エピローグ前編:ゴーフルと特殊魔法
大変長らくお待たせいたしました<(_ _;)>
エピローグ前編です。
前編・中編・後編の三部作となってますので、よろしくお願いします。
徐々に窓から入る日差しが強くなり、光が熱気を帯びてくる。初夏から真夏へと季節は巡る。
そんな城はすっかり元の姿を取り戻し、世間を騒がせていた精霊王と召喚師の後始末も、終わりを告げた。
残っている問題は、オフゲイルに召喚された人々の、今後だ。
彼らは異世界人のせいか、不審な行動を取りやすく、この世界の人との差が分かりやすいため、情報が山のように飛び込んでくる。
その上、魔力を多大に消耗する精霊王のみが行使出来る『王命』という、逆らった精霊は消滅してしまう命令により精霊達を協力させ、召喚された人々が魔術や魔法を使った際には、直ぐ捕獲出来るよう情報を共有し、全員の捕獲に成功した。
捕獲した者は、取り敢えず病院しかないような、隔離された孤島で軟禁状態となっていた。
やはり、過ぎた力は身を滅ぼすのだろう。魔法を使い過ぎ、廃人と化した者もそれなりに存在している。
……自分の体内から力を出すため、無茶をすればそうなると分かりそうなものだが、驚異的な力を使えるようになった興奮状態で、それを認識するのは、やはり困難らしい。
廃人まで至らずとも、そんな『俺TUEEEE』状態を味わった人間は、何と表現すべきか……少々(?)人格に異常を来しており、元の世界でやり直せるのか、不安な者も少なくない。というより、絶対アレじゃ無理だろと思うのが、一見した私の感想だ。
そんな不自然な状態の人々を、魔王様は悲しげに水晶球から眺めていた。
「……この者達は……唯の犠牲者だ。……どうにか元の世界でやり直させてやりたいが……」
城の執務室──椅子の背もたれに体を預け、水晶球から視線を外した魔王様が、憂いの瞳で空を見つめながら呟く。
そんな魔王様の心中を察してか、ダブル精霊王となったプレジアとマリンジさんはソファから立ち上がり、魔王様の元へと歩み寄る。
「……そもそも召喚術って、初代精霊王が作り出した技術らしくて、条件に合ったものを無数の次元から引き寄せるらしいんだよ……。やっぱり封印して良かったね」
「過去の聖霊王が何故、この二族へ斯様なまでに、強力で特殊な魔術を貸出したか分からんが……。生命錬金術の精霊も封印出来、漸く平和が取り戻せそうなのじゃ。召喚されし者共は……哀れな犠牲じゃが、どうしようもあるまいて」
「……あまり役に立ってないプレジアは黙っててよ。……まあ、この世界の人間じゃなくて良かったよね」
「本を正せば、お主が愚かな真似をため出かした故であろう?! お主こそ、もう少し反省し、精霊王の城に引き篭もっておれ!」
「何を?!」
プレジアとマリンジさんは睨み合い、魔力を手に貯めながら牽制し合う。
復興した地人族と魔族は、取り上げられた魔術に対する喪失感と反感を感じつつも、戦に対する新たな条令──『定めた領域以外で戦を行った際は魔術──場合によっては生活魔術を含む──を一定期間、行使不能にする』というものに畏怖し、冷戦状態を続けている。
だが、精霊王が人々に与えた影響は大きく、不信は増す一方だった。
これはダブル精霊王が率先して解消すべき案件だ。だが精霊界でも、精霊の封印や『王命』の行使などなど、マリンジさんに対する当たりが強くなっていたらしい。
プレジアとマリンジさんは精霊界で、事態の重さ故の行動であったことを説得して回っていた。
となれば、人間界は魔王様が動くしかない。
各大陸の各種族の王に働きかけ、民衆を安心させることで王への信頼が上がり、それによって精霊王の威厳も取り戻させてしまった。
魔王様の命で駆けずり回ったコンセルさんも、流石に疲れ切った表情を見せていた。
だが、体力に自信のあるコンセルさんの意識は、魔王様がまた白くなってしまわないか、という不安へ向けられる。私もそれを懸念し、必死で出来ることを手伝うが、出来ることが殆どない。
コンセルさんと私は、魔王様の一挙一動にハラハラし通しの日々を送っていた。
漸く終わりが見え、落ち着きを取り戻した時は、どれほど安堵したかしれない。
因みに、精霊王の補佐役という難儀な任務に就いている魔王様には、城での生活魔術代が免除されているそうだ。そりゃ、そのくらいの恩恵がないとやっていられないだろう。というか、もしそれだけなら、精霊界、かなりブラックだな……。
思わず世知辛い労働基準へ思案に耽っていると、突如、ダブル精霊王が私の顔を覗き込んできた。
「……で? 何時、精霊王になってくれるのかい?」
「うむ……このままでは、息苦しくて叶わんのじゃ……!」
「そんな状態を、私に押し付けようってのかい!! てか、それは断ったよね?!」
プレジアが態とらしく、青息吐息で眩暈をする姿に、私は思わずハリセンでド突くようなツッコミを入れてしまう。
そんな面倒な仕事に就くのは心情的にも御免だが、私が考えているこれからの行動を鑑みると、能力的にも不可能となるだろう。
「……いや、ホント、無理だし。……それに……どれだけ、魔力が残るか……」
「……?! どういう意味だ?!」
意味ありげな私の言動に気付いてしまった魔王様が、眉の皺を深く刻み、鋭い目付きで私を問い詰める。
「……何を、企んでるのかな? それって、猛省して身を粉にして働いているボクにも、言えないようなこと? それとも……キミのためにも、と思って、ここまで無茶して頑張ってるボクを、魔力を使い過ぎて疲労困憊になってるという、このボクのことを今でもまだ、許してくれないのかな……?」
「シホ! どういうつもりなのじゃ? 親友である儂に、キチンと話してみるのじゃ!」
魔王様に続き、ダブル精霊王も内容が気になるのか、これ以上面倒を起こすなと思っているのか、これ以上にない恐ろしい笑顔で躙り寄ってくる。
「い、いやあ、そ、それは、その……」
しまった。言い訳を考えておくのを忘れていた。
今更、脳味噌をフル回転させたところで、私が思いつく言い訳では、当たり前だがどう聞いても苦しすぎ、全く通用しない。
圧倒的気迫満載な三人の顔に怯み、思わず後退りするが直ぐに壁際へと追い込まれ、私の全身から冷や汗が溢れ出す。
私は三人から溢れ出す、重圧な魔力に押され、最早逃げること叶わぬと観念し、自白しようと覚悟を決めた。
その時、テーブルの上に置いてあった連絡用水晶球が光る。
おそらく声の主はリアレスカさんだろうか。耳を劈くような奇声が部屋中を震わせ響き渡る。
「……シホーッッッ!! 今日の菓子、どうなっているのッッ?! 待てど暮らせどッッ!! 来ないのはどういう了見ッッッ?!」
「ご、ゴメン! 今日はそっち行って作ろうと思ってて!」
リアレスカさん、ナイスタイミング! グッジョブ! ハラショー! ブラボー!
菓子切れの後遺症か、普段は囁くような声しか出さないリアレスカさんの、ガラスを引っ掻くような叫声に激震した三人が、声の方へと顔を向けた瞬間、私は三人の間をすり抜けて水晶球を持ち、リアレスカさんと会話を始めた。
最近、何かと人の出入りが多かった魔王様の城は、引き籠りで人間嫌いのリアレスカさんにとって、かなり苦しい環境だったようだ。
私の菓子、食べたさに、何とか我慢してくれていたそうだが、その努力も虚しく、臨界点は数日で突破。漸く元の形状に修復された魔王城を、再度、無残な姿に変貌させてしまった。
そのため、リアレスカさんは自宅へ強制帰還。
菓子の配送以外にも、私が時々家を尋ねることで、リアレスカさんは徐々に、己を取り戻し始めたところだった──。
そこまで我慢しなくても、と思わなくもないが、私の菓子食べたさに、というのが可愛いすぎる。思わずときめいてしまうのは、致し方ないことだろう。
……魔力を二度も多量に使い、漸く城を復興させた魔王様に申し訳なさすぎるので、脳内超特化最高機密事項だが……。
「……というわけで、私は準備して行かないと、なんで……」
そんな現状のリアレスカさんに、惨劇を体感した三人が近付こうとするはずもなく。
一緒に行きたいとも言えないプレジアや魔王様が、もの言いたげな不満に満ちた視線で私を射貫く。マリンジさんはマリンジさんで、逃げずに話を聞けという意味合いの言葉を、紆余曲折で悪意と嫌味たっぷりに仕立て、投げつけてくる。
三者三様の恨み節が小声で飛び交っているが、そこを考えてはいけない。
思考を止めて聞き流すことにした私は、三人のために作っておいた菓子を貢物としてテーブルに供え、菓子の材料を抱えて転送室に駆け込んだ。
「やあ、シホちゃん。無事、逃げられたみたいだな」
転送箇所は、リアレスカさんの家よりやや離れた場所にあり、小さな小屋の中に作られている。
扉を出ると、コンセルさんが二本指を立てた右手を頭の横で振り、いつもの明るい笑顔で歩み寄ってきた。
「キツかったよ。……特にマリンジさんは、言葉の魔術師みたいで、心を抉る、抉る……」
傍にあった木に、手を掛けて項垂れる私の肩を軽く叩いて、苦笑しながら慰めてくれるコンセルさん。どうやらコンセルさんも、同じ目にあった記憶が蘇ったらしい。……あの口、いつか塞ぎたい。
「……まあ、取り敢えず、無事に来られて良かったよ。リアレスカさんも、もっと早く、連絡してくれればいいのに」
「一応、シホちゃんに嫌われないよう、我慢してたみたいだな。けど、今日は別件もあるんだったよな?」
「そうだった! ……普段、そうしてくれればいいのに……。けど、可愛いなあ、おい」
「もしもーし! シホちゃあああん?!」
誰にとっても、自分に嫌われたくなくて我慢するなんて、好感度が爆上がりするのは当然のことだろう。しかも、私以外に心を開かない女子とか、特別感がありすぎて堪らない。私が男なら、さっさとリアレスカさんを嫁に……。ああっ! ファムルがっ! 私のファムルっっ!!
「……シホちゃんの思考は、独特で面白いよな。……けど……俺だって……結構、さ……」
苦虫を潰しつつも、笑顔を無理矢理作っているコンセルさんは、さり気なく私の荷物を持ち、徐々に小声になり、考え込むように呟きながら、リアレスカさんの家へと歩を進める。
……うーん、やっぱりコンセルさんも、よく分からないことが多くて、実に面白い。
リアレスカさんの家に辿り着いた私は、早速、台所で菓子作りの準備を始める。
玄関まで迎えに来てくれたリアレスカさんの凄みについては、オフレコにしておこう。人間の特技は、忘れることだ。
篩った小麦粉の中央に、塩と砂糖にバニラオイル、リコッタチーズと水を注ぎ、軽く混ぜ始め、そこへ油を少々加える。
薄い鉄板を熱しておき、そこへ生地を流し込み、水分をしっかり飛ばすまで焼き上げ、冷ませばゴーフルの完成だ。
フランスゴーフルはワッフルのことで、ここでいうゴーフルは、ウエハースの同類とみなされている物だが、他にもストロープワッフル、ゴーフレット等とも呼ばれているらしい。
作り方にも色々あるのは、ウエハースという名があまり主流でないのか、扱う地域が多いためか、もしくは市販で買う方が安いから、なのか……?
市販で売っているウエハースの間のクリームは、ショートニングという油脂に粉砂糖を混ぜたものが主流のようだが、軽い菓子でないとリアレスカさんが食べられないため、ヨーグルトクリームにしてみた。
特定の菌を繁殖出来る魔術を持つシロップおじさんは、既にヨーグルトを料理で作っていたので、時々分けてもらっていたのだ。
コンセルさん用に、コーヒークリームも作っておく。
間に何も挟まず、材料に混ぜて味を付ける方法も、サクサク感が堪らない、至高の逸品だ。
「……やっぱり出来立ては最高ね。シホ、そろそろ、ここに住んでしまいなさいよ」
「いや、だからー。それは、無理だって」
「うおっ! このカフィン味のクリームも、凄く合ってて美味いな!」
「……何でアンタが食べるのよっ!」
「多めに材料持ってきたから、私が大丈夫って言ったんだよ……。本当に、リアレスカさんは……」
満足そうに両手でゴーフルを持ち、口にも咥えながら器用に食べ熟すリアレスカさんと、更に素早い手付きで平らげていくコンセルさんの死闘を観戦し、私は苦笑しつつ、作り手としての有難みを満喫する。
それぞれ好みの違いはあれど、リコッタチーズを混ぜて焼いたゴーフルは、双方のお気に召したらしく、争いの要因となっていた。
「……と! それどころじゃなかった!」
菓子を奪い合う二人に目がいき、微笑ましく眺めながら紅茶を啜っていた私は我に返り、本来の目的を思い出して立ち上がる。
本来の目的とは、実は危険ではない封印された黒い物体を、そこへ置くことによって時間を止めるという、魔法陣の魔力の動きを見に来たのだ。
魔法陣の、魔力の粒が動いている様子をじっくりと眺める。
実は、同じ方法が魔王様の玉座でも見られるかと思い、観察したのだが、どうやら目的が違うのか、術式が違うのか。一粒一粒の魔力の粒がより強力で、尚且、物凄く複雑な動きをしており、更にそれが一つずつ違う動きをしているものが、おそらく何万、何億層にも重なって作られているため、あまりの難解さに脳みそが沸騰し、危うく魔力をすべて解き放してしまうところだった。
魔王様に声を掛けられなければ、リアレスカさん以上の惨事を引き起こし、消滅してしまっていたかもしれない。
……抑も魔王様は、年齢が止まっているだけで、怪我をしたり食べないと倒れる。ということは、時間を止めているといっても、それだけではないのだろう。……初代精霊王、恐るべし、といったところか。
ともかく、私が求める術式はそういうものではなく、完全に時間が止まっている状態が見たかったため、コンセルさんに言われて思い出した、リアレスカさんの家の魔法陣が丁度良い。転んでもただでは起きないとはこのことだろうか。
「……で? 何で、時間を止める魔術が見たかったんだ?」
自身の分であるゴーフルを食べ終えたコンセルさんが、屈んで魔法陣と睨み合っていた私の傍らに寄り、コーヒーカップを片手に前傾姿勢をとる。
「……うん……。時間が止まってるってことは、進んでないってことだからね……」
「そ、そうだね……?」
私の言葉に戸惑を隠せないコンセルさん。だが、テーブルでゴーフルを満喫しているリアレスカさんには、言葉の意味が分かったのだろう。コンセルさんを一瞥し、ゴーフルを口へ運びながら呟いた。
「……成る程、ね。上手いこと、考えたわね。さすが、アタシのシホ。その点、そっちのボンクラは、本当に精霊王補佐の魔王補佐なのか、疑問を持たずにはいられないわね。けどシホ。それだけじゃ、根本的解決には、ならないと思うんだけど」
「そこは、一応……」
「ま、魔術や魔法は苦手なんだ! 俺は魔王様の手足であって、頭脳じゃないから、しょうがないだろ!」
リアレスカさんの不安要素に答えようと振り向くと、隣りにいたコンセルさんが勢いよく立ち上がり、握り拳を振り上げ、リアレスカさんに力説する。
コンセルさんの魔力は確かに低いが、魔王様にいわせれば、持っている情報から最善策へ導く解を出したり、かなり的を射た助言をくれ、頭が良い上に回転も速いそうだ。
その上、ずば抜けた体力と攻撃力まであるとか、色々持ち合わせ過ぎて狡い、と言わざるを得ない。
ほぼ菓子で埋め尽くされた頭脳の私は、戦闘面ではどうすれば勝てるか試行錯誤しているのだが、それは我が脳内超特化最高機密事項その二である。
その後ろめたさもあり、私は現在考えている作戦をコンセルさんにぽつりぽつりと呟いた。
「まず、時間が止まっているものは、要するに過去のものなわけで。現在は常に進んでるからね。その静止状態を、もっと強化させたらどうなるか、というのを考えてるトコなんだ」
静止を加速、というのは言葉としておかしいが、静止させている魔力の動きを強化する、とでもいえばいいのだろうか。
時間を進ませない、ということは、時間を遡ることにも応用出来るのではないか?
それは、つまり──。
──そう。私の作戦は『召喚された人達をすべて、過去へと送り戻す』というものだ。
上手くいくかは、実験と特訓が必要になると思うが、成功すれば、召喚された人々はこの世界へ来ずにそのまま元の世界で生活を続けている、という状態に戻れるかもしれない。そうすれば、魔王様も懸念材料が減り、安心して菓子を堪能出来るだろう。
「つまり、過去へ行く、てことだよな? けど、それだと若返るだけで、元の場所に戻れることとは関係ないんじゃないか?」
コンセルさんは私の説明で作戦を把握したらしく、考え込むように俯く。そんなコンセルさんへ、リアレスカさんは『その疑問は既にアタシが聞いた』と言わんばかりの視線を送っている。
私はリアレスカさんへ言った話を、改めてコンセルさんに語り始めた。
「うん。けど多分ここへ来る時も、身に纏う僅かな周囲の空間も一緒に来たんじゃないか、というのが私の考えなんだ。物体だけ密閉状態で移動、という術は、この世界でも見掛けなかったし。だから、それも一緒に過去へ遡らせれば……」
「「元の場所に戻れる!」」
コンセルさんと、話を聞いていたはずのリアレスカさんも興奮気味に言葉を放つと、二人の声が重なり合う。
コンセルさんとリアレスカさんは驚いて顔を見合わせ、居心地悪そうに直ぐに目を逸らした。
……この二人、少々子供っぽいところが似ているかもしれない。
軽く咳払いをしたリアレスカさんが、鋭い視線で私の目を真っ直ぐに見据え、口を開く。
「……けど、上手くいくかの判定が出来ないと、拙いわよ」
そうなのだ。
過去へ遡るのはいいとしても、遡らせ過ぎても拙い。かといって、途中で止めるのは、更に危険だ。
元いた場所の、召喚直前状態に戻さなければ、命に関わる。
そのためには、どの程度の空間が共に転移されたかを上手く見極め、調整しなければならない。
始めは、封印物の電池を参考にして、電気を察知したら逆行を止める、という作戦を考えていた。
だが、召喚された人達を見回すと、地球から来た人だけではなく、その別世界に電気があるか不明な以上、この作戦は使えずにお蔵入りとなった。
結構な難易度になるが、致し方有るまい。
私も顎に手を当て、少々思案しながら話し掛ける。
「それで、修行の協力、頼めるかな? 最初は、その辺の石ころでやりたいんだけど」
「……いきなり人体実験でも、構わないわよ。アタシは、どうせ飽きるほど寿命があるし。……昨日のシホに会いにいって驚かすのも、面白いわよね」
「いきなりやってっっ!! 異空間と異空間の間にでも飛ばされたらっっ!! どーすんだあああああっっ!!」
「……そうね。シホなら、何処へ行っても、助けに来てくれるでしょう?」
そういわれると、すべての魔力を尽くしてでも救い出したいが、生憎と、この体になっても出来ることは限られている。
幸い、この魔法陣を元に魔法を構築すれば、危険といえるほどの事態はまず起こらないだろう。
だが、万が一ということも有り得るのが、世の常だ。
「とーにーかーくっっ!! 石ころから始めるから! 明日また、ここに来てやらせてもらうよ! それでいいよね? おし、決まり!」
「……な、なあ……。シ、シホちゃん……」
これ以上ややこしくならないよう、断言して終わらせる私に、コンセルさんが恐怖に戦き、下へ視線を固定したまま震えた声で話し掛けてくる。コンセルさんにしては、珍しいほどの怯えようだ。
不思議に思い、コンセルさんが見つめている方向へ顔を動かす。
視界に飛び込んだのは、何も無かったはずの床の上に転がっている、石だった。
私も黙したまま、石を刮目し、頭の中を探る。
いくら何でも家の中に石があるのはおかしい。先程からウロウロ歩いていたので、無かったのは紛れもない事実だ。
だが、今ここには、片手で握れそうな大きさの石が、当たり前のように鎮座在している。
我に返った私は、上から下から横からと石に不審な箇所がないかと注視する。コンセルさんは、未だ呆気に取られて石を瞠目していた。
「え?! え?! さっきまで、ここに何もなかったよね?!!」
「ああ! 確かに無かった!! 絶対無かった!!」
私が思わず声を荒げると、コンセルさんも己を取り戻し、興奮混じりに同意する。吃驚と仰天と狼狽と錯乱で、小躍りしているかのような動きになるコンセルさんと私に、リアレスカさんは軽侮混じりに一瞥して紅茶を啜った。
「……だから明日、シホの修行でしょ? 自分がしようとしていることに、驚いてどうすんのよ」
「……ああ……そっか……」
怯えた表情でコンセルさんと目を合わせる。
確かに練習する気ではいたが、こう、突如現れると心臓に悪い。だが、もう理解した。明日からは大丈夫だ。……多分。
「……そういえば。昨日もその辺に転がってたわ、そんな感じの石」
「先にいってくれええええっっっ!!!」
こうして、若干の不安(主に私の精神面)を抱え、特訓が開始された。
* * *
──……数日後の夜。
表面を覆う空間を限りなく薄くし、過去へと遡らせる、停止条件機能を付与出来た私は、魔法の完成を確信し、城へ戻る。
早速、この魔法を使った作戦を、魔王様に報告する──決意をしようとしているところだ。
「……やっぱり厨房は落ち着くなあ」
寝る時間ではあるが、気持ちが落ち着かず、厨房で菓子を作り始めた。
まず私は、縦溝が入った釣り鐘状の小さな型の内側に溶かした蜜蝋を入れ、型を回して全体に付いたら蜜蝋は専用の保存器に戻す。
余分な蜜蝋が取れるように、逆さにした型を網の上へ置いておく。
菓子の器具は最早、魔王様の趣味なのだろう。
私の専用区域に魔王様が特注で作った棚には、ミスリル製、オリハルコン製、ヒヒイロカネ製、アダマンタイト製等の器具が、所狭しと置かれている。
念のため、盗難防止用にと、魔王様は、私以外が開けられないようにしてくれてた。
……ここまで菓子職人ばかり贔屓にされたら、料理人達の反感を買うんじゃないか?!
と案じていた私を余所に、皆さん、友好的に接してくれているので、とても有り難い。
流石、魔王様がスカウトした精鋭だな。
思い出し、苦笑しながら棚を横目に、牛乳へバニラの葉もどきを乾燥させた物とオイルを入れ、中火で混ぜて火を止め、香りがよく移るように、一晩寝かしておく。
「……続きは明日、かな」
私は、結構な寝かし時間が二度もある菓子に、挑戦している。そのため、魔王様達になるべく分からないように、作り進めなければならない。
……といっても、あの嗅覚には隠しようがないのが悔しいな……。
「時間が掛かる菓子なので、食べられるのは明後日以降ですよ。菓子の時間には、ちゃんと別の菓子を作りますから!」
「な、何だと?! そんなに掛かるのか!?」
「い、いい匂いがしたから、てっきり夜食かと思ったのに!!」
厨房の出入口からコッソリと、のつもりだろうか。覗いていた魔王様とコンセルさんへ、背を向けたまま声を掛ける。
その言葉に二人は愕然とし、足取り重く、執務室へと戻っていく。
私は二人が去った後を苦笑して見つめ、不意に辺りを見回してみる。
空気中に漂う魔力の粒は、上下に揺れたり回転したりと、好き勝手に遊んでいるようだ。
「当日は頼むぜ、同士諸君。『さよなら』は、まだ、後にしておこう」
同志ならばどんなに楽が出来たかと思うが、成功出来たのは、今の私を構成している物と同じ物質である、魔力の粒のお陰だ。
思わず魔力の粒達に声を掛け、私は厨房を片付けて、自分の部屋に戻った。
中編の更新は、一週間後の四月二十三日の予定です。




