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第18話後編:勝者への報酬とティラミス

 元の場所に戻ると、そこにはすっかり意気消沈したスアンピが地面に蹲って座っている。


「……そりゃ、オレだって勝てるとは思ってなかったけどさ……」


 自分が思っていた以上に軽くあしらわれたのだろう。想像を超えた格の差に、スアンピは三角座りをしている膝に顔を埋もれさせ、地面に渦巻きを書いていた。


 そんなスアンピから少し離れた場所で、魔王様とコンセルさんが木剣を構えて睨み合っている。

 かと思うと、二人の間に旋風が走る。始めに動いたのはコンセルさんだった。

 コンセルさんの上段を魔王様が受け流し、そのまま遠心力を使いコンセルさんの脇腹を狙う。

 その魔王様の木剣をコンセルさんが払い、魔王様の胸元に突きを入れようとしたかと思うと、魔王様は左下方から右上方へと木剣を払い上げ、コンセルさんの剣を弾き、そのまま左下方へと振り下ろす。

 それをコンセルさんは柄を上にした構えで魔王様の剣を払い除け、元の睨み合いに戻った。

 やはり仮面を付けた時のコンセルさんの動きは、操られながらもかなり遠慮をしていたのか、比較にならないスピードで魔王様との攻防を続けている。

 魔王様も魔王様だ。

 てっきり魔術の人かと思ったが、隙のない構え、無駄のない動きはコンセルさん以上かと思われる。

 私はスアンピの隣に座り込み、空を見上げながら呟いた。


「空が青いなあ」

「……せめて何か、慰めの言葉を掛けろよ」


 私が雲一つない青空を褒め称えたところ、スアンピが膝の間に埋もれさせていた顔を少し上げ、こちらを睨み、憎まれ口を叩く。


 ……そういう口が叩けるなら大丈夫だな。


 私は口角を上げながら、スアンピへと視線を移す。


「やーい、負けてやんの」

「だったら! てめえもアレに勝ってみろよ!!」

「無茶いうな。てか、自分の主とその側近に『アレ』とかいっちゃっていいのか? 密告(チク)るぞ?」

「な! て、てめえ、それはその場の勢いで……! て、てか、強さが人間じゃねえから『アレ』って言葉を使っただけだ!」


 私の追い打ちに、スアンピは唾を飛ばしながら、反論をちまける。


 ……確かに、攻撃力のありそうな重い木剣の音が聞こえるし、剣筋のスピードも人間の域を遙かに凌駕しており『人間の強さ』とは言い難い。


 私はスアンピの言葉に強く頷きながら、二人で魔王様達を眺めた。


「……!!」


 今度は魔王様が動き出す。

 魔王様の突きがコンセルさんの胸元を狙う。

 それを払おうとコンセルさんの剣が下げられるが、魔王様の剣はその手に受け止められることもなく斜め上へと移動する。

 コンセルさんもそれを既に読んでいたのか、己の剣で円を描き、魔王様の剣を弾き飛ばそうとする。

 しかし、上空に掲げられた魔王様の木剣は一瞬視界から掻き消え、コンセルさんが弾き飛ばす隙もなく振り下ろされていた。


「……っ痛え!」

「……おい、シホ! 何が起こった?!」

「多分……魔王様のスピードが上がって、コンセルさんが防御する間もなく一本入った……と思う」

「シホにも見えなかったのか?」

「最後の剣筋は……ちょっと無理だね」


 解説を求めるスアンピに、痛みで蹲るコンセルさんと確認出来た剣筋から予測出来る事態を憶測で話すと、スアンピが大きな目を更に見開き、私の顔を覗き込む。


「……お前も人間じゃねえと思ったけど、魔王様よりは人間だったんだな」

「どういう意味だ」

「……シホ、勝ったぞ。私と勝負だ」


 スアンピが顎に手を当て、真剣な表情で呟く言葉に対し、私は拳でスアンピの頭を軽く小突く。

 すると、コンセルさんの怪我の様子を確認していた魔王様がすっくと立ち上がり、こちらへ嬉しそうに笑顔を振り撒いている。


 ……正直、あんな剣筋、見られるようになる気がしない。自分の身を守るためにも、思い付いた逃げ口上を成功させるしかないようだ。


 私は恭しく立ち上がり、ボトムスに付いた泥を可憐に払い、魔王様と向かい合う。


「おお、見事であった、勝者よ」

「……シホ? ……一体、どうした?」


 私が大きく手を広げ、尊大な態度を取ると、魔王様は足を一歩後退させ、眉を顰めて訝しげにこちらを伺う。

 私は満面の笑みを浮かべながら魔王様に近付くと、魔王様は眉間の皺を更に深くし、更に一歩後退した。

 一歩近付けば一歩下がり、二歩近付けば三歩下がる。


 ……ええい、まどろっこしいな!


「妾からの祝福を受けるがよい」


 私は魔王様へ駆け寄り、無理矢理体に掴み掛かる。

 抗う魔王様に、構わず私はその体にしがみつき、無理矢理頬にキスをした。


「妾は勝利の女神! 勝者に祝福を与えた! では! おさらば!」

「な?! なな?!」


 私はそのまま脱兎の如く城へと走り去る。

 自分を勝利の女神にするのは抵抗があったが、シャイなファムルにさせる訳にもいかない。

 しかし、我ながら勝利の女神というよりは、貧乏神とか死に神とか疫病神などの類のような態度だった気もするが、そこを気にしたら負けだろう。


「……上手く、誤魔化せたか?」


 取り敢えず追っ手はいないようだ。

 私は深い安堵の息を漏らし、食堂へと移動した。

 己の席に座り、大人しく朝食が始まるのを待つ。


 ……少々気まずいように思うけど、何もなかったように振る舞えば、魔王様もそうしてくれる……だろう。


 しかし、いつもの時間になっても魔王様が現れない。

 シロップおじさんや給仕の人達も、不安そうに右往左往している。


「……すいません! 魔王様、ちょっと具合悪くて寝てるんで、朝食抜きでお願いします」

「へあ?!」


 暫くして食堂に飛び込んできたコンセルさんがシロップおじさん達に説明を始める。

 どうやら魔王様は体調を崩して寝込んでいるようだ。


 ……それは、もしかして私のせいなのだろうか?


 その場を誤魔化す冗談のつもりだったのだが、本当に貧乏神だか疫病神だかの恩恵を与えてしまったのだろうか。

 コンセルさんの言葉に、私は思わず奇妙な声を上げて立ち上がる。

 そんな私の様子にコンセルさんは柔らかな笑みを浮かべ、頭をくしゃくしゃと撫でてきた。


「大丈夫。シホちゃんは関係ないから」


 そう告げられ、朝食を済ませたが、魔王様は昼食の席にも出て来なかった。

 コンセルさんへ訴えかけるような視線を送っていると、コンセルさんは困ったように眉を八の字に下げ、口元を引き攣らせながら言葉を紡ぐ。


「だから、シホちゃんのせいじゃないって」

「けど、今朝はあんなに元気だったし! ……やっぱ、誤魔化すためとはいえ、お巫山戯が過ぎたかな」

「それは分かってたし、大丈夫だよ。まあ、俺だったら元気万倍になる報酬だけど。……魔王様、シャイだからな……頬とはいえ、シホちゃんにキスされて気が動転し……」


 語るに落ちたな、コンセルさんよ。

 やはり私に会うのが気まずいらしい。

 コンセルさんは慌てて口元を手で覆うが、もう遅い。


「魔王様に詫びの品を献上する故! そうお伝え下されい!!」


 私はコンセルさんにそう告げると、昼食を早々に済ませ、厨房で下拵えの続きに入った。




「……やっぱりこれは、もっと濃いチーズで作りたいな」


 私は作り上げたチーズクリームを口に入れ、一人ごちる。

 乳清を煮詰めて作ったリコッタチーズは、チーズらしさを持ちながらさっぱりとしており、これはこれで美味しいチーズだと思う。だがしかし、もう少し濃厚な味でないと他の濃厚な材料に若干負けてしまう気がするし、詫びの気持ちが入らない気がする。


「……とすると、乳清からでなく、生クリーム、か?」


 蛋白質は温めると変性して固まるとか聞いた気がするので、よりレモン汁が少なく凝固が出来るかもしれない。

 私は生クリームを温めながらレモン汁を加え混ぜ、それを漉し、味を見る。


「おう! これなら勝てる!」


 詫びに勝ち負けはないが、出来の良さに思わず呟く。

 まったりとしたコクを伴った乳製品の甘味が口に広がる。

 チーズと生クリームの間といった、濃い風味のわりに諄さのないそのクリームは、どんな料理にも合いそうだ。

 今までより濃厚なフレッシュチーズ──マスカルポーネの完成だ。


「……よし、これで詫びのケーキを作るか!」


 私は調理台の前で袖を捲り直し、ボウルを下から取り出した。

 そこに卵黄に砂糖を加え擂り混ぜ、メレンゲに加えて切るように混ぜていく。

 小麦粉を篩い入れ、絞り出し袋で小判型に絞って焼成し、ビスキュイ・ア・ラ・キュイエール──シャルロットの周囲に張るようなビスケット生地を作る。

 そのビスケット生地にエスプレッソコーヒーとラム酒っぽい酒を少し、染み込ませておく。

 リコッタチーズに卵黄を加えてよく混ぜ、七分立ての生クリームとメレンゲを加え、クリームを作る。

 器にクリームを少し入れ、その上にビスケット生地を敷き、またクリームを載せてココアパウダーを振れば、ティラミスの出来上がりだ。

 出来上がったティラミスを皿に盛り、私は厨房を飛び出した。


「コンセルさん、これ、魔王様に渡して。この菓子の名前『私を元気にして』って意味があるんだ」


 私はコンセルさんにティラミスを手渡しながら説明を入れる。

 ティラミスは「ティラ」が引っ張って「ミ」が私を「ス」が上へという意味があり、私を引っ張り上げて、要約して「私を元気にして」という意味があるらしい。お見舞いには丁度いい名称ではないだろうか。

 私が魔王様の容態を気にし、執務室の方角へ視線を移動させると、コンセルさんは手渡されたティラミスを見つめながら、苦笑いを浮かべて呟いた。


「俺が持ってったら部屋に着く前にこのケーキがなくなるぞ」

「いや、ちゃんとみんなの分も作ってあるし。これは魔王様の分だからさ」

「だから、シホちゃん持ってったら? 顔くらい出してくれるかもよ」


 コンセルさんの言葉に、私は眉尻と口角を思い切り下げる。


 ……私に会いたくないから引き籠もったというのに、何故会ってくれるというのだろうか。


 私の変顔にコンセルさんも対抗し、眉尻を思い切り下げながら笑みを浮かべる。


「駄目だったら俺が行くから。詫びは自分で入れないと、だろ?」


 確かに、会ってくれなくとも自分できちんと謝っておいた方がいいな。

 私はゆっくりと頷き、ティラミスを手に執務室へと向かった。

 本来ならば寝室とか私室なのかもしれないが、私は生憎、執務室しか知らない。


 ……ここにいなかったらコンセルさんに頼むしかないよな。


 私が他力本願なことを考えながら執務室の扉を叩くと、魔王様の声が返ってきた。


「……誰だ?」

「シホです。詫び……見舞いの菓子をお届けに参りました」

「ん? いや、大丈夫だ。心配を掛けてすまない。……コンセルは?」

「そのコンセルさんにいわれて自分で届けに来ました。先程はご無礼をし、すみませんでした。お詫びを兼ねた菓子です。ここに置いておきますので、良かったらどうぞ」


 魔王様は扉の向こうから声を掛けてくる。

 しかし、扉を開けてくれる気配はないようだ。

 私は仕方なく、扉の側にある、花が置かれた小さめのチェストにティラミスを置き、その場を離れる。


 ……魔王様に拒絶されるとか、やっぱ、ショックだな。


 私は己の軽率な行動を後悔し、自戒の念を込めながらも背中を丸め、項垂れたまま執務室を離れていくと、背後からゆっくりと扉の開く音が響いた。


「……シホ、夕飯は必ず行く。心配を掛けてすまなかった。菓子も有り難く頂こう」


 振り返った先には、頬をほんのりと朱に染めた魔王様が佇んでいる。

 が、青鈍色だった長い髪は何故かすっかり色素を失い、真っ白に輝いている。


「そ、そこまで嫌だったのか?!」

「何の話だ?!」


 話が上手く咬み合わない魔王様と私は、お互いの情報を交換し始めた。


 ──結果。どうやら魔王様は本当に具合が悪かったらしい。


 魔力は無闇矢鱈にあるが体力があまりない魔王様は、体力ゲージが下がり過ぎると体調不良に加えて髪の色素が抜け落ちてしまうのだそうだ。


 ……コンセルさんェ……何故謀った?!


「……コンセルとの剣術試合で少し本気を出しすぎたらしい……あまりの体力のなさに吐き気がしそうだな」

「いやいや、人間らしくて安心しました」

「……?」

「いえ、それより体調はどうですか? 体力を戻すなら、食べた方がいいと思うんですが」

「チョクラで補給している。大丈夫だ。このケーキもあるしな。夜には食べられるくらいに戻るだろう」


 思わず出た本音を何とか誤魔化し、魔王様の体調を気遣う。

 スアンピではないが、魔術も剣術も凄すぎて正直人間とは思えねえ、といいたい気分だったのでホッとした、とかいったら拙いだろう。


 魔王様は私の言葉に、甘味王らしい発言を返してくるのだが……

 ……食べる体力すらないって、流石にヤバくないか?!


 私が訝しげに魔王様を見つめていると、魔王様は困ったような笑みを浮かべ、口を開いた。


「……軽い試合なら出来る程度に回復しているのだが、白髪になると食事という行為を受け付けなくなってしまってな。そんなに心配するほどではない。それに、もう菓子なら食せそうな気がする」

「……なら、いいですが……無理はしないでくださいね」


 そういう種族なのか、玉座の後遺症なのかは分からないが、魔王様は元気そうに話をしているので、大丈夫だろう。

 私も魔王様の笑顔に笑みが零れてくる。


「……あまり弱っている姿を見せたくなかったのだが……却って妙な心配をさせてしまったようだな。すまなかった」

「いえ、それはコンセルさんのせいですから、魔王様はお気遣いなく」


 よく考えれば、魔王様が頬にキスされたくらいで動揺するとは思えない。

 後ろめたさで動揺していた私も悪いが、コンセルさんとは後でみっちり話し合いをした方がいいかもしれない。

 私が食堂へ通じる廊下を怪しい笑みで見つめていると、魔王様は私の顔を凝視し、考え込みながら言葉を紡ぎ始めた。


「……シホ……いや、勝利の女神、か。……勝利の報酬を有り難う……その……嬉しかった、ぞ」


 魔王様は耳まで赤く染まっている顔を背け、ティラミスを手に持ち執務室へと戻っていく。


 ……感謝とかされると、こっちも照れるんですけど。


 私は少し熱くなった頬を撫でながら執務室の扉を見つめた。

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