキャラメルの完成だ。固まったらそれを紙で折り畳んで包む。
クラッシュアーモンド入りとチョコを混ぜたチョコキャラメル味も作ってみた。
続いて、果物を煮詰めに煮詰めて作った、ピューレ状のソースに水飴、砂糖と水を加え、煮詰めていく。
固まってきたらバットに入れて切り分け、丸めれば、フルーツキャンディーの出来上がりだ。これは両端を捻りながら包んでいく。
「おっと、いかん。今日の菓子も作らねば」
私は作っておいたパート・ブリゼ……タルト生地を型に入れて切り抜き、底にフォークで穴を空け、重石を入れてから焼きしておく。ボウルに卵黄と砂糖を混ぜておき、小麦粉と片栗粉を加えて混ぜ、温めた牛乳と生クリームを少しずつ注ぎながら混ぜ合わせる。漉しながら鍋に入れて火に掛け、もったり固いのを越えて柔らかくなってきたら火を止め、バニラオイルとバターを入れて予熱で溶かしながら混ぜていく。
それを型に流し入れて焼き上げれば、フランの出来上がりだ。
シンプルな菓子なので、半量にチョコを混ぜて二層のカスタードにし、上に水と砂糖を煮詰めた飴を潜らせた果物を飾ってみる。
飴も個別に分けて袋に入れ、フルーツキャンディーは好きそうな物を多めに入れておき、渡す時に間違えないよう、結ぶリボンの色をあげる人の髪か瞳の色にしておく。
「はい、スアンピ。これあげる」
「え?! マジか?! やったー! ……って、く、くれるっていうなら貰ってやるよ……!」
「コンセルさんも、これどうぞ」
「何か、Yデーに貰っちゃって悪いなー。けど、スッゲー嬉しい! 有り難うな、シホちゃん!」
「そんじゃ、行こうか」
「ああ! 今日の菓子も美味そうだな!」
ツンデレスアンピは放置し、コンセルさんと共に食堂へ向かうと、既に席に着いていた魔王様と先生が此方に顔を向けた。
「……コンセルは渡しに行ったか。視界透過素材で作ったそうだが、どうだ?」
「玉砕しました……。やっぱり、部武具は禁忌ですね……」
「カチューシャとして使わせてもらうから、防具にならなければ嬉しかったんだけど……て、視界透過素材……?」
改めてカチューシャを取り出して填めてみると、確かにスライドの金属が有るはずの場所も視界を妨げず、かといってきちんと硬い素材であるため、額で攻撃を受けて反撃に移行しやすい造りになっている。
……何で武防具だと、こう、凝った物を作るんだろう……?
……この素材で鍋とかボウルとか型を作ってくれれば全体を見渡せ、作業しやすいだろうに、何故そっちに使ってくれない?!
「……では、それで菓子用の器具も作らせよう。今日は、これだ」
「え?! 本当ですか?! 有り難うございますっっ!!」
私の表情から思考を読み取ったのであろう魔王様の言葉に私は歓喜し、思わず小躍りしてしまう。が、差し出されたオリハルコンの棒が二本入っているであろうプレゼントを見、項垂れながら有り難く受け取る。
「……有り難うございます……。魔王様から頂けるのなら、その辺の小石でも嬉しいです……」
「……何か引っ掛かりを感じるが……。まあ、既に知らせてしまった物だけでは、つまらんと思ってな」
「……え?」
魔王様から頂いた、小さめで細長い箱を開くと、持ち手が筒状になっており、インクが入っているのが分かる羽根ペンが入っていた。
試しに紙に文字を書くように動かすと、インクが程良く出てくる、万年筆のような書き心地のペンだ。
「……魔力を注げばインクが補充されるよう作ってみた。授業で文字を書く時に便利かと思ってな」
「すっごい便利です! 有り難うございます!! すっごく嬉しいです!!」
「これで勉強が捗りますね」
「う゛っっ!!」
先生に痛いところを突かれてしまった。だが、羽根ペンの、一々インクを付けなければ書けない、あの作業がなくなるのだ。捗らなければ魔王様に顔向け出来ない。
私は拳を握り、授業を頑張る決意をし、先ずは飴を魔王様と先生にも渡し、フランを切り分けた。




