第21話-1:アイスクリームサンドと召喚されし者共
先生と魔術訓練のため、庭園へと足を運ばせる。
眠気を誘う穏やかな日差しの季節、突き刺すような光が瞳を刺激する。
今日は薄い雲が散らばっていた春の空と違い、今日の雲はやや厚みのある、夏に似た景色を醸している。
私は先生の指導に従い、手元に照明魔術を展開させた。
「……はい、その照明を直接操作して大きくしてください」
先生も魔術を展開させながら私の手元に視線を移動させ、指示を出す。
私は展開した照明魔術の粒を分断し、量を増やし、直径一メートルほどに膨れ上がらせる。
先生は私の手元を眺めながら眉尻を下げ、深い溜息を吐いた。
「はあ……本当に出来ちゃうんですね、羨ましいです」
どうやら魔力の粒は操作出来るのも稀有ではあるが、分断出来る、というのが前代未聞で、魔力の塊である精霊にも、可能なものはいないらしい。
しかし、先生も魔術を展開させる時に大きさや光の加減を調整しているし、魔王様も粒を操作しているかのように、焼け爛れた皮膚の再生を促進させていた。
それなのに、魔力の粒を操作出来ないと言っている。魔王様の場合はやや訳ありで操作出来そうではあった。併し先生は出来ないことで私に羨望の目を向けている。
恐らく基本的な話なのだろうが、いまいち違いがハッキリと分からず、私は先生に顔を向け、率直に疑問を投げ掛けた。
「そうですね、精霊に借りるという事はお話ししましたが……その精霊も、一応魔力の粒を操作する事で魔法を展開してはいるのです。ただ、特定の動きにしか操作出来ません。その為、魔力の粒を操作する事は精霊でも難しい、という説明になりました。特定の動きにのみ操作する事を魔法、どんな形にも操作できることを魔力の粒の操作、としています。その精霊が作った魔法を、人間が魔術として借りる時に要望をお願いすれば、魔力の多さや能力により、ある程度のお願いが聞き届けてもらえる、といったところでしょうか。精霊自体も、あまり原理が分からず魔法を展開している場合、あまりその自由度がありませんが」
前半は何となく分かる気がするが、後半がいまいち分からない。
例えるなら、数式が分かれば解ける問題も、よく理解していない人間にその数式を使わず計算しろ、と言われたら出来ない……ようなものなんだろうか。
……まあ、粒をどう操作すれば、どういう効果になるかなんて、あまり分からないし。魔術に頼った方が良さそうだな。
眉を顰めて考え込む私を見、先生は破顔一笑し、私の顔を真っ直ぐに見据える。
「そもそも、操作出来る精霊でも、シホさんほど細やかな動きを命じられるわけではないそうなので、シホさんは目一杯、ご自分の素質を理解して、努力なさってくださいね」
「細かく動かせれば、才能があるわけでもないと思いますがー!!」
細かく動かせることより、如何に自分の考えた効果を出せるかの方が、凄いんじゃないだろうか。
ハッキリ言って、私は思った通りの効果なんて出せた試しがない。
……炎だって、本当は虫だけを焼き尽くすようにしたかったんだが……
私は声を大にして主張するが、先生は聞く耳を持たず、笑みを漏らして話を戻す。
「さて、分断と操作も大分スムーズになってきましたね。魔王様のお言葉によると、シホさんは粒の見える数が少ないそうなので、そちらの訓練も……あれ?」
しかし己の言葉に何か引っ掛かりを感じたのか、先生は首を捻り、腕を組んで空を仰ぎ出す。
私も思わず先生に合わせて首を捻り、先生を注視していると、先生は引っ掛かりを思い出したのか、膝を叩いて言葉を続けた。
「そうでした。今日も魔王様はお忙しいらしく、菓子の時間は私達だけで、との事です。魔王様の分は、執務室に置いておいてほしいそうですよ」
「分かりました。そういえばコンセルさんも出張に出たきり帰ってないですし、皆、忙しそうですね」
コンセルさんは私がプレジアと謎の部屋に行った時から、魔王様に出張を言い渡され、未だ帰ってきていない。
プレジアとマリンジさんが撒いたという、魔法アイテム回収に手古摺ているのだろうか。
コンセルさんがいないせいか、魔王様も忙しそうに動き回っており、食事の席にすら来ないことも多い。
……ということは、作っておいたものは駄目だな。魔王様達には他のものを作るか……忙しい、ということは、糖分多めがいいかな? いや、疲れ切ってたら胃がもたれるだろうしな……
今日の菓子について思案していると、先生が手を叩いて私を現実に引き戻す。
「さあ、それではこの魔力回服薬の粒を観察してください。奥の奥まで、同じ密度で粒が漂っている事を意識してくださいね」
……常備してるのか……よっぽどジャムが好きなんだな。
私は先生の言葉に従い、今度ジャムを大量に作ってプレゼントするか、などと余計なことを考えながら、先生の掌にある瓶に視線を向けた。
昼食を終え、私は再び思考を戻し、今日の菓子について考えを巡らせる。
作っておいたものは、アングレーズソースを固めた物、則ちバニラアイスだ。
今回はそれにメレンゲとホイップクリームを加え、掻き混ぜずに凍らせてもふわりとするアイスにしたのだが。
「……後で出してもいいけど……まあ、魔王様には物足りないよな」
暖かくなってくると、アイスが食べたくなる。
そんな心理で作っておいたはいいが、よく考えると甘味王である魔王様がこれだけで足りるとは思えない。
他に何を合わせるか、私は腕を組み瞑目して黙考する。
「……パイ、タルト、スポンジ……何でも合うしな。いっそエスプレッソを注いでアフォガード……魔王様には足らないか。大福風……白玉粉が分からないし、餅米もあるのか……クレープ巻きもいいけど……」
アイスと合わせて美味しい菓子を、と考えを巡らせるが、多すぎて逆に纏まらない。
暫し思案に暮れ、漸く決定した私は、砂糖とバターを混ぜ始める。
そこに牛乳を加えて篩った小麦粉とアーモンドプードルを入れ、数ミリに伸ばす。
冷蔵庫で暫く寝かせ、カットして焼き上げれば、アーモンドサブレの出来上がりだ。
サブレとは、粉類に砂糖とバターそして牛乳を加え、捏ねて伸ばして焼いた物をいうらしい。
クッキーとの違いといえば、牛乳が入っていることだろうか。
作ったサブレにアイスを挟み、少しの間置いておくと、アイスの水分がサブレに行き、しっとりとして食べやすい。
……取り敢えずは、先生と私の分でいいか。
私はアイスを掬い、サブレの間に挟んでいく。
「シ、シホさん!! ちょっとすみません、手伝ってくださいッッ!!」
不意に先生が私の元へと駆け寄り、襟元に掴み掛からん勢いで、顔を近付ける。
真っ青な顔色に汗も噴き出させ、荒くなった呼吸を整えようともしない。
何時にない先生の様子に若干の躊躇いを見せていると、一刻を争うのか、先生は返事を待たず、私の腕を掴んで走り出した。
「……何かありましたか?」
「敵襲です!! 浜辺に敵襲が流れ着きました!! 人手が足りないので申し訳ないですが……!!」
先生は廊下を走り抜けながら、私に状況を説明する。
──現在。城には、魔王様もコンセルさんも、いない。
恐らく、その為の警備強化はしていたのだろうが、それ以上に敵が強かったのだろう。
……留守中に城を占拠されたら、魔王様に顔向けが出来ないよな。
私とて魔王城の一員。振り払う火の粉は払わねばなるまい。
先生の言葉に、私も走る速度を上げ、先生の示す浜辺へと疾走した。
「……ここだ、ここだろ!! とうとう精霊界に着いたぞ!!」
「……けど、さっきから襲ってくんの、人間ばっかじゃない? 本当にここ、精霊界?」
「ばっか。こんな結界に守られた、人に知られてない大陸、精霊界に決まってんだろ。門番代わりに人間を置いてんじゃね?」
浜辺に辿り着くと、装備に身を固めた大勢の兵士が、その身に光の網を纏いながら蹲って体を震わせている。
その中央には、十人ほどの軽装備な男女が、周囲を物珍しそうに眺めていた。
……東洋人に見えるのもいるけど……まさか、ね……
先生と私は岩陰に隠れ、呼吸を整えながら侵入者達の様子を伺う。
この城にはいない東洋風の顔立ちに私が元世界の記憶を蘇らせていると、先生が眉尻を吊り上げ、思わず岩から乗り出してしまった私の頭を抑えてきた。
「こ、これ以上は通さんッッ!!」
蹲っていた兵士が苦しそうに立ち上がり、侵入者達に剣を向ける。
侵入者達は兵士を一瞥し、その中の一人に目を向ける。
視線を受けた男は軽い溜息を吐き、兵士に向かって手を翳した。
「……動くなっつってんだろ」
「うがっっ!!」
男の手から網状の粒が放たれ、兵士の体に絡み付く。
粒が体に食い込み、兵士は苦しそうに声を漏らし、その場に倒れ込んだ。
「……あれは……魔法……?!」
「……魔術ではなく、魔法ですか?」
「兵士には魔術抵抗の高い装備が揃えられております。そんな兵士を皆倒すとは、かなり高位の魔術か魔法だとしか思えません……」
先生が眉間の皺を寄り深く刻みながら呟く。
確かに、魔王様ほど魔力が高い人が統治しているのだから、魔力抵抗に対する研究は捗るだろうし、私にオリハルコンのボウルを寄越す魔王様が兵士の装備に手を抜くとは思えない。
……かなり高位の魔法使い、十三人か……けど……
私は倒れている兵士に絡み付いた網状の光を岩陰からそっと操作し、動かせるか確認する。
光の粒は命じた通り微かに宙を舞い、元の場所へと戻っていった。
……よし、操作もできそうだ。
私が敵の戦闘力を鑑定していると、先生が岩を掴む手に力を込めて呟いた。
「……捕まえて調べられれば……」
「それじゃ、やってみますね。ちょっとそれ、貸してください」
「……え?!」
驚きのあまり声を上げる先生から鞘ごと剣を借り、私は侵入者達の前に立ちはだかる。
「てめえらっっ!! 勝手に人の場所荒らしてんじゃねえっっ!!」
「ええ?!」
「……な、何だコイツ?!」
「え……?! な、何か日本人っぽくね?!」
目の据わった私の威喝に、侵入者達はこちらに視線を移動させ、恐怖に交じった瞳を見開く。
ちなみに先生も目を瞠って口を開閉させていた。
……日本人、か。やっぱりこいつらも召喚されたクチか。
アイツに召喚とか、正直同情は禁じ得ないが、今は敵同士、情けは無用だ。
「お、おい……!!」
「お、おう! 食らいやがれっっ!!」
やや体格のいい男が真っ先に我に返り、軽薄そうな痩せ形の茶髪に声を掛けると、茶髪男がその掌から網状になった魔力の粒を放出させる。
……だが、遅いな。
私は網を避け、鞘に収まった剣で茶髪男の胴体に突きを入れる。
「……が、はっっ!!」
「て!! てめえ!!」
茶髪男が呆気なくその場に蹲り気を失うと、傍にいた真面目そうな眼鏡男が私に向かって稲妻形の光を上空から落とさせる。
が、やはり遅い。いや、茶髪男の比でもない。
茶髪男にばかり魔法を使わせていた所を見ると、恐らく奴がメンバーで一番の魔法使いだったのだろう。
下っ端では、という懸念もあったが、そのような扱いも受けておらず、寧ろ高圧的な態度を他の者に向けていた。
……読み通りだな……!
全体的に筋力もさしてあるようには見えず、見た目通り、素人に毛の生えた程度の動きだ。
私はそのまま鞘を振るって侵入者達の無力化を図る。
軌道が変化したりスピードのある魔法は、予め周囲に散撒いておいた己の魔力で進路を阻み、操作する。
「……ま、魔法が効かないッッ?!」
「効かない訳じゃないけど……ゴメンね」
流石に女性を殴るのも躊躇われ、魔力を放出した女子高生風の女性に対し、その粒を操作して謝罪しながら捕縛する。
粒の視認や操作は出来ないらしく、捕縛されたまま足をばたつかせている。
「こ、このっっ!!」
やや体格のいい男が、倒された仲間達を眺め、額に汗を浮かべながら腰の剣を抜き、向かってくる。
その剣を横に躱し、鞘で相手の剣を地面に叩き付け、横面に蹴りを入れる。
男は小さく息を吐き、その場に倒れ込んだまま、動かなくなった。
「終わりましたよ。後はお任せしても大丈夫ですか?」
「え?! ……え、ええ……そう、ですね……」
全員の無力化に成功した私は、兵士達を包む網状の光を解きながら、先生へ事態の完了を告げる。
先生は岩陰から顔を出し、目を見開いた状態で己を静止させていたが、私の言葉で我に返り、表情を固めたままゆっくりとこちらへ歩み寄る。
「……まさか……ここまで凄いとは思いませんでした……魔王様が一目置くわけですね……」
「このくらい、魔王様やコンセルさんなら一瞬だと思いますが」
正直、この二人と倒すスピードを競うとしたら勝てる気がしない。
コンセルさんは魔力抵抗が弱いらしいが、この程度の魔力放出速度なら避けてしまえば、なんて事はないだろう。
私の言葉に先生は眉尻を釣り上げ、目を剥いて叫声を上げた。
「あの二人も規格外です!! シホさんやあの二人を私達と一緒にしないでください!! ……私も一般では一応規格外と言われてますが……シホさん達といると『普通』という気持ちがよく分かる気がします……」
出来れば、私もあの二人と一緒にしないでほしいのだが、先生は悲痛な叫びの後、力なく肩を落とし、大きな溜め息を吐く。
その先生の陰鬱な雰囲気が周囲にも影響し、網から開放した兵士達も力なく項垂れ始める。
取り敢えず私はその場を収めるため、先生を振り向き話題を転換させた。
「それより、こいつらをどっかに閉じ込めないとですよね。さっさと終わらせて、菓子にしませんか?」
「ああ、そうですね! 魔力が放出出来ない施設に封じ込めないと……!!」
私の言葉に先生は事態を思い出し、兵士達に命じて侵入者達を何処かへ運んでいく。
魔王様への報告や色々細かい事は、この人達がやってくれるだろう。
「私も、施設の管理などに付き添いますので、シホさんは先に城へ戻っていてください」
「分かりましたー、何かあったら呼んでくださいね」
……玲子が召喚されるくらいだから、もっと手強い連中かと思ったが、意外と呆気なかったな。
私はその場で軽く伸びをし、城へ戻ろうと踵を返す。
「……ッ?! シ、シホさん、大変です!! この人、情報開示魔術が掛けられてました!! ここの出来事は術師に筒抜けのようです!!」
「……そうなんですか?」
いまいち事態のよく分からない私は、青ざめた顔色で唇を震わせながら私の服を掴む先生の顔を、首を傾げて見つめ返した。




