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第20話-5:魔王様の胸とダックワーズ・ショコラ

 何度も炎に沈静化するよう念じるが、炎は嘲笑うように燃え広がっていく。

 苦しそうに眉を顰めたまま気を失っているプレジアを見つめ、私は慣れない力を使った自責の念に駆られ、激しい後悔が押し寄せる。


 ……あの時、火ではない魔法にすれば……?


 しかし、虫を一掃するため一心不乱だった己に、他の魔法を思い付く余裕はなかった。


 ……いや、風の魔法で虫達を根絶やしに出来なかったのか?


 菓子の魔力の粒は数が限られており、虫の攻撃を避けながら魔力の粒を分断して増やせるほど集中出来る環境下ではなかった。

 呼吸の出来ない苦しみと炎の熱気の中、朦朧とする意識を無理矢理保ちながら炎を見据える。

 自分の仕出かしたことで、自分が苦しむのは仕方がない。

 プレジアを巻き込んでしまった。それだけが心残りだった。


 ……神様仏様、出来ればプレジアだけでも助けてください。


 私は今まで信じてこなかった神仏に祈りながら、炎から少しでも守ろうとプレジアを抱え込む。

 しかし、やはり何かしっくり来ない。神仏に祈るのは何か収まりが悪い気がする。

 私は縋る対象を切り替え、声を張り上げた。


「……魔王様ッッ!! プレジアだけでも助けてくださいッッ!!」

「馬鹿者っっ!! 自分も助けろと言えっっ!!」


 七色とも白黒ともいえない空間から、眉間に皺を集め、眉尻を上げた魔王様の姿が現れる。

 魔王様は手を翳し、炎を消し去ってプレジアと私の元へと歩み寄る。

 いきなり現れた魔王様と消え失せた炎に私は混乱し、目を見開いて周囲を見渡した。


「……妨害念波は?」

「既になくなっているようだな。プレジアがもう少し、意識を保っていればどうにか出来ただろうが……。……あまり無茶をするなっっ!!」


 天井や本棚は愚か、壁や床まで殆どが焼け尽くされ、奇妙な空間が露わになっている。

 焼け死ぬか、見知らぬ空間に放り出されて死ぬかの、瀬戸際だったようだ。

 魔王様は不機嫌な表情のままプレジアと私に手を翳し、焼け爛れた皮膚を再生させてくれる。


「……魔力で患部を活性化させ、治療したが……その分、体力も消耗したはずだ。……暫く城で安静にしていろ」


 傷の痛みはなくなったが、代わりに激しい倦怠感が体を襲う。


 ……いや、でもこれは助かった安堵感からも来てるんだろうな。


 まさか本当に現れるとは思わなかった救世主の存在に、私は両手を合わせて拝み倒した。


「……何だ、それは?」

「私のいた世界では、崇拝する対象には、こうするんです」

「……崇拝……いや、そこまでは……雇用主として、当然の事をしたまでだ」


 本当なら五体投地したい所だが、それを今やると眠ってしまいそうだ。

 私の様子に魔王様は、頬を引き攣らせて歩み寄ると、私の前で膝を付いてしゃがみ込む。

 そのまま魔王様は私の腕を掴み、自分の胸元へと引き寄せた。

 私の目の前は、戸惑いのあまり真っ暗だ。


 ……いや、それは魔王様の胸に顔が埋まっているからで。


 私は動揺し、己の思考にツッコミを入れる。


 ……魔王様といい、コンセルさんといい、この世界の魔族とやらは、抱き癖があるのか?!


 尤も当時のコンセルさんは酔っぱらっており、現在の魔王様は素面だ。

 同類項に入れるには状況が違いすぎる上に、たった二人で魔族に抱き癖があるなどと決めては、魔族に申し訳ないだろう。

 狼狽え続ける心と妙に冷静な己との攻防に脳内を侵食されていると、魔王様の声が耳に届く。


「……あまり心配を掛けるな。もう少し遅かったらと思うと、心臓が破裂するかと思ったぞ……!」


 魔王様の胸元から顔を上げると、魔王様は愁いを帯びた表情で私を見つめている。

 私は必死に動揺する心を押さえ付け、己の失態を反省し、謝罪の言葉を口にした。


「……軽率に魔力を操作してしまいました。すみませんでした」

「そうではない。が……もっと早く助けを呼べ。必ず駆け付けよう」


 魔王様が諭すように優しく呟く。

 この魔王様ならきっと、私の助けに必ず答えてくれるのだろう。

 妙な信頼感に私は心から安堵し、魔王様の胸元に顔を埋める。

 暫しの間を置き、魔王様は私の耳元で囁くように、己の決意を私に告げる。


「……お前は私が守る」

「有り難う……ございます」


 守って、と言われたことはあるが、守る、と言われたのは生まれて初めてかもしれない。

 魔王様の真剣な物言いのためか、不思議とあまり照れを感じない。

 素直に感謝の言葉を述べると、魔王様は私を抱える腕に力を込め、言葉を重ねた。


「自分一人で何とかしようと思うな……いいな?」

「シホを責めるでない!! これは仕様のない不測の事態じゃったのじゃ!」


 不意に聞こえてきたプレジアの声に、私は魔王様を引き剥がし、その場を誤魔化すように蹲る。

 流石は魔力の塊である精霊だ。

 魔王様に魔力を注ぎ込まれたことにより、傷がすっかり癒え、服装すらも元通りになったプレジアは意識を取り戻し、元気に胸を張って魔王様を睨み付ける。

 魔王様はそんなプレジアの態度に、怒気を孕んだ目を向け地を這うような声で呟いた。


「……無論、お前がこのような事にシホを巻き込んだせいだな。……お前にはまた、説教をせねばならんようだ」

「え?! ちょ、ま、待つのじゃっっ!! 儂は召喚術を会得出来るかもしれんのじゃぞ!!」

「な、何?!」


 プレジアの言葉に魔王様は喫驚し、目を見開いてプレジアを見入る。

 プレジアは得意げな笑顔で瞳を輝かせながら説明を始めた。


「……という訳での!! 儂は召喚術を会得出来るかもしれんのじゃ!!」

「そ、それは確かに凄いが……素直に喜べん所だな。……あまり世界が混沌と化すような状況にならんよう、留意してくれ……」

「どういう意味じゃ?!」


 プレジアの喜色満面とは裏腹に、魔王様は複雑な表情で考え込む。


 ……確かに、プレジアの性格を考えると、無闇矢鱈に召喚して、現存する人間を脅かしそうではあるな。


 プレジアは頬を膨らませて憤慨するが、魔王様の懸念を思い、私も釣られて笑みを引き攣らせた。


「ともかく、シホには休養が必要だ。このまま城に帰るぞ」

「そうじゃな、残念じゃが……儂は召喚術の研究をする故、自宅に帰るのじゃ。また直ぐ城へ遊びに行く故、悲しむでないぞ!!」

「暫く休養させると言っているだろうが!!」


 プレジアは、胸に抱えたノートを大切そうに撫でながら去っていく。

 私も魔王様に抱えられ、城へと戻っていった。


 いつの間にか時刻は夕暮れ時を指しており、外は真っ赤な夕焼けが庭園を赤く染め上げている。

 風通しの良い城にこしらえられた大きな穴は既に修繕され、何もなかったかのように元の姿を取り戻していた。


「午後の授業は休みにさせる。ゆっくり休養しろ」

「それは有り難いです。何か妙に眠いんで一眠りします」


 魔王様に部屋まで連れて来られ、私はそのままベッドに入り込む。

 治癒の魔術はかなりの体力を奪うのか、それとも火に焼かれた疲弊が残っていたのか、夕飯も忘れて寝入ってしまった。




「……やべえ、腹減ってる……」


 深夜、盛大に鳴り響く腹に目を覚まし、厨房へと足を運ばせる。

 城だけでなく、厨房の冷蔵庫とレンジまでもが修繕されていたことに喜びを隠せないが、失った中身は返らない。


「……パイ生地とタルト生地……その前に、生クリームの準備をしないと、だ」


 私は新鮮な牛乳を幾つも瓶に注ぎ入れ、専用冷蔵庫に仕舞う。

 生クリームが出来上がるのは約一日後。それからバターを作り上げねば、パイ生地もタルト生地も作れない。


「……この腹を満たすッッ!! 何かを……ッッ!!」


 私は激しく鳴り続ける腹の虫を収めようと、調理台に向かった。


 ……ついでだし、魔王様の分も作るか。


 今はもう既に深夜なので、明日朝食の席にでも渡そうかと思い、魔王様の分も材料を追加する。

 私はメレンゲを泡立て、篩った小麦粉とアーモンドパウダー、ココアパウダーを混ぜて天板に絞り出し、焼き上げる。

 鍋に牛乳を入れて温め、小麦粉に砂糖とチョコを入れ、とろみが出るまで混ぜ合わせ、卵黄を入れてチョコカスタードクリームを作り上げる。

 焼き上げた生地にチョコクリームを挟めば、ダックワーズ・ショコラの出来上がりだ。

 生クリームにチョコを入れたクリームが王道だが、チョコカスタードクリームもなかなかいける。

 カスタードにバターを入れるとコクが出るのだが、取り敢えずこれで勘弁してもらおう。

 日持ちさせるために、クリームを挟んでいない物も別の袋に詰めておく。


 これはほんのお詫びだ。自分の夜食ついでに作った、感謝とお詫びの品であって、大した意味はない。


 ……仕事中のクッキーもどうせ追加しなきゃだし。それに! あの時は! 死にかけで色々精神状態がアレだったしさ……!


 すっかり体力の回復した私は、己の胸の内に浮かぶ妙なもやを振り払い、クリームを挟んだダックワーズに齧り付いた。

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