第22話後編:クロカンブッシュと幻のハーレムルート
瘴気にも似た怒気を放つ魔王様が一歩、こちらに歩み寄る。
思わず後退りしたくなる気持ちを必死で堪え、私は魔王様の目を見つめる。
「……なるほど、どちらかが言ってるであろうからと、声を掛け損ねた、と」
「そこは、手間でも確認して欲しかったな~。ね、シホちゃん?」
「……本当に、申し訳ありませんでした……」
先生が声を掛けるとすっかり思い込んでいた為、確認をし損なってしまった。これは菓子の領分である以上、私の責任である事は間違いない。
額に血管を浮かび上がらせ片眉を痙攣させている魔王様とコンセルさんへ、私は深々と頭を下げる。
その様子に先生も駆け寄り、頭を下げた。
「私こそ申し訳ありませんでした!! すっかり思い込んでしまっていて……!!」
「お前は教師が役目だ、構わん」
先生はお許しをもらえたようだが、魔王様たちの憤懣は未だ収まらない。その表情は憮然としており、眉間の皺を深めながら鋭い目付きで天井を見上げている。
暗雲立ち込める雰囲気にファムルは落ち着きを失い、あちこちに視線を投げ掛けているが、やがてその場の雰囲気を払拭すべく、意を決した表情で言葉を放った。
「で、でも、シホちゃんは魔王様の事好きなのに、珍しい失態だよね!」
「……あ、やっぱ、そーなんだ? 最近のシホちゃん、やたら魔王様の事見つめてるもんね。あ、そっかー、やっぱそーなのかー!」
「……はい?」
ファムルの言葉にコンセルさんが乗り掛かり、奇妙な方向へと話が進行する。突然の出来事に、私は事態が把握しきれず、首を傾げて二人を交互に見つめる。
そんな二人のやり取りに、何故か魔王様が顔を真っ赤に染め、眉間の皺を一層深く刻み、烈火の如く怒り狂った。
「な、何を?! 妙な憶測で物を言うな!!」
「あれ~? シホちゃんが魔王様を好きって話なのに、何でそんなに魔王様がムキになるんですか~?」
「なっ!! わ、私は! 私の部下に対し失礼だと言っているだけだッッ!!」
魔王様を煽るようにコンセルさんが眉と口角を上げながら、魔王様の顔を覗き込む。
魔王様はそんなコンセルさんから顔を背け、額にまで皺を寄せて不愉快そうに瞑目する。
……これは……庇ってくれてる、のだろうか?
真面目な魔王様は配下が誂われているのを忍びなく思い、怒りに震えているようだ。
現に私は対応に困り、引き攣った笑みを浮かべ、その場を誤魔化している。
好きか嫌いかで聞かれれば、勿論好きだ、大好きだ。
しかし、その好きの種類を問われると、免疫のない私はどう対処するものなのか全く分からず、押し黙る以外にない。
……責任感の強い、真面目な人だよな。
私は対応を魔王様にお任せし、沈黙を保ちつつ状況を見守る事にした。
黙り込んで笑顔を振り撒いていると、キャヴムさんが眉尻を下げ、心配そうに魔王様へと視線を動かす。
「……もしかして、肉体の時間が止まってらっしゃるのを、気になさってるんですの?」
そういえば魔王様は、第八大陸魔王として召喚された際、玉座に肉体の時間を止められていると聞いたが、何故、今それが出てくるのだろうか。
私は口元に手を当て、考え込みながらキャヴムさんに視線を移す。
すると最後の焼きドーナツを食べ終わったリアレスカさんが、徐ろに口を開いた。
「……それ、いいわね。私もそうなりたいわ」
「……いや、私は食事が必要だぞ?」
「……だったら、やっぱり精霊化ね。シホにやるなら私にもやって」
「……なるほど、逆に、魔王様の時間に合わせるのか……」
「あれ? リアレスカさん、条件変更したんじゃ?」
話がリアレスカさんの条件にまで戻り、私は混乱して思わず呟く。
話があちこちに飛び過ぎ、全く意味が分からないのだが、何故、皆は平然と話を続けているのだろうか。
コンセルさんも何を思っているのか、腕を組んで俯きながら潜考しているようだ。
……ここは一つ、分かったふりをするしかないな。
私もみんなに倣い、腕を組んで考えるふりをした。
「……とするとやっぱり、精霊化の方法は調べないと、みたいですね」
「む……!! ……うむ……しかし……い、いや!! 私には関係ない!! それよりシホ!! 詫びの印に、私の条件を満たす菓子を作れッッ!!」
「……あ、誤魔化した」
コンセルさんの言葉に魔王様は考え込む動作をするが、直ぐに頭を振り、眉間の皺を刻んだまま私へ顔を向ける。
コンセルさんが魔王様に苦笑いを浮かべ呟くが、魔王様はそれに関せず、怒りを混じえた真剣な表情で私を凝視していた。
どうやら話が一周し、戻ってきたようだ。
私は安堵の溜息を心で吐き、魔王様へ向き直す。
「条件は……簡素だが豪華絢爛、淡白だがコクのある菓子を作れ!」
「んな無茶な?!」
魔王様の条件に、皆が驚愕の声を上げる。
しかしその条件は、今まで魔王様とリアレスカさんが同時に喜ぶ物を作ろうとしていた私の考えと、被る部分がある。
「……シホちゃん、無理なら無理って言って大丈夫だぞ?」
「ああ、大丈夫。候補はあるから」
「……えっっ?!」
心配そうに見つめてくるコンセルさんへ掌を翳し、不安を解消させようと言葉を放つが、その言葉に再び周囲が驚倒し、目を見開いて私へ視線を移動させる。
「……シホちゃんの脳内菓子辞典って凄いよね。一回見てみたい!」
「何それ。私が欲しいよ」
私の頭は纏まりが悪く、その時、求める条件に合った菓子を、なかなか思い出せない方が多い。
……思い付くまま書き出すといいのか? いや、上手く纏まる自信がまるでないな。勝手に辞典になってくれて、いつでも調べられると助かるんだが。
熱い視線を向けるファムルに率直な感想を述べ、皆に視線を送る。
「取り敢えず、そろそろ昼食なので、魔王様お望みの菓子は、午後三時頃で」
「ああ、もうそんな時間か!!」
「……昼食はいいわ。それよりもっと菓子を……」
「ちゃんと食べない人には、菓子もなしです」
「……ッッ!!」
リアレスカさんに言ったつもりの言葉が、皆の心にも突き刺さったらしく、訴えるような瞳で見つめられる。
私はその視線を払うように顔を横に振り、自分の席で昼食を待った。
昼食を終え、厨房へと到達した私は、調理台の下からボウルを取り出し、全卵バター無しカスタードクリームを作る。
それ五つに分け、レモンを加えた物、チョコ、メレンゲ、バタークリームとアーモンドパウダー、そして残りにホイップを入れ、レモンカスタードとチョコカスタード、クレーム・シブーストにクレーム・ムースリーヌ、クレーム・ディプロマットにしておく。
ホイップに苺ジャムを混ぜた物も、ついでに作っておく。
鍋に水と植物油、塩を入れ、沸騰してきたら火を弱め、小麦粉を加え混ぜる。
ボウルに移し、卵を少しずつ加え混ぜ、小さめに絞り出して霧吹きをしてから焼き上げれば、バター無しプチシュー皮の出来上がりだ。
次に、鍋へ砂糖と水を入れ、とろみと色を付ける。
焦げ茶色になったらカラメルの出来上がりで、これを糊代わりに使う。
シュー生地に小さな穴を開け、そこからクリームを入れ、カラメルを付けて重ねていく。山積みに重ね隙間をクリームで埋めれば、結婚式などで使われる豪華な菓子、クロカンブッシュだ。
飴やカラメルを使い、とにかく高く積み上げるのがクロカンブッシュの特徴だそうだ。
あまり高く積み上げない物では、生クリームで外側を覆うビニョラータ、クリームやチョコで積み重ねるプロフィットロール、ドーナツ型に絞ったシュー生地にクレーム・ムースリーヌを入れたパリブレストなどがあるが、詫びの印の意味も込め、インパクトのある見た目の物を選んでみた。
シュー自体は素朴で簡素な雰囲気を放っているが、それを重ねると妙に豪華絢爛になる……と私は思っている。
味は、全卵を使いバターを使わなかったため、あっさりとしたカスタードがベースとなっている。それに混ぜ合わせた材料で、淡白な物も、コクのある物も作れたのではないかと思うのだが、魔王様はどうだろうか。
もう少し見場を豪華にしようと、カラメルで茶色のシュクレフィレ糸飴を作り、少し豪華に見せる。水飴を少し混ぜると、白っぽい糸飴が出来るが、それだと見た目が派手になりすぎる気がしたので、シュー皮と似た色で合わせてみた。
「……これにチョコクリームとかフルーツソースとか掛けたら……簡素ではないよな」
山積みになったクロカンブッシュは六十センチ以上はある、結構な高さになった。糸飴で、可成り豪華さも益している。
ここまで来るともっと派手にしたくなる気もするが、今回のテーマにそぐわないので我慢しよう。
私はプチシューが倒れないよう気を使いながら、ゆっくりと食堂へ戻っていった。
「何だ、それ!! 凄え!!」
「わあ! すっごーい!!」
「確かに豪華絢爛ですわ!!」
「……確かに。だが重そうだな。大丈夫か?」
「ああ、大丈夫です、見た目ほど重くないんで」
何とか扉を開け中に入ると、感嘆の声が響いてくる。
私の側によってきた魔王様とコンセルさんがクロカンブッシュを受け取ろうとするが、カラメルで貼り付けているとはいえプチシューの集まりは重くない上に、手渡す方が崩れる危険が高い。
私は気持ちだけ受け取り、テーブルの上に皿を置く。
瞳を輝かせた皆がクロカンブッシュに見入っている。
「……確かによく見ると、一つ一つは薄茶色で、この細い糸も全体と同じような色合いだし、素朴な雰囲気なんですね」
「そうなんです。それをカラメルで積み重ねてみました」
「……うむ、簡素で豪華絢爛はクリアか。流石シホだな」
「……ええ、美味しいわ」
皆がクロカンブッシュの見た目に感想を述べていると、リアレスカさんが天辺のプチシューを摘み、頬張り始める。
「!! 抜け駆けは狡いぞ!!」
リアレスカさんに負けじと魔王様もプチシューを手に取り、齧り付く。
それを皮切りに、皆が一斉にプチシューへと手を伸ばした。
「え、と……一応、味が六種類ありましてね……」
「ええ?! そんなに?! あ! これ、シトーネ風味で美味しい!!」
「これはストレリイの味がしますわ!!」
次々と消費されていくプチシューを前に、私は小声でクリームの説明を始める。
しかし、どれに何が入っているかは、容易には分からない。
中身が分からないのも面白いと思ったのだが、流石のリアレスカさんは匂いでさっぱり系のクリームを探し当て、食べ進めていた。
みんなもシューの中を覗き込んだり匂いを嗅いだりしながら、楽しそうに好みのプチシューを選び出していく。
「やはりチョクラ味が至高だな。このサクサクとした生地によく合う」
「自分はこの、ユナモ風味のクリームが好きですね!」
「うむ、確かにそれもコクがあって美味いな」
魔王様にはやはりチョコが欠かせないようだ。
しかし、コンセルさんが気に入って食べているクレーム・ムースリーヌも気に入ったようで、左眉を大きく上げ、プチシューを両手に溢れさせている。
「この、同じような色ですのに、アフの風味が利いてさっぱりとしたクリーム味と、ギュージーの風味が漂うクリームの食べ比べも面白いですわ!!」
「ええ! どちらもアンティに合いますよね!!」
……アフは、卵のことだったっけ?
キャヴムさんはクレーム・シブーストとクレーム・ディプロマットを食べ比べて楽しんでいるようだ。
先生もそれに賛同し、プチシューを片手に紅茶を口へ運んでいく。
「どれも美味しいけど、一番はストレリイかシトーネで迷っちゃう! シホちゃんは?」
「んー、私はやっぱ、ストレリイかな?」
小首を傾げて可愛く尋ねてくるファムルに、私は迷いながら口に入れたプチシューの味を告げる。
ファムルに襲い掛かった憎きストレリイではあるが、やはり味は苺、苺好きとしては放ってはおけない。
しかしそれはファムルに対する裏切りではない。何故なら彼女もまた、苺好きなのだから。
「だよねー! ストレリイって攻撃的だけど、味はすっごく美味しいもんね~!!」
「だね。とても攻撃的な奴の味とは思えないよね」
「確かにストレリイは美味いのう!! 儂も結構好きじゃぞ! って!! 皆して揃っておって、なぜ儂を待たんのじゃ!!」
同意を示しながら指摘をするという、ノリツッコミを入れる聞き慣れた声に振り向くと、プレジアがヨダレを垂らさん勢いで、私の背後からこちらの手元を見入っている。
「サジェスが困っておると部下から聞いてのう!! 早速駆け付けたのじゃ!!」
「それは……バッドタイミングと言おうか、グッドタイミングと言おうか……」
チョコ味とクレーム・ムースリーヌ味のプチシューをコンセルさんと奪い合っていた魔王様が、プレジアの姿に困惑しながらプチシューを口に運ぶ。
「食っとる場合か!! 儂に何ぞ頼みがあったのではないのかのう?!」
「いや、確かにそうで、とても有り難いのだが……今は菓子を……」
「ま、プレジア、取り敢えず食べたら?」
キャヴムさんに続きプレジアまで呼び出すとは、一体何があったのか見当もつかないが、今は菓子を優先させたいようだ。
空いている席へとプレジアを誘うが、プレジアは何やら不満らしく、眉尻を下げ、指と指を突き合わせながら私を上目遣いで見つめる。
「……そうしたいのじゃが……シホの隣が良いのじゃ!!」
扉から一番奥、長テーブルの短い辺には魔王様が、扉側にある長い辺の手前端に私が扉を背に座っているのだが、私の左側にはリアレスカさんが、私の右側になる短い辺にはファムルが座っている。
ちなみにリアレスカさんの左隣にコンセルさん、コンセルさんの向かいがキャヴムさん、その隣でありリアレスカさんの向かいが先生、となっており、空いている席は私の向かいだけだ。
隣がいい、と言われるのは嬉しいが、生憎今は手一杯……両手に花状態だ。
……モテる身は辛いなあ、ハッハッハ! って! まさかこれ、私の性別が男だったら、ハーレム状態なのではないだろうか?!!
確かに可愛い女の子には目がないし、今まで私より強い女といえば玲子くらいしかいなかったので、女性は守ってあげなければとも思うが、残念ながら、私はストレートだ。
私が頭を悩ませていると、いつの間にかプレジアはリアレスカさんの元へと歩み寄り、眉尻を上げて人差し指を突き付けながら言い争いを始めている。
「そこのお主!! 儂に席を譲るのじゃ!!」
「……嫌よ。シホの隣がいいの。……向こうの人に言って」
「む、むう?! 何と生意気な?! 是が非でもお主から席を奪いたいのう!!」
火花を散らすプレジアとリアレスカさんの様子にファムルは恐々としているが、向かい側に座るキャヴムさんと先生は引き攣った笑みでこちらに視線を向けている。
……これで、親密度の低そうなキャヴムさんと先生を攻略すれば、パーフェクトなハーレムルートが……って、違うだろ。思わずゲーム感覚で考えてしまう己の思考が悲しい。
取り敢えず、顔色を青ざめさせて二人を窺っているファムルを、安心させねばなるまい。
私はプチシューを手に取り、ファムルの口に放り込んだ。
「?! シホちゃ……?」
「ファムルは心配しなくて大丈夫だよ。こうやって菓子をどんどん食べてれば、さ」
「「……ああ! 菓子がなくなる?!!」」
プチシューを貪り始めた私の様子が視線の端に映ったのか、胸座を掴み合っているプレジアとリアレスカさんが大声を上げ、こちらに視線を移す。
「いつまでも遊んでると、全部食べちゃうよ。プレジアも! 私の目の前の席じゃ、不満だと?」
「……そ、そうね。……こんな事をしてる場合じゃなかったわ」
「……む、むう……シホがそう言うなら、仕方ないのう……」
私の言葉にプレジアが妥協し、私の向かいの席に座り、菓子を食べ始める。リアレスカさんも我に返り、おとなしくプチシューを口に運び出す。
事態を収め、ファムルと笑みを交わしていると、魔王様とコンセルさんが、額に汗を浮かべながら顔を見合わせた。
「……まさかシホは……いや、しかし……」
「……魔王様もそう思われましたか! 実は自分もです。特に、最大のライバルはファムルちゃんっぽいですね……」
こちらをチラチラと盗み見ながら妙な事を呟いているが、気にしないでおこう。
……ああ、平和だなあ!
私は幸せな一日を噛み締めつつ、苺味のプチシューを口に入れた。




